そうして真実は闇へと葬られる
(従兄視点)※名無しのモブ
広くはないが狭苦しさを感じさせない程度の部屋だった。控えめな蔓草模様の描かれた壁に、実家の豪華絢爛さには程遠いが整えられた調度品。部屋の中央に置かれた背もたれの大きな椅子に腰かけ、入ってくる人間を表情もなく眺め迎えた。
「以上が俺が知っていることになります」
忙しなく動いていた口をそんな言葉で締めくくれば、言動を追っていた筆記の音も止まる。
形式的な遣り取りが幾つか行われ、そして不意に目の前の男の唇が薄く歪んだ。その表情が何の表情であるかを知っている。
「ご協力、有難うございます。貴方のお蔭で随分と仕事が捗りました。ですが」
薄く歪んだ唇。
「それで貴方の罪が軽くなることはありませんよ」
それは、まごうことなく嘲笑だ。
全ての情報を聞き出した後で浮かべられたそれに腹の底が熱くなる。テーブルの下、見えない位置で拳を強く握り締め激情に耐えた。歪みそうになる表情を隠すために軽く俯く。
「俺のしたことは許されないことで、二度と陽の目を見ることがないのはわかっております。俺は父の呪縛から逃れることが出来ず、長年罪を犯してきた。だからこそ全てを明らかにすることこそが俺が出来る唯一の償いなのです」
感情を隠し紡いだ言葉に目の前の男の態度が軟化した。
俯き、表情を隠したまま男たちが部屋を出て行くのをじっと待つ。
ガチャリと鍵の閉まる音が響いた。
爪が掌を突き破りそうなほどに、強く強く拳を握りしめる。
上げた視線の先に映る境界。
部屋の調度に似つかわしくない、鉄の格子がそこにはあった。
内装だけとれば一見普通の部屋にも見えるこの部屋と外界を隔てる、硬く武骨な鉄の檻。
自身の発した言葉が頭の中を何度も巡る。
二度と陽の目を見ることはない。
言葉通り、俺はこの先の一生を暗い地下で過ごすことになる。数日後にはこの貴賓牢とは比べ物にならない程の劣悪な牢獄の中で______。
全てアイツらの所為だっ!!
憎くて憎くて仕方のない男____カイザー・フォン・ルクセンブルク。
そして俺の価値を理解しなかった父を始めとする“無能共”の所為。
公爵家にもゆかりのある由緒ある伯爵家の嫡男。
優秀だった俺の人生は光に包まれていた_______その筈、だった。
だが実際は……小物で無能な癖に野心ばかり大きなクズな父親。
浪費と享楽を繰り返すお目出度い母親。
かつての栄光など消えかけた伯爵家。
そして、あの男が生まれた。
カイザー・フォン・ルクセンブルク。
幼い頃から狂ったように勉学を学び、神童の名をほしいままにした男。より強い光に押されるように、かつて呼ばれた神童の名はアイツのものとなり、俺は影へと堕とされた。
最初はほんの軽い気持ちだった。
可愛げの無いあのガキの歪んだ表情が見たかった。
突然周囲から掌を返される気分を味わわせてやりたかった。
だから異能を使った。
俺の_________『異能封じ』の異能を。
特定の相手の異能を封じる異能。
誰かの異能を封じている間は他の人間に能力を使うことは出来なくなるが、別に構いはしなかった。
神殿で判定を受ける数日前にアイツに接触を果たし、両親以外にはずっと隠してきた異能を使った。
そうして奴が『無能』だと密かに触れ回ってやった。
俺の望んだ通り、途端にアイツの周囲の貴族たちは態度を翻した。
期待は失望に。
称賛は嘲笑に。
栄光は汚辱に。
光は影に。
俺と同じ想いを味わわせてやれる筈だった。
…………なのに、アイツは少しも変わらなかった。
抑えきれない苛立ちに、愚痴混じりに異能を使ったことを父親に話せば、口汚い激昂と共に容赦なく拳を振るわれ、ぶっ飛ばされた。
生まれてはじめての暴力に殴られた頬を押え、滲む血の味に呆然とする俺にあのクズは罵った。
役立たずと!! 出来損ないと!!
