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ブラック・スワン  ~『無能』な兄は、優美な黒鳥の皮を被る~   作者:
本編

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93/210

ファントムは見当たらない

 


 揺れることもなく静止したままのシャンデリア。


「すぐに片付けますので(しば)しお待ち下さい」


 その上に音もなく着地し、こちらへ視線を向けたハンゾーは簡潔にそう告げると軽い動作で飛び降りた。


「では私も行って参ります」


 そして続くように一礼したランが、ドレスの裾を(ひるがえ)しながら螺旋(らせん)階段の手すりを滑るように舞い降りる。


「ドレスを汚さないようにね」


 螺旋階段からやや身を乗り出し、小さくなる背に向け階下へと声を掛けた。

 


 幾人かの男達が倒れたホール。そしてそこへ繋がる扉が外側から開き、流れ込んでくるいかにもカタギでない男達。

 たちまち始まる乱闘を尻目に、ゆったりと螺旋階段を下りて行く。

 奴らはきっと会場の異変に慌てて様子を見に戻って来たのだろう。なにせ主催者の邸宅であるこちらの棟には、ヤバい証拠も不当に蓄えた財産も山ほどあるのだから。


 でも残念。今さら戻って来ても後の祭りだ。

 こちらの邸宅はとっくににハンゾーたちが捜索済みなのだから。


 階段を下りつつ、ホールで繰り広げられる乱闘を眺める。

 

 どこまでも作業的に、的確に。黒い影が過った後に倒れ伏す身体。威嚇(いかく)の声も悲鳴も、彼が僅かに動くだけで物理的に途切れさせられ沈黙が生み出される。払った腕にふっ飛ばされて壁へと激突する身体、だけどその威力とは裏腹に音もなくハンゾーは動く。まるで影そのもののように。


 白いドレスの裾が花開くように舞い、敵の真ん中へと咲き誇る。揺れる花弁に合わせるように繰り出された蹴りが男の首を捉え、飛び上がるようにもう片方の脚も持ち上げると、ランはそのまま脚で男を振り回すように放り投げ数人を一気に巻き添えにした。


 アクション映画さながらの光景に胸を躍らせつつ、俺が階下に辿り着く頃には全てが片付いていた。


「ご苦労様」


 ゆるりと微笑みを浮かべて労いの言葉を口にする。

 恰好いいアクションシーンに子供のようにはしゃいでいた内心など欠片も見せない。浮かべた笑みは相も変わらず貴族らしい微笑みだろう。


 そしてどうでもいいが偉そうだな、俺。

 悠々と文字通りの高みの見物を決め込んだ末、ご苦労とか何様だ一体。

 誰も突っ込んでくれないし、不満さえ感じてなさそうなので自分で自分に突っ込んでみた。


「こちらへ」


 先導してくれるハンゾーへと続けば、通された部屋は書斎のようだった。

 さほど広くないこぢんまりとした一室には、壁を塞ぐように背の高い書架がいくつも並んでいた。そして不自然に前へとせり出した書架がある。


「この本をずらしてレバーを引くと動く仕掛けになっていたようです」


 興味深げに眺めているとハンゾーが説明してくれた。


「隠し通路か」


 内心ドキワクしながら鉄の扉を眺める。

 武骨な鉄製の扉には大きなダイヤルが三重になってついていた。これで刻み目の数字を合わせて開閉するタイプらしい。さすがに暗証番号はわからん。


「お手数をお掛けして申し訳ありません」


 (こうべ)を垂れる彼へ「いや」と返して腰へと手を掛けた。

 一歩下がり、剣を振り下ろす。重い手ごたえと共に別の角度からも一閃、二閃。開いた隙間からハンゾーが手を差し込み、扉の裏側でなにやら弄っている。ガチャリ、という音と共に開かれた扉の先には深い闇が覗いていた。

 影の一人が差し出してくれた灯りに照らされるその奥は、地下へと続く急な階段だった。


「ここでお待ちになりますか?」


「いや、折角(せっかく)だし私も行くよ」


 もしかしたらまた俺……というより、この剣が必要になる場面があるかも知れないし、とちょっとの好奇心を交えつつ答える。


 金庫なりなんなりあるかも知れないしね。

 まぁ簡単なものなら影たちは鍵なしでも開けられるし、厳重なものでも時間さえかければ大抵なんとかなるみたいだけど。なんなら手っ取り早いのは剣をハンゾーに貸せばいいだけなんだけどさ。


