俺は音楽教師です。カウンセラーではない
「では、本日はここまで」
教本を閉じれば一同が揃って礼をする。さすがに貴族だけあって礼も無駄に綺麗だった。
教材をまとめ、雑談を少し交わした後でガーネストやダイアと「また昼休み」にと手を振り別れ、数歩先の音楽準備室へと向かった。
「なにか飲みますか?」
「いや、結構だ」
社交辞令的に問いかければ、アレクサンドラは軽く首を振った。彼にソファを勧め、机の中から用意していた品を取り出す。
どうして彼がここに居るかといえば、お母上への贈り物を渡すため。
手渡したリボンのかかった小箱の中身はマカロンとショコラ。
マオの育児のママ友でもあるお母上とはすっかり仲良しで、こうして文通&贈り物をしあう仲だ。
自分で送ってもいいのだが、今回は食べ物なので「自分も送る物があるからよければ一緒に送るが?」と申し出てくれたアレクサンドラのお言葉に甘えた。
なんせ相手は王族。贈り物のチェックは時間がかかる。無機物ならともかく、食べ物は早めに本人の手元に届いてほしいしね。
ガーネストは生徒会の用事があるから先に戻ったし、シリウスはさっきの授業で使った楽器の片づけを数人の生徒としてくれてる。
何気にアレクサンドラと二人になるのは初めてだ。
……と、いうことで。
「興味本位なんですが、聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「アレクサンドラ様は……」
そして口を開いたその時、トントンとドアをノックする音が響いた。
シリウス片付け早っや!!
タイミング悪ー。まぁ別に思い付きで聞こうと思っただけだからいいけど。なんてことはおくびにも出さずドアを開けて片付けの礼を告げる。
「それで?なにを聞こうとされていたのだ?」
「いえ……、大したことではないので。お母上にどうぞ宜しくお伝えください」
苦笑いを少しだけ浮かべ、彼の手元の箱を見遣ってそう告げる。
なにか邪魔してしまっただろうか?と俺とアレクサンドラを見比べるシリウスに小さく笑みを浮かべて大丈夫だと首を横に振った。
「別にシリウスの前で聞かれてまずいことなどない」
いやーそうはいってもなー……。
「気になるから逆に聞いて欲しいのだが」
まぁ、確かに中途半端は気になるよな。でも話題が話題だし。
「カイザー殿」
むぅ、相当気になるようだ。
若干むくれてやがる。
シリウスが気を遣って「外に出てましょうか?」と問うも、アレクサンドラは「構わん」と首を振った。
「で?」
なんとしても聞く気満々なアレクサンドラに小さく息を吐いた。
「アレクサンドラ様って、リリー嬢のこと好きなんですか?」
根負けして問いかけた結果。
ボンッッ!!!!?? とアレクサンドラが蒸気をあげた。
……なんか最近も同じような光景あったわー。
「アレク様っ?!」
シリウスが慌てて駆け寄る。
褐色の肌でもわかるぐらいに真っ赤に染まった顔、真ん丸に開いた瞳と口に漫画ならぷしゅう~と蒸気が立ち昇ってそうな有様だった。
その様子に若干の申し訳なさを感じつつも、あちゃ~と見守った。
「えっと、冷たい飲み物とか、いります?」
気まずさを誤魔化すように聞けば、硬化したアレクサンドラの代わりにシリウスにお願いされてグラスに飲み物を注ぐ。ひとつは氷たっぷりめで。
差し出せば、動作再開したアレクサンドラが煽るように一気に口にした。一瞬で空になったグラスを改めて満たす。
「なんか……すいません」
「いや……余が聞けといったからそれは……いいのだが……。その、何故……?」
「……えっ?!あっ?アレク様、えっと、その本当に?」
謝罪する俺、いつもの余裕など微塵もうかがえないアレクサンドラに、漸く質問の内容に思い至ったようで激しく動揺するシリウス。カオス。
気を落ち着かせるようにアレクサンドラがこほん、とひとつ咳をした。だけどその頬は未だ赤い。
「で、だ。それで……」
落ち着かなげに、膝の上で意味もなく両手を組んだり開いたりしながら、僅かに身を乗り出したアレクサンドラを前に困り顔でストップをかけた。
「その、そろそろ休み時間が終わるので。二人とも教室へ戻らないと」
「「あ」」
完全に忘れてたらしい。
サボりは駄目だぞー。
若者はちゃんと授業受けろよー。
そして放課後、二人は再び音楽準備室を訪れていた。
「別に興味本位で聞いてみただけなので、わざわざいらして頂く必要はなかったのですが」
「いえ、無理なんですけど!気になりすぎて、授業が全く頭に入りませんでした……」
「余も記憶がない」
いや、授業は真面目に聞けよ学生。
先程と同じグラスを二人の前にことりと置いた。
あ、ちゃんと洗ってあるからね!!
