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ブラック・スワン  ~『無能』な兄は、優美な黒鳥の皮を被る~   作者:
本編

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90/210

外見詐欺は世に溢れている

 


 音楽に載せて白いドレスがふわりと花のように舞う。


「ふふっ」


 忍び笑う小さな声が(さざなみ)のように響く。

 銀の刺繍と水晶で飾り付けれた仮面の奥から覗く藤色の瞳。踊りながらランは思わせぶりに視線を流した。


 視線の先には、離れて踊るリリー嬢。

 サフィアと踊りつつも、食い入るようにこちらを見ている。そしてそんなリリー嬢をギリギリと尖らせた瞳で睨むリリアも見えた。


 ……お願いだから二人とも、もっと自然に振る舞って下さい。


「二人とも、カイザー様が気になって仕方がないようですね」


 くすりと笑うランは、清楚な美人ながら香るように色っぽい。

 ダンスを踊る為に密着した身体、腕に触れる柔らかな膨らみ。ぶっちゃけ、その感触が気になって仕方がない。白いドレスに覆われた、その膨らみに視線を無意識に向けそうになるのを抑える。


 淡い藤色の長い髪。上品な造りの顔を彩る白い仮面に、その奥に潜む藤色の瞳。

 白を基調としたドレスには、白地に黒い水玉模様のフリルが重ねられ、巻きスカートのようになったドレスからは細身の黒いパンツに包まれた脚が覗いている。


「カイザー様は素敵だから仕方がないですね」


 いえ……あの二人の俺に対する関心は、そんないいものではなく勘違いの産物です。


「今日のお召し物もとってもお似合いですし」


 熱を帯びた瞳でランが見上げてくる。


 例の(ごと)くに黒を纏う俺を見つめる瞳にあるのは憧れと羨ましさ。

 それに少し苦笑いする。

 ランは黒が好きだ。だけど俺が明るい色合いが似合わないの同様、ランは暗い色合いがあまり似合わない。


「こう言っていいのかわからないけど……似合ってるよ。それと、すまないね。こんなことをさせて」


 ターンをしながら告げれば、藤色の瞳が一瞬見開かれ、次いで潤んだ瞳のまま首が振られた。


「いいえ、いいえ。お気になさらないで下さいっ。こうしてお相手に選んでいただき、嬉しいです、私」


 感情を抑えるように、華奢な指が服を掴んだ。


「貴方様のお役に立てることこそが、私の(よろこ)びですから」


 歓喜に潤む瞳。

 震える声音に、健気な言葉。


 肌が白く、なにもしなくてもほんのりといつも朱を帯びた(まなじり)は化粧を施したいまや一層の色気を孕み、熱を帯びた熱い瞳を向けてくる(たお)やかな美人。


「……」


 ランは影の一員だ。

 リリア待望のくノ一…………ではない。


 ランは男だ。


 ぽよん、と。密着した身体に感触を伝える二つの塊。

 喉仏を隠す為か、首から覆われるタイプのドレスを身に着けたまごうことなき美女。美女にしか見えない目の前の美人を無言で見つめる。


 なんなの?忍者ってなんでもありなの?

 肉体変化まで可能なんですか?


 どの角度からみても、美女にしか見えないランを前に心の中で問いかける。


 なんだ……一体なにが詰められているんだ?!

 素晴らしいぽよよん触感の正体が気になって、無意識に視線がいきそうになる俺でした。



 ランは我が家の忍者集団の中でも一見異質な存在だ。


 今の女装ほどではないが、普段のランも女性に間違われることはしばしばな中性的な美形。

 先程も述べたが、色白で上品な顔立ちに、淡い薄藤の髪に藤色の瞳。長い髪は普段の俺と同じように肩のあたりでくくって前へと垂らしている。

 本人はお揃いだと気に入っているらしい。


 ちなみに今日は女性らしくアップにしてる。俺はいつもと雰囲気を変えるために後ろで緩い三つ編みにしてますー。

 

 おっとりと(たお)やかな印象で、派手な美人ではないが和服が似合いそうな和風美人だ。実際ランはよく白い羽織のようなものを身に着けている。


 何故(なぜ)なら黒が似合わないから。

 下は他の皆と同じ動き易い黒装束なんだけど、似合わないから任務とか鍛錬の時を除いてはその上に白い羽織を羽織ってる。


 柔らかな雰囲気を纏うランは、寡黙で若干(じゃっかん)排他的、人付き合いがあまり得意でない影達の中にあって異質な性格といえよう。

 あまり人前に姿を現さない彼らと違い、使用人たちとも普通に話し、なにより荒事とは無縁に見える。



 余談だが、俺は知っている。

 ウチに入ってすぐのソラが、嫋やかな美人であるランに密かにときめいていたことを!!


 まぁ、無理もない。

 ランは美人だし、ハンゾーの鍛錬という鬼のしごき真っ最中だったソラが、自分を気遣ってくれる美人にぐらっときても仕方がない。


 その後、性別知って打ちひしがれてたけど……ドンマイ!


 そしてそんな(たお)やか美人なランさんですが……。


「ご安心下さい、カイザー様」


 柔らかな印象だった藤色の瞳が強い光を湛えた。


「私は必ず、貴方様のお役に立ってみせます」


『貴方様の敵は全て肉塊へと変えてみせます』



「ワータノモシイナー」


 思わずカタコトになる俺。


 これです、ランさんの本性(?)。


 聴こえた心の声の(ごと)く、バリッバリの強硬派でいらっしゃいます。

 敵に容赦なんてしやしねぇ。

 なんで任務中は白い羽織を着ないかって?