「危険はないだろう?君たちが居て、万が一のことがあるとも思えないし」


「「勿論(もちろん)です」」


 一切の躊躇(ちゅうちょ)もない、なんとも頼もしいお答えだ。


 ランプを受け取り、階段を下りる。

 窓のない籠った空気を進み、灯りの少ない細い通路の先には扉があった。暗い地下室に不釣り合いな扉は良く言えば豪華で悪く言えば成金趣味。


 扉を開ければ、そこは悪趣味な宝物庫だった。

 赤と金に彩られた派手な壁紙。壁に爛々(らんらん)と輝く灯りが室内の全てをギラギラと照らす。宝石に金に絵画に武器に陶器。

 あらゆるモノがひしめくそこにそれはあった。


 薔薇(バラ)の細工があしらわれた金の鳥籠。

 通常の何倍もあるその鳥籠の中には、鳥ではなく一人の美しい女性が泣き伏していた。


 泣き声さえも可憐なその女性の名前はクリスティーヌ。

 人気実力ともに急上昇中のオペラ歌手で、ゲームのストーリーで出てくる被害者が彼女だ。クリスティーヌの妹分の少女とヒロインが出会い、行方不明の彼女の相談をされてジストルートは進む。


 ストーリーでは彼女は無事助け出されるが、一度売り払われた後だったし。先程助け出した人達の中には彼女らしき人物が居なかったので心配していたのだが、念の為ハンゾーたちに邸宅の方に捕らえられた人が居ないか捜索して貰ってて良かった。お蔭で抜け道も見つけてくれたし。


 “世にも美しいカナリア”


 オークションの目玉商品であり、そう(うそぶ)かれた彼女の存在は非公開だ。

 だけどゲーム知識のある俺やリリー嬢は、それがクリスティーヌ嬢のことだとわかった。

 だが出品リストにも“世にも美しいカナリア”としか表示されていない彼女の存在を知っているのは不自然だ。なので証拠や主催者らの捕縛を理由にハンゾー達を邸宅へと潜入させた。当然それも必要なことだったが、本当の目的は彼女の救出だ。


「やっ……誰っ?来ないでっ……!!」


 怯えた声をあげ、身を竦ませるクリスティーヌ。

 突然捕らえられ、現れたのが仮面をつけた集団だ。怯える彼女に当然だと思いつつ、ならべく優しい声で「大丈夫」と語りかける。


 数歩進みかけたその時、突如身体が浮いた。


 一瞬の浮遊感、そしてそれが止んだ先には二重の檻が目の前にあった。


 金銀財宝やクリスティーヌのいる鳥籠。

 それらのある奥へと不用意に向かおうとすると、前後に鉄格子が落ちて閉じ込められる仕組みだったらしい。目をぱちくりしつつカラクリを眺める。


 感想はスゲー!だった。


 檻で閉ざされた空間には大きな虎が居る。見慣れたホワイトタイガーのカマルとは違って、猛獣感丸出しでガオガオ威嚇(いかく)しております。正直、彼の存在には始めっから気づいてましたけどね、部屋入った時から自己主張激しかったし。

 窮屈そうな四角い檻に入れられてたし、あえて気にしていなかった。ペットかな?って思ってたけど、侵入者に反応して細長い部屋の真ん中部分を区切るように鉄格子が落ちて、ついでに虎の檻が開く仕掛けだったみたい。


 つまりは、食べられてしまえってことですね。


 そしてそんな仕掛けに引っかかる愚鈍は影にはおらず(ソラ非戦闘員だから除外)、見事に鉄格子が落ちる前に部屋の奥へと避難済みです。


 唯一引っかかる可能性のあった俺は、ハンゾーに抱えられ宙を飛んでました。お姫様だっこには(あら)ず!

 そしてランじゃなくて良かった……淑女にしか見えない今の姿のランに軽々と抱えられたら確実にハートが凹む。


 グガァァァアォォォゥゥッッ!!


