底知れぬ人
(アレクサンドラ視点)
「いつからリリー様のことを?」
まさか一目惚れですか?それともあの合宿の時に?そう矢継ぎ早に問いかけながら身を乗り出してくるシリウスの顔面を片手で掴む。近い。
どうやら余に好きな相手がいることが余程意外だったようだ。喰い付きが凄い。
「で?」
すみませんと身を引いたシリウスは、それでも質問を止める気はないらしくすぐさま返答を求めてきた。
向かいのソファでは、カイザー殿が困ったような微笑を浮かべて余たちを眺めていた。
数時間前の予想外すぎる質問に驚いて、再び訪れた音楽準備室。
気付かれているとは思わなかった。現に常に側に居るシリウスだってこうして驚きを露わにしてる。
シリウスの顔を掴んだのとは逆の手で自らの額を覆った。頬が熱を持っているのは自覚している。
「学園祭の時だ」
ぱちり、と意外そうにシリウスが瞬いた。
まぁ、学園祭では余の恰好いい姿が見たいと模擬戦に出場を頼まれたりしたが、リリーとは休憩時間に少し話した程度だしな。
共に過ごした時間でいうなら、合宿の時や一緒に出掛けた時の方がよっぽど長いし関わりもあった。
はじめにあったのは単純な興味だった。
自国以外の生活や文化を知るべきだと、留学を決めたのはもうずっと前のことだ。
余の故郷であるジャウハラの王族は少々特殊だ。
ジャウハラはそう豊かな国ではない。
それは国庫における意味ではない。財産でいうならば、金や宝石の採掘が出来る鉱山などを領地の一部に含むジャウハラは豊かだといえるし、現在では他国との貿易も盛んだ。
豊かな国でないというのは、実りにおいてだ。
強い日が照り、雨が少ない土地は作物の実りが乏しい。地域に根ざした作物や家畜の飼育を行ってはいるが、近年は雨期の少なさにその傾向が顕著だ。最近は他国との貿易により自国以外の作物も手に入るし、過去の飢饉ほど大規模な被害は減っているが。
ジャウハラの王族は時に魔人の血が入るが……もしかしたらそういった国の状況に関係があったのかも知れない。
今と違い、他国との関係がなかったころは状況はもっと深刻だった筈。
そして長い時を生き、様々な知識を持ち、また魔術で水を生み出すことの出来る魔人の存在はきっと貴重だった筈だし、魔人にとっても自らが受け入れられる土地などそうはなかったことだろう。
事実がどうあれ、余の一族は魔人と婚姻を結んだ者たちがいて、その子孫である子らにも程度の差はあれどその資質は受け継がれてきた。
そして、数多の妻を持つ我が国の王たる父上の妻の一人、余の母上も魔人だ。
一夫多妻は我が国において珍しいことではない。ましては王となればハーレムを持つのは当然のこと。
だが、他国にとっては魔人の血を引くことも、一夫多妻も一般的でないことは勉学を身に着けるにつれ理解できた。
だからこそ他国へ留学をしようと決めていた。
他国との縁は我が国にとって必要不可欠。他国を知るためには、本よりも実際この身で体験するのが一番だと思った。
そうして訪れた国には、幸運にも同じ年の王子が居て親交を結ぶことが出来た。
同じクラスのダイアやガーネスト、一学年下のサフィアやガーネストの妹のベアトリクス、カトリーナたち。出会った彼らは皆、優秀で才能に溢れ、親交を深めるにたる相手だった。将来はジュエラルの一端を担う彼らの姿に、友好国としても尚更に繋がりを深めるべきだと再認識もした。
そして、アンジェスの末裔であるリリーとナディアも。
末端とはいえ、一国の王子である余が、自国の、世界の火種ともなりかねない彼女らの存在に興味を抱くのは当然のことだった。
その立場に溺れ、権力を求める輩か否か。
取り込もうとする連中の傀儡に成り得る者か否か。
興味と警戒を抱いて接した彼女たちは、至って普通の少女だった。その立場を誇示するどころか、自らの立ち位置に戸惑ってさえいた。