 目立つから、勿論(もちろん)それだけじゃない。いつだかの雑談で彼は言っていた。


「ハンゾー様もカイザー様も黒が似合って羨ましいです。私は似合わなくて……。仕方がないから普段はこの白い服を羽織ってるんですけど」


「私は逆に白が似合うのが羨ましいかな。その恰好も似合ってるよ」


「……っありがとうございます。でも…………」


 嬉しそうに頬を染め、次いで憂いを帯びて伏せられた瞳。

 そして続いた言葉は……。


「白はすぐ汚れてしまって……。仕事中には着れないんですよね」


 憂い気な表情に騙されそうになるが、俺はその意味を静かに、正しく悟った。


 それはアレですね?

 確実に赤黒い汚れの事ですかね?(おも)に相手から噴き出す系の……。


 ランの戦闘能力は影の中でも三本の指に入る凄腕で、特技は暗殺だ。


 喉笛掻っ切る系の攻撃が得意らしいよ!

 そりゃあ白いの着れないよね!!超納得した。



 そしてそんなランだが、リスペクトしてるハンゾーや(あるじ)である俺へ向ける瞳が大変熱っぽい。

 正直、最初は()()()系のお方かとも思いました。


 でも違います。


 あれはランが雇われて(しばら)くした頃のこと。

 俺やハンゾーがランから任務の報告を受けているところに、洗濯物を手にして通りがかったリリアがピタリと足を止めた。


「ランさんって好きなタイプはどんな方ですか?」


 唐突だった。

 大方俺らに向けられる熱っぽい瞳を見ての質問なんだろうけど、それにしても唐突だった。

 空気は読まない、感性に素直に生きる。それがリリアです。


 唐突な質問に「え?」と驚きを露わにするラン。


「どうしてですか?急にそんな質問……」


「ただの世間話ですよー。使用人同士、親交を深める為に教えて下さい」


 にまにましつつ、ぐいぐい迫るリリア。相変わらず強い。

 でも実は俺も気になってたので、口は挟まず二人の遣り取りを見守った。


「私……私は……」


 朱く染まった目元でチラッと視線を投げ掛けられて、跳ねそうになった肩を根性で抑えた。

 これはもしや……マジでそうだったりするのだろうか?そう危惧を抱きつつ彼の答えを待つ。


「その……私は、この国の次期王妃様みたいな……肉感的な方が……」


 恥ずかしそうに告げられた言葉。


「あっ、でも…もう少しだけ、こう……」


 こう、と胸元のラインを形作る手。


 次期王妃……それはつまりまだ王妃になってなかった親友、アイリーンで。

 恥じらいながら告げられたタイプが、性格とか好みでなくてまさかの身体付きだったとか……。

 アイリーンも相当ボンキュボンのナイスバディーなのに、あれ以上を求めなさるかとか……。


 言いたいことは沢山あったがとりあえず、


 恋愛対象に野郎なんぞお呼びじゃなかった!


 向けられる熱っぽい視線に妙な意味は込められておらず、そこにあるのは純粋な好意や崇拝だけ。そのことに安堵した共に、釈然としないものが胸に残った。


 本当に、とんでもねぇ外見詐欺である。


 一応言っておくが、中性的な顔立ちとおっとりした喋り方や雰囲気は素で、ランはオネエ属性ではない。たまーに女性に間違われるのだって、変装中の今と違って普段はあえて女性的に振る舞ってるわけではないし。

 なので本人に騙してる意思はないんだろうし、そんな一成人男性のランがナイスバディーの女性が好みだろうと別に問題はないのだ。


 ……ないのだが、どうしても騙された感が拭えぬのもまた事実。



「そろそろ移動が始まったようですね」


 (ささや)くようにランが告げる。

 ホールで踊っていた何人かが奥の通路へと向かうのを見て、ダンスを切り上げた。時計の針は12時の30分前。


 ランをエスコートしつつ、通路の奥の部屋へと向かう。

 そこはオペラ会場のような造りとなっており、階段状に客席が並び、その中央に舞台があった。入手した見取り図を頭の中で思い描きつつ、実際の通路や配置を確認しつつ席へつく。

 間もなくけばけばしい仮面をつけた男がステージへと登場した。


「レディース・アンド・ジェントルメン!!」


 大仰に両手を広げ、マントを掲げながら始まる胸糞わるい演説。

 商品、つまりは不当に売り払われる魔獣や人の下世話な紹介も、男の下品な笑い声も全てが耳障りだった。


 尖る視線と怒気に反応してか、隣の席に座るランが案じるように俺の手に黒いレースの手袋を嵌めた手を重ねた。


『あの男、カイザー様を煩わせるなど万死に値する』


 憂い気にこちらを見つめる横顔と裏腹に、その胸中はむちゃくちゃ物騒だった。

 お蔭で頭に上りかけていた血が一気に引いて冷静になった。


 有難う、ラン。

 でもキミも一旦冷静になろうか。


 仮面をつけた屈強な男達によって次々に舞台へと運ばれる檻。そこに閉じ込められた魔獣や人に飛び交うように値がつけられていく。


 そしてまた一つ、数十人の人間が詰められた巨大な檻が運ばれてきたその時。



 会場は突如として暗闇へと包まれた。





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