まさかの俺だった!
「きゃあ!素敵ですっ!!」
淡く色づいた頬を両手で押さえて乙女モード全開の我が妹。
それはまだいい。可愛いから。
だがその後ろで身もだえるようにバンバンと机を叩くリリア。
家具が傷つくから止めて。多分あと数回やったら、リフからお咎めが入るかメイド長のマーサが召喚されるよ?
「それでそれで?その後はどうなりましたの?」
ぐぐいと身を乗り出すベアトリクスの前にはおっとりと笑うランの姿があった。
自分の言動を他人から語られるのはこっ恥ずかしいことこの上なく、俺は遠い目をして紅茶を飲んでいた。止められないのは経験済みなので諦めモード発動です。
何故にベアトリクスが乙女モード全開にしてるかと言えば……偏にアイリーンの所為に他ならない。
あれは先程までいた王城でのこと。
仮面舞踏会から数日後。例の如く事情聴取という名の呼び出しを喰らい、ティハルトや今回の事件解決への指揮をとっていた皇太后様の下、諸々の経緯を説明していた。
救い出した魔獣は無事に野へと返した。檻ごと人里離れた山へ転移させ、その際、暴れる魔獣はジストや影が力づくで抑えた。元々上位種にはある程度従う魔獣だ。ジストの威嚇に大人しく従い、人里への被害は特になし。
騎士団の敷地の隅っこに転移させた人達は、押収したリストを手繰り殆ど無事に家へと帰すことが出来たらしい。リストに詳細のなかった幼い子供や身寄りのない者、一部の者達に関しては国が総力を挙げて手を尽してる最中だ。
ちなみにこの件に関しては、騎士団……というより副団長のディークから盛大な苦言を呈された。
敷地内にドドーンと何十人もの人々が詰め込まれた檻が出現してたことについてだ。
「どういうことだよっ?!」と盛大な突っ込みを頂いた。
潜入のことは知っていたし、助けた人達は騎士団へと預けることは事前に伝えてあったが、あまりにも予想外の方法だったらしい。
ソラの『転移』のことは大ぴらに言いふらしたいことでもないし、転移した後で影を使いにやったから、外に出たら檻が幾つも並んでて吃驚したんだろうなきっと。
元々首謀者共はハンゾー達が綺麗に無力化した後だったし、なんなら証拠類も綺麗に並べてあった。突入した騎士団は倒れ伏してる奴らと証拠を運び出すだけで、「俺ら、一体……?」状態だったらしいけど、別にいいじゃん。楽に越したことないんだから。
膨大な証拠もあったお蔭で、オークション主催者の子爵家をはじめ関係者にもぞくぞくと手が伸びているようだ。
ジストルートのストーリーなのに、奴が全然活躍してないのは見ぬふりをしよう。
国の騎士は確実な異変や証拠もなしに乗り込むことは出来ない。だからこその俺らの事前潜入だったのだけど……まさかこっちだけで全てのことが済んでいるとは思わなかったらしい。
俺ら、っていうかハンゾー達のお手柄だけど。ウチの影は超優秀。
頑張ったのに何故か愚痴を零されたり、呆れられたりしながら謁見を終え、ついでだからと遊びに来ていたベアトリクスと合流したらアイリーンに捕まった。
そして振られたのがクリスティーヌ嬢の話題だ。
「最近人気急上昇の劇団で新作を考案中なのを知ってる?」
にまにました表情に、この時点から良い予感はしなかった。
「お義姉様、それって“リャナンシー”の劇団ですか?」
アイリーンの話題に喰いついたのはシェリルちゃん。
お義姉様、といっていることからもわかるようにティハルトたちの妹でリアルお姫様だ。
彼らと同じプラチナブロンドにダイヤモンドのような瞳を持った、雪の精のような美少女はまんま絵本の中から抜け出したお姫様そのものだ。
遊びに来た、といっても今日のベアトリクスのお相手は愛しのダイアではなく、その妹のシェリルちゃん。二人は昔から仲がいいからね。
沢山の兄たちに大事に大事に育てられた、箱入りお姫様な彼女は人見知りで内気な性格。ピアノと手芸が趣味で、ベアトリクスとは違った意味で典型的な女の子な彼女はアイリーンの話題に喰いついた。心なしか瞳がキラキラしている。
「今話題ですわよね。私は生憎拝見したことがないのですけど……」
「勿体ないです!リャナンシー役のクリスティーヌ様がとっても素敵ですのよ。歌声も素晴らしいですし、なにより美しい妖精役がとってもはまり役で。物語は悲劇なのですが、リャナンシーと吟遊詩人のホメールスとの悲恋もとっても切なくて……」
普段大人しいシェリルちゃんが、珍しく饒舌なのは話題が大好きな音楽に関するものだからだろうか。
“リャナンシー”とは「妖精の恋人」などと呼ばれる、美しい女性の姿をした妖精のことだ。彼女の愛を賜った者は詩の才や美しい歌声を与えらえる。だが代償に生気を吸われ早死にするという。希代の芸術家が短命に終わるのは、彼らが彼女に恋をして作品を紡いだからだとも言われる妖精である。
そんな妖精を主題に沿えた恋物語らしい。
仮面舞踏会の際に出会ったクリスティーヌ嬢の繊細でいて眼を惹く美貌を思い出し、確かにはまり役だなと納得した。
「次の公演がもう決まっているのですか?」
期待に満ちた瞳を向けるシェリルちゃんにアイリーンは意味深に微笑む。
「次回作はオペラ座を舞台にした物語らしいわ。主役は勿論クリスティーヌで役どころはプリマドンナを夢見るオペラ歌手。お相手は仮面をつけた謎の男性。サスペンスも混ぜたミステリアスなゴシック・ロマンスよ」
……なにそれ?モロにオペラ座の怪人じゃないですか??
