覚悟と決意と、記憶に焼き付いた声
八つ当たりを兼ねて拳を震わせていた俺は、ひとつ大きく溜息を吐いて気持ちを切り替えた。
今出来ることは八つ当たりでも、打ちひしがれることでもなく、今後をどうするか考えること。
「図書室に魔族とか魔王に関する書籍ってある?出来れば生態や風習、欲をいうなら育児本みたいのが欲しいんだけど。あと魔族について知ってる知識、教えて下さい」
さらっと無茶ブリも織り交ぜつつ、姿勢を正して頭を下げる。
「……育てる気、なんだ……」
「本人も望んでるし、今のところは。だけど圧倒的に知識が足りない」
暫く無言を保った彼がゆっくりと立ち上がった。
基本的に座ったところしか見た事がない彼が歩く姿を見るのは初めてだ。謎の感動を覚えつつ、つい脚がちゃんとあるか確認してしまったのは無意識です。透けてもないし、ちゃんとあったよ。
「ここと、そこ。あとこれかな。ご希望の育児本は残念ながら存在しないけど」
「だよね」
あったらいいなとは思ったが、実際あるとは思ってない。
だってなんだよ?魔族の育児本って……。
誰が書いた誰向けの本だよ??って感じだよね。
教えてもらった数冊の書籍を引き抜き、腕に抱えながらカマルの居る場所へ戻った。
「で?知りたいことはなに?」
床に置いた本を一冊手に取って、パラパラとめくりながら彼がそう問いかける。答えてくれる気はあるようだ。
ゲームのお助けキャラで “なんでも知ってる図書室の妖精さん” 。
実は今までだって聞きたいことは沢山あった。
あのレプリカの宝石や魔族売買の黒幕、これからのこと、そして謎に満ちた彼自身のこと。
だけど積極的に彼に尋ねることをしなかったのは……。
利用するみたいで嫌だったから。
彼自身のことを尋ねなかったのは、拒絶されるのが嫌だったから。
彼とカマル。
図書室で偶然出会ったこの不思議な友人たちを、俺はことのほか気に入っている。あっちが友人と思ってくれるかどうかは別として……。
だから博識な彼の知識を借りることに抵抗があったのだが、今回ばかりはその知識を借りよう。
「……魔王は、危険な存在?」
「抽象的な質問だね。聞いたと思うけど、魔王は“種”だよ。人に性格があるように、魔王も同一の存在じゃない。ただ、強い力を持つという点では人にとって脅威かもね」
「 “魔王種”は必要に従い生まれると聞いたけど、魔王にはその役目みたいのが本能的にあるのか?悠々自適に過ごす魔王もいるって聞いたんだけど……」
「本能的にはあるかな。でもそれに捕らわれない魔王もいる。逆に逃れられない個体もいるのかも知れないけど」
「じゃあもし、その役目がなくなったら?」
「自由になるんじゃない?」
返された答えは、まさに願っていたもので……ほっと肩から力が抜ける。
「成程。貴方はソレを解決するつもりなんだ?黒竜が言ってたように、人間と魔族のいざこざが原因で魔王種が現れたとするなら、それを防げばあの子は魔王として在る必要がない」
彼の口から零れる言葉は、改めて耳にすると自分でも無謀な気もする。
だけど、バッドエンドを迎えないために元々立ち向かわないといけない問題だったのだ。それに向き合う理由と、失敗出来ない理由が一つ増えただけ。
それにゲームで魔王なんて存在は出てこなかった。
それはヒロインたちの活躍で問題が解決したからと考えるのは安易だろうか?バッドエンドのその先にこそ魔王は存在するのかも知れない。
その後も思いつく質問をいくつかした。
不調の兆しとか、与えてはいけない食べ物とか。
「マオがにんじん食べてくれないんだけど、魔族に駄目だったりする?」
と問えば、呆れたように「ただの好き嫌いでしょ」と答えられた。
なんてこったい!
体質的なものか判断出来なかったから、今まで無理には食べさせなかったけど、今度からすりおろしたりして与えてみよう。食わず嫌い、良くない。
育児系の質問を矢継ぎ早に重ねれば、「知らないよ」と呆れを含んだ彼の返答がぞんざいになってきた。
「ねぇ、さっきから質問の系統、可笑しくない?」
「だって、こんなこと相談出来るママ友あんまいないんだもんっ!!ジストは役に立たないし!」
「僕も貴方もママじゃないし。そもそも貴方、育児異様に詳しくない?」
「経験者だから!」
親指立ててドヤ顔したった。
なにせ二人育ててるからね!
