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ブラック・スワン  ~『無能』な兄は、優美な黒鳥の皮を被る~   作者:
本編

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97/210

憧れは未来への密かな光へ

(サフィア視点)



「カイザー様やお義姉様たちとはなにをお話しになっていましたの?」


「そ……れは……」


 こてんと首を傾げて問われたそれに、思いっきり言葉に詰まった。

 カイザー様の言葉が浮かんで頬が染まる。


 きっと他意なく仰られたのだろうが、場所とタイミングが悪かった。

 伴侶となられる愛しい方と言われ、真っ先に想い浮かんだのはシェリル様で……。しかもあの時すぐそばには、彼女の兄上であられる国王陛下がいらっしゃったのだから。


「サフィア様?」


 黙り込んでしまった僕をシェリル様が不思議そうに覗きこんできた。


「その……アイリーン王妃が僕の髪を褒めて下さって、その流れでカイザー様に以前、頭を撫でられたことを謝罪されまして……」


「カイザー様が?」


「癖で無意識に、だったそうですが。そこから僕は一人っ子なので、ご兄弟が居るのは羨ましいという話を」


 その後の話は口が裂けても言えないが、そこまでなら問題ないだろうと話すとシェリル様は口元に手をやってくすくすと笑った。


「確かに、サフィア様の御髪(おぐし)は女性として羨ましい限りですわ。カイザーお兄さ……カイザー様のあの艶やかな御髪(おぐし)も羨ましいですけど。それにしても、相変わらずですのね。あの方はベアトリクス様たちをことのほか慈しんでらっしゃる癖なのか年下に甘くてらっしゃるわ」


 親愛を込めた彼女の様子にちくりと胸が痛んだ。


「シェリル様にも……?」


「ええ、私も兄たちも昔から甘やかして頂きましたわ。小さい頃はあの方のこともお兄様呼びしておりましたし、物心つく前から可愛がって頂いた影響でもう一人の兄のような感覚ですの。お恥ずかしながら私は人見知りで、特に男性があまり得意でないので……。でもカイザー様は男性というより、もはやお兄様みたいなものですから」


 最後の一言にほっと胸をついたのは安堵で…………それは、シェリル様がカイザー様へと恋心を抱いていない安堵だった。


 恥ずかしそうに頬を染めて、優しい瞳でカイザー様のことを語るシェリル様の瞳にあるのは紛れもない好意。だけどそれは彼女が国王陛下やダイア様、兄君たちのことを語る時と同じ色を宿していた。そのことに胸をなでおろす。


 安堵はきっと、敵わないと知っているからだ。


 カイザー様は、僕にとっても多分特別だ。

 穏やかで揺らぐことのない物腰と、深い知識と教養。


 父に連れられた場で時折見かけたことのあった彼は、数多くの貴族の中でも際立って眼を惹いた。その美しい容姿は勿論(もちろん)、佇まいもなにもかもが。

 (たま)にお会いすれば、子供の僕にも丁寧に優しく声を掛けてくれて……そして褒めてくれた。


 優秀だった自覚はある。

 優秀であろうとしていた自覚も。


 それ(ゆえ)に出来て当たり前として扱われていた、些細な言動を褒めてくれる数少ない大人だった。まるで普通の子供にするみたいに。

 それが凄く嬉しくて、僕はあの方が好きだった。

 普段から身に着けていた挨拶も所作も、あの方と出会った時は一層気をつけた記憶があるし、大人の会話に口を出したこともある。そしてその度に、あの方は柔らかな笑顔で微笑ましそうに褒めてくれた。



 学園に入学し、まさかの学園の教師となられたカイザー様との接点は多くなった。


 そしてあの日、下さった言葉は僕にとって大きなものだった。


 ガーネスト様の御宅で行われた勉強会。

 どちらかといえば苦手分野である文学の解説をメラルド様達にしているときに、カイザー様から文学はあまり得意でないのかと問いかけられた。


 何処(どこ)か間違ったのかと、至らないところがあったかと、頭から冷水をかぶせられたような心地だった。だけど逃げ出したいような心境の僕に向けられたのは、失望や幻滅ではなくて温かな微笑で。


『……苦手なことを理解され、深い知識として落とし込まれたからこそ……』


 重い胸の(つか)えが晴れた気がした。


 失敗したら終わりだと思っていた。掛けられた期待も、築き上げてきたなにもかも。

 失敗したらそこで終わりだと、無意識にそう思って、歳を重ねる程に酷く窮屈な自分がいた。


 だけど……苦手でもいいのだと、完璧でなくともいいのだと。

 だからこそ深く身に着けられるものもあるのだと、そう、(ゆる)された気がして心がとても軽くなったのを覚えてる。


 きっと僕は憧れていた。

 自分が成りたかった完璧な大人としてのあの人に_______。


 そして……ガーネスト様たちみたいにあんな兄が欲しかった_______。


 厳格で完璧主義な父親とお嬢様然とした母親。

 素晴らしい人達だと尊敬してるし、愛情表現の得意な人たちではないがそれでも自分が愛され、それ故に期待されていることも理解している。それを厭んだことはないし、不満があるわけでもない。


 だけど少し、寂しかったのかもしれない。


 他愛ないことを褒め、甘やかしてくれる家族。

 頭を撫でてくれる手に、喧嘩したり、認め合える兄妹。

 心の何処(どこ)かで憧れて、だけど手に入らないと思っていたそれら全て。


『サフィア様もいずれ愛しい方と結ばれご家庭を築かれるでしょう。そうしてきっとお子が生まれる。その時はその子に自分が望んだ全てを与えて差し上げて下さい』


『それにご兄弟だってこれから出来るかも知れませんよ?いずれ伴侶となられる愛しい方にご兄弟がいらっしゃればその方はサフィア様の義理のご兄弟になられるのですから』


 自然に緩みそうになる唇を力を込めて抑えた。

 温かく、光が灯ったように落ち着かない胸の内のままにぎゅっと胸元を握りしめる。


 盗み見るように、月を眺めるシェリル様の姿をチラリと捉えた。

 柔らかな光に照らされるその姿は美しく、愛おしく……。


 僕もそっと月を仰いだ。


 そして不意に胸が揺らいだ。


 カイザー様の瞳とよく似た黄金の輝きを見て思い出したのは、つい先日潜入した仮面舞踏会でのルクセンブルク家のメイドの言葉だった。


『________________』


 あの言葉を聞いた途端、それまで疑問に思ったこともなかった一つの疑問が思い浮かんだ。

 先程までの暖かさとは異なる落ち着かない胸の内を持て余す。


 冷静に考えれば可笑しな現状。

 余りにも当たり前に、誰もが知っているその真実。

 あの日、初めてそのことに思い至った。



 声には出さず、心の中で疑問を呟く。 


 何故(なぜ)、僕は()()を知ってる_________?



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