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起!

 気がつくと私は頑丈なロープで手足と胴体をぐるぐる巻き、口には猿ぐつわをつけられたまま、床に転がされていた。床と言っても豪勢な赤のじゅうたんで、ふかふかとした弾力だった――いや、そんなことはどうでもいい。


「むごー! むごむごむごー!」


 怒声とも悲鳴ともとれない、自分でも訳の分からない言語で喚く。

 すると「やかましいですね」と私の足先から落ち着いた男性の声がした。

 もちろん、縛られている私の足先から聞こえたので姿が見えない。


「むごむ、むごむご、むごごー!」

「……今、外しますから。暴れないでください」


 ひんやりとした指で猿ぐつわが外された。

 これでようやく、文句が言える――


「あんた、誰よ! 私を攫ってどうする気なの!?」

「ええ。これからその説明をしようと思いまして」


 今気づいたが、部屋の中は燭台の灯りで昼間のように明るかった。

 外の様子は窺えないけど、多分夜みたいだ。

 それから私は猿ぐつわを外した男を睨む――魔族だ。


 人間とは思えない、真っ白な肌と髪。

 目も白い部分が黄色く、黒目が縦に伸びている。

 やたら身長が高くて、顔立ちは野性味のある男前。


「…………」

「お静かになられたところで、自己紹介させていただきます。私の名はジェラート。魔王軍が四天王、樹氷将軍の地位に就いております」


 魔王軍の四天王――そしてジェラートの名は私の村にも知れ渡っている。

 冷酷無比の切れ者だと伝わっているが、なるほど、確かにそんな雰囲気はある。


「それで? 四天王様がただの人間で村娘の私に、何の用なの?」

「……ただの村娘が四天王を前にして、そこまで冷静でいられますね」

「驚きが一周して、逆に冷静なのよ」

「まあ、用があるのは私ではなくて……もうすぐ来られる方にありますね」


 丁寧な口調だけど油断は感じられない。

 それに言っていることも意味不明――


「いらっしゃいましたよ――我が主が」


 ジェラートが跪いた――つまり、敬意を払うべき方がやってきた。

 こんな状態でも分かる。

 奥の間から、とてつもない存在が、来る――


「――ふむ。よくやったな、ジェラート」


 絶対的な圧力と邪悪さで呼吸がしづらくなる。

 顔立ちは人間に近いけど、額から生えた角は、魔族であることを表している。

 褐色の肌に燃えるような真紅の目。

 息を飲むほどの存在感――


「お褒めの言葉、感謝いたします――魔王様」


 ジェラートの言葉を聞く前から分かっていた。

 今、目の前にいるのは――魔王だ。


「その方。『サイハテ』の村娘、ローラで間違いないか?」


 サイハテというのは、私の村の名だ。魔族や魔物が住む魔界と人間界との境界ぎりぎりに位置するからそう言われている。

 そして魔王が呼んだ名――ローラは私のことだ。


「……そうだけど。私をどうする気?」

「フハハハ。何とも度胸があるではないか。この魔王を前にして」

「いや。かなりビビッてるけど。ていうかこの状況ならどうしようもできないし」


 まな板の鯉とはこのことである。

 ましてや相手はただの料理人ではない、強大で巨悪な魔王なのだ。


「まあよい。それだけの胆力があれば十分だ。人間の娘、ローラよ。そなたに頼みたいことがあるのだ」

「……頼みたいこと? まさか、人類を滅ぼす手助けをしろってわけじゃないわよね?」

「ふん。十六の小娘に手を借りるほど我が軍は脆弱ではないわ」


 精一杯の冗談を本気で返されてしまった。

 逆に私が滑ったように思える。

 それと何気なく年齢も把握されていた……油断ならない。


「頼みというのは、他でもない……」


 魔王は普段見せないであろう、優しい笑顔で私に言った。


「我が息子の妻になってもらいたい」

「……はあ!?」



◆◇◆◇



「我が息子――ロゼルは器量があり、度胸もある。必ずそなたも気に入るだろう」


 器量と度胸は素敵な人の一要素でしかない。

 それに一度も会ったことが無い魔王の息子をいきなり好きになれと言われても、ただの村娘の私には荷が重すぎる。


「そもそも、どうして私が選ばれたのよ?」


 ぐるぐるに巻かれたロープを解かれて、玉座に座る魔王と相対することができたけど、状況は一向に変わらない。ひとまず命の危険が無くなったのはなんとなく分かった。殺すつもりならとっくにやっているしね。