「……で……」
チラチラと向けられる二対の瞳。非常に気まずい。
「……で、と言われましても。ただそうなのかなとふと思っただけです。ちょうど誰もいなかったので、好奇心で聞いてみちゃっただけなんですけど」
「……………」
「先程の反応を見るに、カイザー様の仰ることは事実なんですか?全然気づきませんでした。アレク様は相変わらず女性を口説きまくってますし」
喰い気味のシリウスも珍しいな。
先日のサフィアの赤面といい、さっきのアレクサンドラに今のシリウスといい、ゲームキャラの意外な一面を、モブでしかない俺がやたらと目撃してるのはなんでだ……。超レアシーンじゃん。
そしてシリウスの言う通り、アレクサンドラは相変わらずだ。
だからこそ不思議だったんだよねー。
相手は思春期の男女。恋する相手が近くにいれば感情が波打つのは仕方がない。
切なげに『リリー』とか呼ぶ心の声が聴こえちゃえば、好きなのかな?って恋心には薄々気づく。けどそんな心情とは裏腹に相変わらずなこいつが不思議だった。
まぁ心の声が聴こえるっていっても、心の内が全てわかるわけじゃないしね。
本命が居ようとも女性はみんな大好き!なスタンスは変わらない女好きかとも思ったが……さっきの反応を見るに意外に純情?
「その……余も聞いてもいいか?貴殿はリリーのことを………」
青緑に輝く瞳が切なげに揺らめく。
夜の人工照明下では赤に輝くアレキサンドライトのような瞳は光によって激しく印象を変える。本当に不思議な瞳だ。
「一生徒として見てますよ」
「はっ?」
くっ!としかめられた顔を見ながら、アレクサンドラの言葉をばっさり切れば、鳩が豆鉄砲を食ったような顔された。再びのレア顔です。
「勿論彼女の立場上は気にかけてますし、妹の大切な友人でもありいい子だと思いますけど」
「そう、なのか?」
「ええ。第一、生徒に手を出すとかもってのほかです」
妙な誤解やめて?
あからさまにほっと胸を撫で下ろすアレクサンドラを生ぬるい目で見つめた。
「それで、その。アレク様は……」
そしてシリウスは主の恋模様が気になって仕方がないようですね。
「ああ……」
赤い顔を片手で覆う色男。
やめろ、こんな野郎しかいない空間で無駄な色気を放出するな。ヒロインの前でやれし。
「だが、リリーは……」
『リリーはカイザー殿のことが……』
……はい?
なんか今、めっちゃ聞き捨てならない心の声が……。
誰の得にもならん色気を垂れ流し、悩まし気な表情で懊悩するアレクサンドラ。
光により色を変えるその瞳が切なさや嫉妬、様々な感情を孕んで俺を捉えるのを見たシリウスも、はっとした表情を浮かべる。
いや、待て。待て、待て、待って!
勝手な勘違いの連鎖、マジ勘弁して下さい。
その想いのまま、慌てて口を開いた。
「もしかして、リリー嬢が私のことを好きとか勘違いしてます?」
ピクリと揺れる二人の肩。わかりやすい図星の反応だった。
いや、ねーよ。
あるのは隠しキャラとしての間違った興味だけだわ!
「だが……」
「だが、なんです?」
「ベアトリクスたちが以前話をしているのを聞いたことがある。その時は余もまだ彼女のことを好いてはいなかったから特別気にはしていなかったが……メイドとリリーが貴殿を取り合って熱く争っていたと聞いた」
あれか…………。
リリー嬢たちがウチに遊びにきた日のことを思い出し、思わず遠い目をした。ベアトリクスもナディア嬢も、どきどき、わくわくしながら見てたもんね。
「それに先日の仮面舞踏会でも……」
これは多分情報源、メラルドかな?
そんな風に現実逃避気味な思考をしつつ、手で額を覆って大きく息を吐き出した。溜息出ちゃう。
「あれはそういうのじゃないです」
ええ、全く。あれが恋の遣り取りだとか認めない。
“カイザー”をゲームの隠しキャラと勘違いした二人が、お互いが俺のこと狙ってると勘違いして張り合ってるだけだから。なんだこの勘違いの連鎖……。
そして俺はただの巻き込まれ被害者です。
詳しくは説明出来ないものの、なんとか悩める青少年の誤解を解いた。
「あ、なら仮面舞踏会の時のパートナーの方が、カイザー様のお相手ですか?」
「違います!!」
主人の恋敵疑惑が解け、晴れやかな表情で問いかけてきたシリウスの疑問には即座に否定を返した。ランは男だ。
そして何故か話は恋愛相談に発展した。
女性に言い寄られることは日常茶飯事だけど、誰かを好きになるのは初めてだとか。彼女が自分のことをどう思ってるかとか。
なんなの?自慢?
いま俺ってナチュラルに喧嘩売られてる?
そしてまさかの初恋。
恋多き男と見せかけて、本命にはどう接していいかわからんとか純情か!
俺の音楽準備室がいつも間にやら悩める王子サマの恋愛相談室へと変わっていた。
なにがどうしてこうなったのか誰か教えて下さい。