 鉄格子越しに怒りの咆哮(ほうこう)を上げる虎さん。

 おおぅ、ご馳走に手が届かずご立腹ですね。


 頭を抱え込むように耳を押さえて悲鳴を上げるクリスティーヌ嬢の、せめて視線だけでも遮ろうと鳥籠の前へと背を向けた。


「このままいける?」


 鉄格子を取り払わないと闘いにくいかと問いかけるも問題ないと答えられた。その方が彼女も安心だろうと。

 確かにこっちに来られたら怖いだろうなと後を任せる。


 鳥籠から数歩離れた小さなテーブル、その上にあった鍵を手にした。

 籠の中から精一杯手を伸ばしてギリギリ届かない……そんな悪趣味な位置に置かれたそれは思った通り鳥籠のもので、開いた入口から中へと入る。


「クリスティーヌ嬢」


 カタカタと震える彼女へ怖がらせないように声を掛け、仮面越しに微笑みかける。

 震える手を取り、華奢な身体を支えながら脱いだ上着を彼女の頭へと被せた。狭い入口を通り抜け、鳥籠の外に出た彼女をそっと抱きしめれば、腕の中の身体が一瞬強張(こわば)るのに気づいた。

 だけどそのまま小さな頭を胸へ押し付けるように抱え込む。見知らぬ男に抱きしめられるのは不本意かも知れないが、視界と耳を塞ぐ役割ぐらいは果たすだろう。ほら、いま戦闘中だから。


「すぐに騎士団が来てくれます。もう大丈夫ですよ」


 正体不明の俺らより安心出来るだろうと、その存在を耳元で告げれば強張っていた肩から力が抜けた。


 そうこうしている内に猛獣の鎮静化は終わったらしく、眠るように倒れ伏した虎が鉄格子の中にいた。数本の飛針が見えるのと出血がほぼないことから見るに麻痺毒かなにかだろうか。


 俺へ視線を寄越し小さく頭を下げる彼らに、自分の役目を果たすべくクリスティーヌ嬢の身体を放そうとするも、小さな手が俺の胸元を握りしめたまま離さない。

 よっぽど不安だったのだろう、とその手を優しく叩いて請えば「あっ……」と恥ずかし気に頬を染めて躊躇(ためら)いがちに手を離された。


 剣を何度か振るい、鉄格子を切り裂く。

 その光景にクリスティーヌ嬢は口元を覆って瞳を見開くが、影たちは慣れたもので虎を引きずり檻へと戻し厳重に扉を閉めたり、部屋内に他に重要なモノがないか見回ったりと実に機敏だ。


 剣をしまい、再びクリスティーヌ嬢へと向き直った。


 手袋を嵌めた手で、ポケットから取り出したそれをそっと手の中で握りつぶし、彼女へと手を伸ばした。

 頬にほつれた髪を指で払い、撫ぜるように頬から口元へと手を添わす。

 くらりと漂う甘い香りに瞳が大きく開かれた。ついでとろりと蕩けた瞳と重くなる(まぶた)に彼女が倒れてしまわないようその腰を支えた。


 (すが)るように胸元を掴む細い指。


「怖い夢はもうお終いです。次に目が()めた時には全て終わっていますから」


「えっ……?」


(まばゆ)い程のスポットライトに照らされて高らかに歌い、晴れ渡る空の下を自由に歩ける。貴女にあんな鳥籠は似合わない」


 子供を寝かしつけるようにそっと瞼を下ろす。

 だけど手袋の下、抗うように長い睫毛が掌を僅かに(くすぐ)り、力の入らない手が俺の手を掴んだ。


「あの……貴方の……お、名前は……?」


 もはや呂律(ろれつ)すら怪しい問い掛けと、指の間からからこちらを覗く美しい翠玉。何処(どこ)か必死な色を宿したその瞳にパチクリと瞬き、困ったように笑った。


「名乗るほどの者ではありませんよ」


 その答えに抗議するように一瞬手に力が籠り、だけどすぐに指先から力は抜ける。力を失ったその身体を抱き留め、手袋についた眠り薬を払ってから彼女を抱き上げた。


 その後はクリスティーヌ嬢を安全な場所へと寝かせ、影数人を邸宅へと配置したまま会場へと戻った。そしてソラと合流して、不法侵入の俺達は一足先に転移で屋敷へ帰宅。

 後のことは騎士団へお任せだ。

 ……と、言っても後日また城に呼び出し喰らうだろうけど。憂鬱(ゆううつ)ー。


 なにはともあれ、全員救出成功です!



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