アイツは一発殴ろうと思う
「あの子は“魔王”?」
淡々と、端的に、彼はそう問いかける。
そしてその問い掛けは、疑問ではなく確認だった。
「…っ」
余計な言葉を一切含まないその問い掛けに、思わず一瞬息を呑む。
ふらふらと脚を踏み出し、彼へと近づく。予想もしていなかった彼からの問い掛けは、俺の心を打ちのめしていた。
「そう、思う?」
返した声が我ながら震えていて、
「違うの?」
「………」
さらりと返された疑問に口を噤む。
「……そう……かも、……知れない……」
手の中でくしゃりと音を鳴らす手紙。
それは先程まで目を通していたもので、アレクサンドラの母上からのものだ。魔人であり魔族の習性を知る彼女から少しでも情報を得られればと思って頼んだ手紙……。
女性らしい繊細な筆跡で文面は書かれている。
『もし貴方が魔人の子を手元で育てられる気であるのならば、『契約』という手段があります。魔人には名前を持つ者と持たぬ者がいます。自然発生の魔族は基本は持ちませんし、そもそも名前というものに必要性を感じて居ない者も多いですから。『名』を与える、もしくはあらかじめ持った『名』を上書きすることにより一種の『契約』を結ぶことができます。
効果としては力の制御、守護などがあります。具体的に言えば、魔人が暴走した時に『名』を呼ぶことで一定の制御を加えることが出来、また名付けた者を守護する傾向があります。ですがこれは『契約』の効果としてはそう強いものではなく、あくまで約束のようなものです。
一方、強制力が高く絶対的な『契約』では隷属があります。使い魔、という言葉を聞いたことがおありでしょうか。隷属された魔族は逆らうことが出来ず、自分の意思に関わらず命令に従わせられます。
そして、婚姻。わたくしが人間と結ばれたように婚姻も一つの『契約』の形です。人と婚姻した魔人は長い寿命と強大な力の一部を失います。これは人と生きていくうえで必要なことだからでしょう。
どの『契約』も魔族側の同意、あるいは力により屈服させることが必要となります。特に隷属、婚姻には特定の手順も必要となります。
もし今後も魔人の子を手元で育てる気がおありなら、わたくしは名づけによる『契約』を試してみることをお勧めします。強制力は強くないとはいえ、魔人を抑える術を手に入れるのは一種の保険にはなると思います。その強すぎる力で、その子が人を傷つけてしまわぬように。本来なら魔族に『名』を与えることなど一介の人間には難しいのですが、息子から話を聞くに貴方ならばもしや、と思っております……』
以上、一部抜粋。
その他にも手紙には子育てのアドバイスから一般的な魔族の習性、注意点などが美しい字で記されていた。そしてわからないことがあればいつでも聞いてね(意訳)と締めくくってくれたお母上は非常に良い方だ。いつも息子さんをうかれ王子呼び(心の中で)してたことを詫びた。
そして、先程のマオ達の会話……。
『マオちゃんっていうのね。可愛い名前ね』
『うんっ!カイザー様がつけてくれたのー』
この親切・丁寧なお手紙と、可愛い遣り取りが俺を今打ちのめしている。
「聞いて、ねぇ、聞いて……」
図書室の妖精さん、もとい、目の前の彼の問い掛けを切っ掛けに、様々な想いはもはや己の心の中に留め置けなくなっていた。縋るような瞳のまま、そうして彼らに話はじめた。
あれは、マオたんを引き取って二日目のこと。
まだ名前のついて居なかったベイビーは部屋ですよすよと眠っていた。本当は危険を考慮してリフが「自分の部屋で」って申し出たけど、肝心のあの子が盛大にぐずったためだ。
一日様子を見て、ポルターガイストは何度か起こしたものの魔術による直接の攻撃はなし。しかもあやせば大抵収まるので、危険性は低いんじゃないかと俺の部屋で寝かすことに。
ちなみに、リフも。
万が一があっては……と彼は頑として俺を守れる場所にいることを譲らなかった。結果として。一週間彼はソファで寝てた。一人ベッドを占領する居心地の悪さ……。耐えかねてベッドを一日交代にする案を出すもあっさり却下されました。「お気になさらず」って言われても、こっちは気になるんだよ。
…………脱線したが、そんなリフが所用でほんの少し隣室に離れていた時のことだ。
「君の名前は何かなー?」
小っちゃくって温かな身体を抱き上げ、赤ちゃんへと話しかける。
「いいこ、いいこ。自分のことはわかるかなー?」
ゆらゆらゆすったり、高い高いをしながら、ご機嫌な赤ちゃんを覗きこむ。
別に答えが返ってくるとは思っていない。赤ちゃんをあやすとき自然と語尾が緩くなったり、赤ちゃん言葉になるやつ、つまりはノリだ。
だけど……。
「……ま……お……」
じっとこちらを見つめる金緑色の瞳。小さく動く唇。
返事なんて期待してなかったそれに、まさかの答えが返ってきたのだ。
「マオ……?それが君の名前?」
まお、まお、とその名を幾度か口の中で呟く。上手く馴染んだそれに、ひとつ頷いてマオを高く持ち上げた。
「うん、可愛いかも知れない。呼びやすいし。マオ、マオー。わかる?君の名前だよ、マオ」
抱え上げられたまま小さな手足をぱたぱたさせてご機嫌に喜ぶ赤ちゃん、もとい、マオの名前はそうして決まった。
「……」
沈黙がすごく痛い。
いやさ?俺だってこれが人間の子供なら疑問に思ったよ?