この俺に……!!!
「貴様は何てことをしてくれたんだっ!!相手は公爵家の嫡男だぞ!!!こんなことが公になってみろ、我が家はお終いだっ!!私は知らない!!お前はもう伯爵家の者でなく、私とは何の関係もない!!」
唾を飛ばしながら叫ぶ父親。
軽い悪戯程度の気持ちだった俺は頭を殴られたような衝撃を受けた。
ほんの少し、ほんの一時だけ異能を封じて慌てさせてやるだけのつもりだった。
絶望に真っ暗になっていると、散々怒鳴り散らしていた父親は不意にいいことを思いついたように薄汚い笑みを浮かべて俺を見た。
「だがお前は私の息子だ」
先程までとはうって変わった猫なで声。
「お前にチャンスをやろう。あの子供に成り代われ!公爵家の嫡男が『無能』などという訳にはいかん!これはチャンスだ!!」
喜色を浮かべ語り出された夢物語。
そうして…………その夢物語の代償として俺は今こんな場所にいる。
低俗で無能な父親や親族、暗殺に失敗した役立たずの駒たち。
俺は牢の中で、アイツもアイツの弟も死ぬことも傷つくこともなく。
俺から全てを奪ったあの男と、無能な害虫共の所為で!!!
だから何もかもをぶちまけてやった。
今まで家ぐるみで行われていた罪の全て、親族のものも含めて知る限りの何もかもを。
基本的に神殿で判定を受けた異能の能力は本人や付き添いの親族へしか知らされない。もっとも大抵の者はその能力を誇り、自ら誇示するが故に公に知られることがほとんどだが。
しかし重大な犯罪者であれば、その犯罪に異能が関わっていないか神殿に照会が入ることが稀にある。俺は自分の異能をなんとしてでも隠したかった。
だからこその自白。
不審な点がなければわざわざ照会を行うこともない。
そうして俺が牢の中に入れば、アイツは一生『無能』のまま。
溺愛している弟に爵位を奪われることにすらなるかも知れない…………そう思えば口元に笑みが浮かんだ。
どうせ助からないのならば、
あの男も、俺を認めなかった害虫共も
地獄へと道連れにしてやる_________!!!
ガチャリと重い鉄の牢が閉まった。
無礼にも背を小突かれ押し込まれた牢は、刑が確定するまで入れられていた貴賓牢とはまるで違う粗末で小汚い空間だった。
これが俺の一生を過ごすことになる世界……。
腹の底に湧き上がる憤りと絶望を、道連れにしてやった奴らのことを思って何とか耐える。
「あんた何したんだ?お貴族様がいいザマだな」
向かいの牢から聞こえた下卑た声に思わず害虫を睨みつければ、「おー、怖っ!」わざとらしく肩を竦める下郎。
こんな奴らと同じ空間で過ごすのかと思うと吐き気が込み上げた。
「何しでかしたのか知らねぇけど諦めな。この牢に入った奴らは一生このままだ。お偉いパパもママもだぁれも助けちゃくれねぇし、この中じゃお貴族様の異能だって使えやしねぇ」
ゲラゲラと周囲から響く笑い声。
耳障りな笑い声より聞き捨てのならない言葉に、思わず鉄格子を握り締めれば手首を戒める鎖がガチャリと鳴った。
「どういうことだっ!!?異能が使えないだとっ?!」
怒鳴り声に見張りがやってきた。
犬を払うように鉄格子を蹴りつける牢番に、慌てて牢から手を放しながらもあまりの屈辱に強く睨みつけた。牢番が嘲りの笑みを浮かべながらこちらを見下す。
「何だ?牢破りに便利な異能でも持ってたのか?残念だったな、この空間じゃ特殊技術が用いられてんだよ。どんなすごい異能だって無効だ無効」
「そんな……」
呟いた声は、誰にも届くことなく消える。
ならば俺は、一体何の為に________。
真相編。彼の出番は今後多分ないです。故に名すらナシ。




