10話 シロクロ
スープをお替りした2人は、それもあっという間に飲み干していた。匂いを漏らさぬように張っていた風魔法の結界を解除する。
これ、料理中に出る煙なんかも遮断できるから便利なんだよね。最後は保存庫に仕舞ってしまえばいいし。どっかで捨てないといけないけどね。
名残惜しそうにお椀を見つめている彼女らに、俺は気になっていたことを尋ねる。
「お前ら、名前は?」
子供とか、獣人とか、呼びにくくて仕方がない。だが、子供たちはキョトンとした表情だ。何を聞かれているか、分からないといった顔である。
「なまえ?」
「名前?」
首を捻っている2人。
「親とかに、何て呼ばれていたんだ?」
「親? いないです!」
「いないー」
金髪白肌の猫の子が、何故か元気よく。銀髪褐色の犬の子は、間延びした眠たげな顔と声で、答える。
しかし、まじかよ。親がいない?
「じゃ、じゃあ。他のやつにはどう呼ばれてた? 何かあるだろ?」
俺の問いに、2人は事も無げに答える。
「おまえ」
「ガキども」
「獣人」
「犬ころ」
「あー分かった。分かったよ。俺が悪かった」
予想通りの境遇だった。まあ、予想よりもちょっとだけ酷いが。というか、俺よりもさらに過酷だった。天涯孤独で奴隷スタートだもんな。
これは、俺がこの2人を保護しても文句を言うのはクソ奴隷商人だけじゃないか? むしろ、俺が保護するべきだ。そうなのだ! 決してモフミミキングダムの第一歩だなんて考えてないから!
真面目な話、ここで追い出すとか鬼畜の所業じゃん? 助けたからには、もうちょっと面倒を見てやらねばならんと思うのですよ。
「まあ、でも、名前がないのは不便だしな」
どうするか悩んでいると、2人が服の裾をチョンチョンと引っ張っている。
「つけてほしいのです」
「つけてつけてー」
「……いいのか?」
「うん!」
「いい」
「……分かったよ」
期待のこもったキラキラした眼差しに負け、頷いてしまった。まだ性別の見分けが付きづらい年齢だが、2人とも女の子だ。
お湯で頭や顔を拭いてやると、驚くほど美しい素顔が分かる。
「わくわく」
こんな状況でもワクワクした表情で俺を見つめる、金髪の少女。
シュッと長く、しなやかな尻尾。アーモンド形のネコ目。どう見ても、猫だ。ショートボブの髪の毛は、少し薄めの金色だ。シャンパンゴールドって言うやつ?
犬獣人の少女は、未だに眠そうだな。
長い銀髪、褐色肌の娘だ。形の良い三角の耳に、猫娘よりもやや短く、フサッとした尻尾。狐のようにも見えるが、それにしては尻尾にボリュームがないような気がする。多分、シェパード系の犬の獣人だと思われた。
うーん。色味的には、金と銀? いかん、凄腕の賭博師になってしまいそうだ。ゴールドとシルバー? 駄目だ、可愛くないなぁ。
よし、ここはフィーリングでいこう! というか、犬と猫の名前って考えたら、もうこれかタマポチしか出てこなくなってしまった。
「……シロとクロだ!」
なんだ? 文句は言わせんぞ。自分たちで決めてほしいと言ってきたんだからな。
俺はチラッと様子を窺ってみる。
別に、自分のネーミングセンスがあまり良くないと知っているとか、そう理由ではないのだ。本当だよ?
「シロ?」
「クロ?」
「ああ、猫の子がシロ。犬の子がクロだ」
「シロ!」
「クロ~」
2人は互いを勢いよく指差し、名前を言い合っている。
「クロ!」
「シロ~」
「クロクロ」
「シロシロシロー」
次に、自分を指差して、自分の名前を連呼だ。
「シロシロシロ!」
「クロクロ~」
よく解らんが、喜んでいるようだ。むしろ楽しそうである。
「シロッ!」
「クロー」
シロとクロは、ビシーッとポーズを決めた。今にも「2人はプリ○キュア」とか叫びそうなポーズである。
シロの大きな猫瞳は輝いていて、本気で嬉しそうだ。クロの眠たげな表情からはその内面を読み取ることはできないが、ブンブンとふられる尻尾がその気持ちを何よりも教えてくれている。
「気に入ったみたいでよかった」
「気に入った!」
「ありがとうございー」
2人が俺に向かって頭を下げた。
「ご主人様」
「うん?」
今クロが、とんでもない呼び方をしなかったか?
「ご主人様って言ったか?」
「うん。偉い人は、ご主人様なのー」
「あ、シロも知ってたです! ご主人様です!」
「うん、ご主人様」
「ご主人様っ! シロのご主人様なのです!」
意味不明だ。俺は根気強く、話を聞いた。
どうやら、奴隷商人に捕まっている間にまた聞きしたらしい。隣の檻にいたおじさんに教えてもらったんだとか。
「ダメ! ご主人様呼びはダメ!」
異世界だから問題ないのかもしれないけど、元地球庶民の俺の魂が、否と叫んでいる! というか、ケモミミ幼女にご主人様呼びとか、事案過ぎて震える。
「俺はトールっていうんだ。だから、名前で呼んでくれ」
「トール様ー?」
「トール様っ!」
「よ、呼び捨てでいい! マジで! お願いします!」
あと、もう1つ驚いたのが、彼女らの年齢だ。なんと、2人とも4歳なのだという。
どう見ても6歳くらいにしか見えない。ヒューマンと獣人では成長の仕方が違うようだ。自分たちが何の獣人かも良くわかっていないくらいなので、そういった種族の特性については俺の推測でしかないのだが。
「わーい、トール!」
「トール、よろ~」
「はあ、仕方ない。乗り掛かった舟だしな。よろしくな、シロ、クロ」




