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承!!

「父上が強引に君を攫ってしまったこと。深くお詫びするよ。本当に申し訳ない」

「い、いえ……そんな……」


 まるで借りてきた猫のようになってしまった私。

 それは美少年の私室に二人きりでいることが原因だった。

 十六にもなってろくな恋愛経験のないのだから、当然だけれども……


「何か飲む? いろんな種類の茶葉があるけど」

「あ、いただきます……詳しくないので適当で大丈夫です」


 ロゼルは魔界の王子らしくなく、にっこりと微笑んで「うん。用意するね」と豪華なティーセットで紅茶を入れ始める。その動作はスマートで、普段から淹れ慣れているのが分かる。


「……王子様でも、紅茶淹れるんですね」

「父上は私の紅茶しか好まないんだ。まあ最近は自分で淹れるように言い含めているけど」


 普通の親子……少しだけ仲の良い関係なのだろう。

 手持無沙汰になった私はロゼルの部屋を眺める。

 鏡が三つと多いが、村娘の私が想像する貴族の部屋そのものだった。絵も飾られていて、多分、名画なんだろうなあと審美眼のない私は思った。


「はい、どうぞ」

「あ、ありがとうございます……」


 上品に皿ごとティーカップを机に置かれる。

 私はロゼルの真似をして、皿を持って飲む――美味しい。


「こんな美味しい飲み物、初めて……」

「良かった。今日は大成功みたいだ」


 にこにこと謙遜するロゼル。

 ますます好感を抱いてしまう。

 結婚のこと、断らないといけないのに――


「あ、あのう……」

「結婚のことなら、私が父上を説得するから。安心して」


 機先を制するように、ロゼルはやんわりと言った。

 なんだ、話の分かる王子様で良かったと私は安堵した。


「ローラさんは若い。きっとこれからいい人と出会えるよ」

「若いって……その、王子様は今おいくつなんですか?」

「今年で十四になる……まだ結婚を考える歳じゃないね」


 あははと笑いながら、ロゼルは紅茶を口に含んだ。

 その仕草すら華麗で、まさにおとぎ話に出てくる王子様のようだった。


 ここで私は疑問に思う。

 完璧と言っていい美しさを持つロゼルなら、魔族の高貴な女性たちを魅了し、こぞって求婚してくるだろう。いや、富貴関係なくこの世全ての女性なら惹かれてしまう。

 現に村娘の私でも、ロゼルのことを好きになりかけていた。


「あのう……ロゼル王子は恋をしたことがありますか?」


 何を訊けばいいのか。それが自分の中でまとまらないまま、口から出た問いがそれだった。

 ロゼルは顔を少し赤らめて――首を横に振った。


「いいや。まだ恋をしたことが無い……恥ずかしい話だけどね」

「いえ、別に恥ずかしくは……」

「というより、してはならないと己に言い聞かせているんだ」


 ロゼルは笑顔のままだったけど、私には悲しんでいるように見えた。

 気のせいではないと思う。


「いずれ、私は魔王を継ぐ。そうなれば私の妻に妃であることを強いてしまう……つらいことが多く待ち受けている、いばらの道を歩ませることになるんだ」

「……だから、恋をしないんですか?」

「ふふふ。言い訳を並べたけど、本当は臆病者なのさ。私は、恋をすることを恐れている」


 魔界の王子という立場。そしていずれ魔王を継ぐという重責。

 この人は――不自由だ。村娘の私が同情してしまうほどに。


「ロゼル王子。無理に恋をしろとは言いません。しかし、恐れることはないんですよ」


 私はロゼルの右手を取って、目を合わせた。

 ひんやりとした右手。

 そしてルビーのように煌めく目。

 それから戸惑いの表情。


「人を好きになるのは、素敵なことなんです。その人のことを思うことでドキドキして、その人のためならなんでもできるって。そう錯覚してしまうような――素敵なものなんですよ」


