114話 傭兵団の事情
黒髪コンビが去った後、俺たちはようやく席に着いた。すると、隣に座っていた男性が声をかけてくる。
「よう、災難だったなあんたら」
赤ら顔で、コップ片手にツマミのようなものを食べている。朝から酒浸りか? そう思ったら、違っていた。
コップに入っているのはお茶のようだし、小皿に乗っているのは朝食代わりのナッツ類だった。顔が赤いのも、酒のせいではない。
普段はフルフェイスの兜をかぶっている前衛職で、スキンケアを怠っている物臭な者によくある症状なのだ。兜の内側と強く擦れたり、汗でかぶれたり、皮膚にとって優しくはない環境だしな。
エルンストの傭兵や兵士にもいた。最初は仕事中から酒を飲んでいるのかと、疑問に思っていたんだよね。
ジオスが教えてくれなければ、ずっと勘違いしたままだったろう。
「あのトサカ頭、誰彼構わず噛みついてきやがるからよぉ。あんたは上手くやったな?」
揶揄するかのような、自嘲しているかのような、何とも言えない表情で笑っている。ただ、不快には感じない。相手に悪意がないからだろう。
「うちの馬鹿が、あいつと揉めてなぁ。先に絡んだのはこっちだし、言い返されて手ぇ出したのも確かなんだが……。それ以来、こっちに敵意満々でやりづらいったらないんだよ。下手に実力がある分、完全に敵対する訳にもいかんしなぁ」
オルヴァン傭兵団の素行の悪い団員が、ブラックの髪型を馬鹿にしたのが始まりらしい。普通なら人数に勝る傭兵団にやり返したりしないんだろうが……。
彼はその場で4人の傭兵をボコボコにし、全治一ヶ月の大怪我を負わせたそうだ。しかも、傭兵団や団員たちのことも見下すように、ボロカスに言い返した。
少しの嫌みくらいなら、傭兵団側が謝罪して手打ちだったのだろう。しかし、余りにも馬鹿にされ過ぎたため、面子的にもそれはできなくなってしまった。
結果、傭兵団の一部と、ブラックが顔を合わせる度に争うような状態になってしまっているらしい。未だに刃傷沙汰にはなっていないが、それも時間の問題なんじゃなかろうか?
「あんなクソガキ、無視するのが一番なんだがね。うちのガキどもはそれも分かってないんだよなぁ」
男はそう言って肩を竦める。
「ああ、ガキって言っても、あんたが助けてくれた奴らじゃないぜ?」
男性は、昨日のことも知っていた。というか、礼を言うために待っていたそうだ。
「俺は一応、剣術なんかを教えていてね。あいつらを助けてくれてありがとうよ。大人なら酒の一杯でも奢るんだが……。いや、大人なのか?」
「酒は好きじゃないんだ。このなりだと、出してもらえないしな」
「ははは! そりゃあ大変だな! じゃあ、飯でも奢るよ」
「ああ、それでいい」
男性はちゃんと勘違いしてくれたかな? 自分から子供とも大人とも明言せず、それでいて舐められない言葉遣いっていうやつをいろいろ勉強したのだ。
それが上手くいったらしい。
パンと、野菜とキノコの煮込みのセットだ。味付けは塩だけだが、キノコの出汁のおかげで結構美味しかった。
「うまうまです」
「キノコすきー」
「はっはっは! だろう? 迷宮で採れるキノコのお陰で、あたしの適当な料理でも美味くなっちまうんだよ」
やはり迷宮産のキノコが豊富であるらしい。俺たちが発見できなかったのは、黒髪の少女が採り尽くしたあとだったからか?
「なあ、あんたたちの傭兵団も、キノコ採ってるか?」
「いや、うちには詳しいもんがいないんでな。毒かどうか分からんもんを食えんさ。詳しいんなら、いい稼ぎになるんだろうがね」
そうか、俺がキノコを見分けられるから失念していた。こっちの世界には写真もネットもないのだし、キノコの見極めは想像以上に難しいのだろう。
食べられる可能性があっても、万が一があれば待っているのは死だ。結局、手を出さないって言う結論になるんだろう。
そう考えると、本当にあの少女が1人でキノコを採りまくっているようだ。じゃあ、朝早くから入れば、少しは残っているかな?
おばちゃんは豪快に笑いながら離れていく。それを確認してから、俺は声を抑えながら男に質問をした。
この村に関することだ。
「なあ、1つ聞きたいんだが」
「なんだい?」
「この村、前からこんなか? その、村の人、いい人ばかりすぎないか?」
野盗紛いの酷い村じゃなかったかと問うのはさすがに憚られて、変な聞き方になってしまった。だが、男は俺の質問の意味をちゃんと理解してくれたらしい。
俺と同じように声を潜めて、頷いている。
「あんた、以前までのこの村のこと知ってるのかい?」
「聞いた話だがな……。でも、来てみたら全然違うから、驚いてるんだ」
「俺たちは、前にこの村に立ち寄ったことがある。そりゃあ、酷い村だったよ。多分、あんたが聞いていた通りのな。それが、数ヶ月で様変わりしちまって、俺たちも驚いてるんだ」
村人はよそよそしく、排他的。話しかけても無視され、物価は異常に高い。そんな、酷い村であったという。
それでも補給や休憩のために立ち寄る必要があり、彼らも警戒していたらしい。できるだけ早く補給を済ませて、すぐに立ち去るつもりだったらしいのだが……。
「変わり過ぎててびっくり仰天ってやつさ。まあ、過ごしやすいのは確かなんだが……。なんかうすら寒くてなぁ」
やはり、以前は酷い村だったのは間違いないらしい。それが短期間で明るく朗らかないい村に変貌を遂げたのである。
迷宮ができて、暮らしが上向きそうだから?
悪い話ではないんだが……。傭兵たちも、居心地の悪さを感じているようだ。
一体何があったんだろうか? 村の人に聞けば早いんだろうが、ちょっと怖いんだよな。
それに、なんて聞く? おばちゃん相手に「前は陰気で排他的な村だったのに、今は明るいのはどうしてですか?」って聞くのか?
さすがにそれはな……。結局、謎に思いながら、食事をすることしかできなかった。