否……いつだかのサロンでカイザー殿相手に激昂したナディアからは強い拒絶と嫌悪さえ感じた。
交流を重ねるにつれ、警戒は薄れた。彼女らの周囲の思惑はどうであれ、彼女たち自身は警戒するような野心を持っておらず、友人として好ましくさえ感じた。
そう、友人としての筈だった。
「貴殿が……」
思い出すのはあの日の学園祭の時のこと。
「貴殿が黒竜に刃を向けた時……リリーは、震えながらそれを止めようとしただろう?」
あの時、震える彼女を驚愕を以て見つめた。
ガタガタと、立っているのも辛そうに震えていた身体。それでも彼女は声をあげた。
「もしや、その健気な姿に心奪われたということですか?」
シリウスの問い掛けに頬がうっすらと熱を持つ。
別に……健気な姿に惚れたとかいうわけではない。
ただ、意外だっただけだ。
恐怖していた筈の“魔族”すら救おうとした彼女の姿が。
「相手は人ではないのだぞ?庇う相手は魔族。お前なら出来るか?あの時のカイザー殿相手に、知り合いでもなければ人間でもない相手を庇おうと進み出ることが」
「無理ですね。庇う相手が貴方様ならこの命を賭してでも進み出ますが」
「いえ、あの……まず私を恐怖の象徴みたいな前提で語るの止めて下さいませんか?」
カイザー殿がなんとも言えない表情でおずおずと手を上げた。
シリウスと二人で無言で目の前の相手を眺める。
こうして見ているととても竜を制してみせたとは思えない。むしろその手に武器を握ることはおろか、荒事とは無縁に見える程だ。
人間離れした美貌と浮世離れした高貴な雰囲気。それが一種の気後れのようなものを与えることはあれど、穏やかな表情も滲み出る品格も威圧感とはまるで別種のものだ。
強いのは知っていた。
意外すぎるその実力は合宿の折りに、充分すぎるほどに見せつけられた。
だけど、あの瞬間……黒竜相手に怯まぬどころか威圧すらしてみせた彼には、上位の魔族すらも従わせる程の覇気があった。
誰もが息を潜め、言葉すら差し挟めぬ程の圧倒的上位者を前にしたような。
「カイザー殿はよくわからぬ御仁だな」
ぽつりと漏れた言葉に隣で頷く気配を感じた。
公爵家の嫡男でありながら、その家督はつい先日ガーネストが正式に継いだ。
『無能』と噂され、貴族以外との間に出来た子だという噂もあるらしいが……目の前の貴人然とした彼を見てとても信じられるものではない。どう考えたってその血の一滴すら高貴な生まれの者でしかない。
前当主である御父上は自分の子だと公言し、尚且つガーネストたちの話ではカイザー殿は御父上と御母上、両者の容姿と雰囲気を色濃く受け継いでいるらしい。
それにも関わらず彼は神殿で『無能』の判定を受け、かつ、当の本人はそのことも噂も気にしたそぶりさえない。
“「カイザー様が異能をお持ちでないのは異能など必要とされないだけです」”
不意に彼の従者がいっていた言葉を思い出した。
そしてそれは実際その通りなのだろうと思う。
異能などなくとも、カイザー殿が優秀などという言葉で片付けられない程に有能な存在であることは、この数カ月だけでも充分過ぎるほど理解した。
まぁ、そんな底知れぬ御仁だという認識があっただけに、カイザー殿がリリーをなんとも思っていないと聞いて随分と心が晴れた。
……リリーが彼のことをどう思っているかは定かではないが。
カイザー殿はリリーが自分のことを好きなわけではないと言っていたが、リリーが彼のことを気にしているのを見かけたし、メイドと彼を巡って争っていたとの話もある。
カイザー殿曰く、そのメイドとは恋心などではなく謎のライバル心を燃やし合っているだけだと聞かされたが…………よくわからん。
ちらり、と再び目の前の麗人を盗み見た。