 ロゼルは何も言わず、ただ私の顔を見つめていた。

 徐々に頬が紅潮していく――私も多分、同じだろう。


「君は、不思議な人だ。話していて落ち着くけど、鼓動の高鳴りが早くなる。とても奇妙な感覚だよ。こんなの初めてだ……」


 ロゼルは「一つ、君に謝らなければいけないことがある」と言う。

 私はなるべく落ち着いた風を見せて「なんでしょうか?」と問う。


「魔界において、このことを知っているのは数えるほどしかいない。だから他言無用で頼みたい」

「そんなに重要なことを私に打ち明けてもいいんですか?」

「ああ。君になら――いや、迷惑をかけた君に言うべきことだから」


 何が迷惑なんだろうと考えたら、魔王に攫われたことだった。

 すっかり忘れてしまったけど、私は誘拐されたのだった。


「じゃあ、言うね――」


 ロゼルは一瞬、言葉を区切って。

 それからやや早口で告白した。


「――私は女なんだ」



◆◇◆◇



 ロゼル王子の告白を聞いて、私は信じられないとは思わなかった。

 見た目が中性的ということもあるけど、どことなく女性的な感じもしたからだ。

 まあ理由を並べてみたけど、実のところ、すんなりと受け入れられた。


「そうですか……驚きました。でも、それならなんで――」

「どうして君を攫って、妻にしようとしたのか……それを聞きたいんだろう?」


 私は頷いた。他にも疑問はあるけど、私に関わることだから真っ先に聞きたかった。

 ロゼルは深く呼吸をしてから、説明し始めた。


「私は対外的には王子、つまりは男として思われている。父上の方針だが、私が王子であることで私自身が守られているんだ」

「それは……どういうことでしょうか?」

「私の母は身分の低い魔族の出でね。そして産後すぐに亡くなってしまった。もし、私が女だと知れたら、父上は別の魔族を妃に迎え、別の跡継ぎを産ませるだろう。しかし、そうなれば私は……王族としていられなかった」


 王族どころか、貴族のことも分からない田舎者なので、ロゼルの話の続きを待つ。


「私が女として育って、魔族との間に子を成せば、相続問題が生じる。おそらくそうならないために父上は私を男として公表した。後継者の王子がいれば無理に父上は妃を迎える必要は無くなる」

「ふ、複雑ですね……」


 それしか感想が出なかったけど、ロゼルは「私もそう思う」と同意してくれた。


「以来、男として育てられたけど、いずれ私は妻を迎えて魔王を継がねばならなかった。しかし女同士では綻びが出てしまう。そこで選ばれたのが君だ――ローラさん」


 ロゼルはまるで痛みに耐えているような、苦渋に満ちた顔になった。

 私に対して罪悪感を覚えているのだろう。


「魔族と人間の間に子を成すのは難しい。成せることもあるが、低い可能性だ。それを理由にして――新たに養子を迎えるのが、父上の計画だった」

「……本気で妻にするつもりはなかったんですね」


 別に傷ついていないけど、自然と責める口調になってしまった。

 ロゼルは慌てて「君には悪いことをしたと思っている」と謝ってきた。


「いずれ時を見て、解放する手はずにもなっていた……いや、それは欺瞞だ。君の人生を台無しにしてしまうのは明らかなんだから」


 ロゼルは誠意を込めて謝っているけど、私は腑に落ちない気分になっていた。


「私にできることがあれば、言ってほしい。なんでもする」


 綺麗に整った眉を八の字にして、ロゼルは私に頭を下げた。

 ここでようやく、自分の中で何がおかしいのか、気づくことができた。

 私の気持ちどうこうではない。

 ロゼルが望んだことが何もないということだ。


「……気に食わないわね。本当にいらいらする」

「えっ? ろ、ローラさん……?」

「あなたには、望みとかないの? 何かしたいとかしたくないとか。そういう気持ちはないの?」


 一番怒るべきなのは、あの魔王なのだけど。

 次に私を苛立たせているのは、呆然としている目の前の女の子だった。


「あなたは一生、魔王の言いなりでいいの?」

「えっと、だって、それしか……」

「……ねえロゼル。私はね、そんなあなたに教えてあげなきゃいけないことが山ほどあるらしいわ」


 私はロゼルにびしっと指さした。

 怯む彼女に言い放ってやった。


「なんでもするって言ったわね? 今日から私、ここに住むわ」

「ど、どういうつもりだい?」

「あなたの妻になるって言っているのよ」


 ロゼルは口をパクパクさせて、何を言えばいいのか分からないようだった。


「母を早くに亡くして、父に男として育てられて、それでも自分を可哀想に思えない、優しいだけの少女を――幸せにしてあげる。今決めたわ!」

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