100話 解放
全身が虹色に輝き、さらに強くなる光に呑み込まれていく。浮遊感が俺を襲い、五感が狂っていくような感覚があった。
両手に感じる、シロとクロの手の感触だけが強く感じられる。これがなければ、きっとパニックに陥っていただろう。
強く握り返される2人の手からは、彼女たちの不安が伝わってきた。俺がさらに握り返してやると、安心するのが分かる。
そして光が収まった時、俺たちは今までとは全く違う場所に立っていた。見覚えがないってわけじゃない。むしろ、見覚えしかない。
「迷宮の、入り口か?」
「戻ってきたです!」
「てんいすげー」
そこは、俺たちが使っている迷宮への入り口だった。背後の壁を魔法でどかせば、そこはいつもの下水があるだろう。
恩恵を得たことで、入り口に戻されのだ。アレスの姿はない。彼が戻されたのは、傭兵ギルドの傍にあるっていう正規の入り口の方なんだろうな。
まさか、仲間の蘇生ではなく、俺たちの解呪を願うとは思わなかった。
「そうだ、呪いは……消えてる!」
「黒いのなくなったです!」
「呪い消えた?」
俺たちの胸元に刻まれていた黒い模様が、完全に姿を消していた。確かに、呪いが消えたのだろう。
「にゃぅ……」
「わう……」
「おっと」
シロとクロが抱き着いてきた。体が大きな2人に左右からギュッと抱きしめられ、身動きが取れない。だが、俺は何も言わず、2人が落ち着くのを静かに待った。
「にゃ……」
「う……」
2人の目からホロホロと流れ落ちる熱いものが、俺の頭を濡らすのが分かる。
最後の部屋で、我を忘れて駆け出した時から気づいていた。気丈に振舞っていたって、死に至るという凶悪な呪いが恐ろしくないわけがなかったのだ。
「ずびー!」
「ずずー」
あ! こら! 鼻水垂らしたな! というか、俺の髪の毛で拭わなかった?
それから10分。
ようやく落ち着いたシロとクロは、その場でユラユラと揺れ始めていた。完全に眠気に負けかけている。
「ほら、住処に戻るぞ。歩けるか?」
「にゃー……」
「わうー……」
2人の手を引いて、久しぶりの我が家へと戻る。地下の埃っぽい狭い部屋に足を踏み入れるだけで、これほど安堵するとは思わなかった。俺自身が無意識に、ここが安心できる場所だって思っているんだろう。
「ほら、横になって」
「にゃー、おなかへったー」
「くーふくー」
「はいはい。ジャーキー齧っとけって」
「おいしーです」
「うまー」
倒れ込む2人の鼻先にジャーキーを持っていくと、首だけ動かしてパクッと齧りつく。そのままクチャクチャと噛んでいると思ったら、いつの間にか眠りへと落ちていた。
口の端からジャーキー飛び出してるぞ。きっといい夢見れるだろう。
「すぴー」
「すやー」
久々の安心しきったシロとクロの寝顔を見て、実感が湧いてくる。
「……生き延びた。俺たちは、生き延びたんだ」
迷宮で何度も死にかけ、心が折れかけたこともあった。それでも、踏破し、恩恵を得て、なんとか命を繋いだ。もう、呪いに怯えて暮らさずに済むんだ。
「……ずず」
おっと、保護者の俺が泣いてなんかいられないな!
「そうだ。カロリナは、大丈夫なのか?」
確認しに行きたいが、正直俺もかなり眠い。それに、ジオスたちが戻ってきているかも分からないのだ。今の眠気マックス状態で街を歩き回るのは、危険だろう。
というか、もう眠すぎて動けない。
「あぁ……も、むり」
これ以上は眠気に抗えそうもなかった。
寝具に倒れ込む。
アレスにも話を聞きに行きたいのに……。もう、どうにもならない……。
意識が眠りに落ちていく。
そして、気づいたら5日経っていた。最初、自分たちがどれだけ寝たのかは分からなかった。ただ、目覚めて、町へ出てミレーネに出会って、ようやく判ったのだ。
そりゃあ、シロとクロが泣きながら俺を起こすほどに、腹が減るはずである。「お腹減ったです~」「ごはんー」と、号泣する2人に何事かとパニックになりかけた。
まあ、自分も凄まじく空腹なことに直ぐ気づいたし、大量の食事をすぐ用意したけどさ。
ミレーネは俺たちを探していたらしく、彼女からは色々と話が聞けた。
まず、一番気になっていたカロリナの安否だが、彼女は命を失わずに済んだ。今は生命力や魔力が安定し、静かに眠っているらしい。本当に良かった。
「シロちゃんとクロちゃんは?」
「今は住処で待ってますね」
「そうですか。よかったです」
ミレーネがホッとした様子で胸に手を当てる。本当に心配してくれていたのだろう。
「アレスさんはどこにいますか? お礼を言いに行きたいんです」
「彼ですか……」
アレスの名前を出すと、ミレーネは暗い表情で俯いた。え? 何があったんだ?
「ア、アレスさんがどうかしたんですか?」
「彼は、もうこの町にはいません。2日前に、旅立ちました」
レビューをいただきました。
転剣から来ていただいたということで、他作品も読んでくださってありがとうございます。
しかも書籍まで!
いやー、嬉しくて踊っちゃいますね!