クリスティーヌにオペラ座に仮面の男とか、確実にアレじゃん。
頭の中で『THE PHANTOM OF THE OPERA』が思わず木霊した。
脳内で有名なあの楽曲を奏でる俺へ、アイリーンが思わせぶりに流し目を送る。とっても色っぽいんですが、含みのある眼差しにドキドキが嫌な部類のドキドキなのが凄く残念。
今さらだけど、そもそもなんで女性三人のこの空間に俺が混ざってんの?
正解はベアトリクスを迎えに来てアイリーンに捕まったからですね、わかります。
「なんでも今回の題材はクリスティーヌ本人の提案らしいわよ?」
「クリスティーヌ様が?」
「まぁ、役者が提案をするなど珍しいですわね」
「そうね。でもどうしても歌いたかったらしいの。実は彼女、仮面の男性に恋をしているらしいわ」
「劇中でということですか?」
きょとんと首を傾げるベアトリクスとシェリルちゃんに、アイリーンはふふふっと含み笑う。
「秘密だけどね。彼女、先日オークションが行われた子爵邸に居たらしいの」
えっ!と二人の瞳が見開かれた。
「囚われていた彼女を助けてくれた方がいたそうよ。その御方は仮面をつけて顔を隠していたけど、仮面で隠しきれないくらい美しい殿方だったらしいわ。白皙の美貌と射干玉の髪、満月のような蠱惑的な黄金の瞳をしていたそうだけど……。そういえば、カイザー様も先日の仮面舞踏会にいらっしゃったわよね?なにか知らない?」
身を乗り出して、わっざとらしく問いかけてくるアイリーンは確信犯だ。
きゃあ!と華やいだ声を上げ、「お兄様!」「カイザー様」と同じく身を乗り出してきらきらしい瞳を向けてくる美少女たちを前に固まった。
……っていうか、アイリーンはどういう情報網なの?
なんで考案段階の次回作予定とかクリスティーヌ嬢の恋模様とか知ってんのさ?女性の情報網怖い……。
そして実際救出に大活躍したのは、俺じゃなくてハンゾーたちだし。恋に堕ちるならハンゾーが妥当だと思うんだ。
異常な喰いつきを見せる彼女たちを必死に躱し、なんとか帰宅。
そして俺が話してくれないのなら……とベアトリクスは当日一緒だったランやリリアに話を振り、今に至る、と。
「お兄様恰好いいっ!」
「………っ!!」(バンバンと机を叩きつつ、奇妙に身もだえる音)
「ええ、とっても素敵でした。まるで物語のワンシーンのようで、あのお嬢様が恋に堕ちてしまわれるのも仕方のないことだと思います」
人から聞かされる自分の話は、どうしてこうも気恥ずかしいのか。
若干くさいことを言った自覚のある俺は額に手をやって項垂れた。
もう止めて!
恥ずかしいから許して下さい!!
女性陣+一名の視線とは裏腹に、大絶賛され悶える俺を見遣る男性陣の瞳には僅かな同情があった。
「そんな美味しい場面を見逃したなんてっ!!?」
「私も見たかったです。シェリル様にも教えて差し上げないと」
「ともあれ、お疲れ様でした。無事解決出来てなによりです」
「流石は兄上です。一人の犠牲者も出さないとはお見事です」
「アンタ、なんだかんだで女子供に甘いよな。ハンゾーたちもだけど……」
上からリリア、ベアトリクス、リフ、ガーネスト、ソラの発言だ。
「 “リャナンシー”も楽しみですけど、次の公演も楽しみですねっ!!カイザーお兄様、ガーネスト、絶対観に行きましょうね!男性役は誰かしら?並みの役者では許しませんわ。お兄様並みとまではいかなくとも、せめてその足元ぐらいには及ぶ殿方でないと……」
満面の笑みを浮かべた後、真剣に考え込む妹の姿にげんなりと頭を抱える。
どうやら自分がモデルな演劇を観に行くのは決定事項のようです。超恥ずかしいんですけど。