ちなみに一番の育児相談相手は我が心の友、リフです。次いでティハルト。同じくママにはなれない彼らだ。
ママ経験者だとメイド長のマーサ、あと皇太后様とか?そして今回アレクサンドラの母上が加わった。
「意地が悪いこと、聞いてもいい?」
寝そべったカマルの頭を撫でながら、彼が問う。
「あの子が敵になったらどうするの?」
「殺すよ」
少しの間も開けず、端的に答えれば彼が驚いた気配がした。
それはそうだろう、甘ちゃんで間の抜けた俺のこんな返答は予想していなかったのだろう。
「敵、って状態がわからないけど……。でももしもの時は、あの子を殺すことになると思う」
愛用の剣に触れれば、チャリっと僅かな音がする。
その覚悟はもうしている。
あの子が魔王だと気づくもっと前に。ジストが訪れたあの日の夜に。
夜、ハンゾーが話したいことがあると申し出た。
マオが居ない場で、と申し出られた時になんとなくその要件は予想がついた。重い声音と彼の表情を見て尚更に。それはリフも同様だろう。だからこそマオはマーサに預け、リフもついて来た。
部屋に入り、鍵を掛けてすぐにハンゾーはその場に跪づいた。
「ひとまず、今後もマオはカイザー様のお傍に置くことに決まったのですね」
「ああ」
「それに伴い、許可を賜りたく」
俯いていたハンゾーが顔を上げる。
真っすぐに見上げてくる刃のような黒曜石の瞳。そしてこれから発される言葉が、刃のように俺を切り裂くことを知っている。
「万が一の場合……、マオをこの手にかけるご許可を」
彼らしくなく、躊躇いの後に告げられた言葉。
強く握り締められた拳。
けれど決して逸らされることのない瞳が、とても彼らしいと思った。強い意思を宿した黒曜石の瞳を見ながら頷く。
「……ああ」
吐息混じりの頷き。
「私自身も……万が一の時は、その覚悟をしておく」
噛みしめるように言葉を紡げば……二人が驚く気配がして、それに苦く笑う。
魔族であるマオが将来人を傷つける可能性。
それは当然考えなければいけない問題で……。
ハンゾーがこうして許可を求めたのは、万が一の時は他でもない自身がその汚れ役を担う為だと知っている。
「我が君がそのようなことをする必要はっ……」
「あるよ」
必要なら誰よりもある。
マオを手元に置くことを決めたのは俺で、この状況を招いたのは俺。
そんなことはしたくない。出来るかも自信がない。
ハンゾーは己の言葉を貫くだろう。必要があれば躊躇いなく刃を奮う、そう確信している。だけどそれは俺らの為だ。
敵には容赦ないが、本来は女子供に優しい彼だってそんなことをしたいわけじゃない。だがその彼は主である俺の為にその覚悟をしている。
「だけど正直、自信がない。もし私が判断に迷い、手遅れになるようなことがあれば……その時は頼む」
「我が君」
「前に君は言っただろう?私の刃となると。ならばその振るう刃を握るのは私。関係ないわけなんかない、私は覚悟をするべきだ」
怖い、怖くて堪らない。
だけど……。
大事な部下に愛しい子を殺させて、自分は手を下してないから関係ないなんて。そんなクズになる気はない。その咎は俺が背負うべきものだ。
「それでも一つだけ」
いつか下すべき決断が、たとえ残酷なモノだったとしても。
「他に方法がないか、ギリギリまで他の道を探すことは赦してほしい」
情と忠義に厚いハンゾーは俺の懇願を受け入れてくれた。
要はマオの暴走を止められるだけの技量があればよいのだと、精進を重ねますと請け負ってくれた彼の漢前っぷり。
いっそ攻略対象者になればいいと思う。チキンなジストより全然推せる。
「意外?」
問いかければ、彼はこくりと頷いた。
「正直、かなり」
素直な返答に曖昧に笑う。
「本当は自信ないけどね。いざって時に尻込みするかも知れないし。だけど……覚悟だけはしとかなきゃって思ってるよ。迷って、間違って、全部失ってしまわないように」
「とりあえず、だ」と気合を入れるように拳を固く握った。
「今できることは、子育てを失敗しないことだ!!」
力強く宣言した俺をカマルくんが不思議そうに見てます。あと多分隣の彼も。
「子育て……」
「そう!要はマオが魔術や感情を暴走させない術を身につけて、あの子が人間を嫌いにならないように、愛情をもって素直な良い子に育てればいいわけだろう」
「良い子な魔王……」
首をこてんと傾けたカマルと彼が見つめあう。
「大丈夫、多分出来る!!」
なにせ俺は、悪役令嬢と俺様攻略対象者をあんな天使に育てあげた男!!
勿論二人の元々のポテンシャルと天使属性を活かしたに過ぎないが、マオだってあんないい子だし。うん、いける。
「着地点、そこでいいの?」
胡乱気に突っ込まれたが、問題が起こらないのが一番平和じゃんか。
「まぁ、魔族の方が人間よりよっぽど素直でわかりやすいし。貴方に育てられたらほわほわした子に育つかもね」
「それ褒めてる?貶してる?」
「どっちでもない」
「でも魔族って不思議だよなー。自然発生とか成長速度とか」
「そうだね。でも不思議なのは人間の方かもよ?自然界じゃ自立が早くなきゃ生き残れないし、必要とされて生まれる王、本能に従った生き方、人間よりもずっとシンプルで合理的じゃない?」
「ある意味そうかも」
「人も国やら王やら、柵に縛られず自由に生きれればいいのにね」
「や、それはそれで大混乱が起こりそうな気も……」
統制がなくなった人間を思い浮かべてそう返すも、彼は小首を傾げた。
「でも、愚かだと思わない?血だの係累だのに拘ることを。現に貴方の知り合いの女の子たちだってその所為で沢山の人たちに狙われ、利用されそうになってる。魔族みたいに相応しい者が王になればいいのに」
珍しくも饒舌に語る彼を不思議に思った。
「幸いにもこの国の王は優秀みたいだけど。王たる資格を持つ者が、王たる資質を持つとは限らないのにね。それでも奴らが尊ぶのはその血筋だ」
この時の声を。
「それなら」
紡がれた彼の言葉を、俺はずっと覚えていた。
「その血がそんなに尊いなら、玉座に鮮血でもぶちまけておけばいい。
それか瓶詰にした血液でも、空の玉座に転がしておけばいいのにね」
何故か鮮明に記憶に残ったその言葉を、俺はいずれありありと思い出すことになる。