「実を言えば、人間の王と会談してな。わしの息子の妻を人間から一人選ぶ代わりに、不戦協定を結んだのだ」

「……だから、なんで私なのよ?」


 そりゃあ、自分が不細工とか思わないけど、特別美人ってわけじゃないし、どこにでもいる普通の村娘だって自覚はある。

 そんな私を選ぶなんて、酔狂としか言えない――


「わし自ら選んだのだ」

「ふうん。私は魔王様の好みなの?」

「いや。タロットカードで。そなたと息子の相性がとても良かった」

「えっ? そんな手軽な占いで? 馬鹿なの?」


 思わず出た本音に「魔王様に対して不遜ですよ」と後ろに控えるジェラートが注意してきた。

 おっといけない。相手は最強最悪の魔王だった。


「ごめんなさい」

「良い。義理の娘となる者を処そうなど誰が思おうか。そういうわけで、そなたを我が息子の妻に――」

「それは嫌。さっさと村に帰らせて」

「……なんだと?」


 あっさりと断る私に流石の魔王と四天王も呆気にとられたようだ。


「いきなり攫われて、息子の妻になれだなんて。はっきり言って頭おかしいわ」

「むう。そなたの言うことはもっともだが……既に人間との不戦協定は結んでしまったのだ」

「それこそ知ったことじゃあないわ。私には私の生活があるの」


 頑として断るとジェラートが「生活と言えば」と懐から羊皮紙を取り出した。

 何か嫌な予感がする……


「あなたのご両親は了承しましたよ」

「……噓でしょ? 私って親に嫌われていたの?」

「いえ。こちらが誠心誠意込めて説得したところ、喜んで嫁に出してもいいと。言伝も預かっています」

「……どんな?」

「まずはお父さまから。『人生なんとかなる!』と。お母さまは『これで畑が広がるわあ』でした」

「お父さん、すっごい適当!? 娘の将来どう思っているのよ! しかもお母さん、絶対お金貰っているでしょ!?」


 ああもう、これじゃあサイハテに帰ったところで、気まずい家族生活になるの確定じゃない……むしろ、なんで戻ったんだ? みたいな顔をされそう……


「あ。それと『孫の顔は見たい』とも言っていました」

「絶対に見せないわ。今この瞬間決めた」

「フハハハ。これならそなたも納得しただろう」


 魔王が私の肩に触った。ひんやりとしている。


「我が息子の妻になれば、毎日豪勢な暮らしができるぞ? それにわしが引退すればそなたは魔界の妃だ! かつてない栄誉が待っている!」


 まあ豪勢な暮らしは魅力的に思えるし、村に帰っても好きな人なんていない。

 それでも、会ったことのない人と結婚するのは……生理的に嫌だった。


「魔王様。一度、ロゼル王子と引き合わせてみては?」


 ジェラート。さっきから余計なことを言う。

 おそらく一番の敵はこの魔族だ。


「そうだな。わしのタロットカードでは相性が良かったが、実際に会わないと分からんからな」


 魔王は城中に響き渡る大声で「ロゼル! 王座の間に来なさい!」と叫んだ。

 部屋中に反響が繰り返されて耳が潰れそうになる……


「お呼びですか、父上……」


 数分してから、魔界の王子であるロゼルが現れた。

 その姿を見て――私は驚く。


 肩まで伸びた水色の髪は流れる小川より清らかだった。

 ぱっちりとした目は長いまつげと煌々と輝いている真紅の瞳で均整が取れている。

 顔はやや面長だけどほっそりとした頬となだらかな顎、きめ細かい肌がつやつやしている。

 鼻筋は芸術というほどすっきり通っていて、唇は燃えるほど真っ赤だった。

 スタイルはすらりとしていて、男らしいというより中性的な印象を受ける。

 まるで美の極致と言える、美しいという言葉すら追いつかない、美少年がそこにいた。


「ロゼルよ。この者がお前の妻となるローラだ」

「父上……私には早いと言いましたよね?」


 発せられる声はやや高い。

 女の子に近くて透き通っている。


「まあ良いではないか。どれ、二人きりになれる部屋を用意させよう。まずは話してみよ」

「……分かりました」


 魔界の王子、ロゼルはしょうがないなという顔で微笑み、それから呆然としている私に近づいて、優しく手を取った。


「よろしいですか? ローラさん」

「……は、はい」


 このとき、私は不覚にも。

 目の前の美少年に――惚れそうになっていた。

 だから、私はロゼルの柔らかい手を握り返してしまったのだ。

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