でも一週間で成長するとか魔族の不思議特性をジストから聞いたばっかだったし、しかも親からじゃなく自然発生する魔族とかさ。名付けてくれる相手が居ないなら、魔族が生まれながらに名を持ってても可笑しくないかなーとか思うじゃんっ?!
言い訳を重ねながらも、本当はもうわかってる。
自分が犯したやらかしを。
「ま、お……ってさ、名前じゃなくて“魔王”って言ったのかな……?」
静かに話を聞いてた彼が小さく首を傾げた。
「言っていい?」
「やだ、言わないでっ!」
「馬鹿じゃない?」
「言わないでっていったのにっ~!!!」
制止も空しく無情にも告げられた言葉に、しゃがみこんだまま両手で顔を覆った。呆れを含んで淡々と零された声が下手な罵声よりぐっさりきた。
知ってるっ!
知ってるよ!自分でもそう思ってるよっ!?
よよよっ、と崩れ落ちれば頭に僅かな重みを感じた。
『泣いてる?』
肉球付きのお手てをぽんっ、とカマルくんが慰めるように置いてくれていた。
ありがとな、でもごめんなカマル。嘘泣きなんだ。
気持ち的には泣きたいけどね。自分の迂闊さが恨めしい。
こんな勘違いの末に、 “魔王”に名づけの『契約』結んだなんて絶対他の人には言えない。そもそもマオが魔王ってことも言えないけどさっ……!
「でもでもでも、ジストが言ってたし!あの子は“魔王”じゃないって!」
人の所為にするのは良くない。わかってて尚、言わずにはいられなかった。
「ジスト……ああ、あの黒竜のこと?」
「そう。 “魔王種”が出現してる可能性は聞いてたし、山であの子を見つけた時に聞いたんだよ?!でも違うって言ってたし!弱そうだし、黒くないから違うってっ!!」
「弱そうは主観でしょ?そもそも魔王が黒いって決まりとかないし」
「ないのっ?!」
思わず前のめりになって突っ込むも「ないよ」との簡潔なお答え。
「最近は大規模な争いもないし、魔王が魔族を率いた事例も耳にした事はないから、黒竜も本物の魔王に会ったことはないんじゃない?」
「つまり……ジストの勝手な魔王像?」
「多分ね」
淡々とした肯定に、ついにはその場に崩れ落ちた。
そもそも魔人に名前があるのと思ってた理由の一つが彼だ。俺が面識のある唯一の魔人である彼は普通に名を持っている。
………が。
今回のことで問い質してみたら、まさかの自分でテキトーにつけた名前だった……。
「随分と昔に人間に俺様の瞳がなんとかジスト?とやらに似てると言われたことがあってな。そこからつけた」
なんとかジスト……。
確実にアメシストですね。
「まぁ、イメージでいうならあの幼子よりも学園祭の時の貴方の方が魔王っぽいよね。貴方も外面だけならともかく、中身知っちゃえばイメージ崩れるけど」
そんな追い打ちはいらんとです。
がっくりと肩を落とした俺は、脳裏に某チキンな黒竜を思い描いて拳を震わせた。




