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ブラック・スワン  ~『無能』な兄は、優美な黒鳥の皮を被る~   作者:
本編

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78/210

その背は遥か遠く、

(ガーネスト視点)



 突如現れた黒い影。

 その正体は巨大な黒き竜だった。


 砂埃を巻き上げて校庭へと降り立った黒竜。誰もが言葉を失い、息の仕方さえ忘れかける中、黒翼が大きく動いた。開かれた赤い口から咆哮(ほうこう)が放たれる。


「ヴォオオオアアァァッ!!!!」


 空気を揺るがす咆哮(ほうこう)に、動いたのは反射だった。

 手を突き出して最大出力で炎の壁を作り出す。衝撃波に脚に力を込めた。


 自らが生み出した火炎の壁が消えた先、カイザー兄上が黄金の瞳を満月のように見開いて俺を見ていた。なにをそんなに驚いているのだろう、そう思う間もなく今度はこちらが驚いた。


 兄上が黒竜へ向かって歩き出したのだ。

 次いで黒い刃が残像のように煌めいた。


 誰もが目の前の光景が信じられなかっただろう。

 黒い刀身を伝い落ちる紅い鮮血。

 容易(ようい)に傷つけることは不可能なその鱗を、剣一本で容易(たやす)く傷つけてみせた。


「動くな」


 たった一言、その短い一言で反撃に転じようとした黒竜の動きを止めた。


「貴様自身の首でな」


 低く、重く、威厳に溢れた声音。

 満月によく似た黄金の瞳に宿る抗いがたい威圧感。


 そこに在ったのはいつもの優しくて穏やかな兄上ではなく、誰もが膝を折らずには居られないような、生まれながらの王者然とした姿だった。

 呑まれたように目の前の光景から瞳を離せずにいた俺は、兄上に名を呼ばれ我に返った。指示を出され、漸く自分のやるべきことを自覚した始末だ。



 生徒たちに避難の指示をだし、諸々の手配を済ませ一息つくと、カトリーナ嬢が小走りに近寄ってきた。


「お怪我をしてます」


 言われて初めてピリリと痛む頬の傷に気が付いた。


「手当しますわ」


 伸ばされた白い手を、顔を背けて避けたのは無意識の行動だった。

 驚く翠の瞳に、苦い自嘲が込み上げる。


「いや、いい。掠り傷だ。俺なんかより他の生徒を治してやってくれ。生徒会長として情けないな……なにも出来なかった。全部兄上に任せて、なにもっっ……!」


 何故(なぜ)だろう。

 重く淀んだ胸の内、先程まではそれを抑えていられたのに。

 彼女の深い翠の瞳に映った自分の姿を認めた途端、抑え込んでいた感情が(せき)をきった。


 なにも出来なかった。

 兄上に指示されるまで、動くことさえ……。


 無力さに拳を握りしめていると……突如、柔らかな感触に包まれた。


「そんなことありませんっ!!」


 逸らした顔を華奢な手で挟まれて、真っすぐに俺の瞳を見上げたままカトリーナ嬢が強い声を発した。


「そんなことないですっ!ガーネスト様は、ご立派でした。貴方が守ってくださったから沢山の生徒たちが怪我をせずにすみました。指揮をとってくださったから、生徒たちは恐慌に陥らずここに居られる」


 優し気な垂れ眼を僅かに吊り上げて、らしくない大きな声で発せられた言葉に、頬を挟まれたまま呆然と彼女を見つめる。呆気にとられる俺に気づいたのか、カトリーナ嬢は顔を真っ赤に染めて頬から手を放した。


「あっ……そのっ、あの……すみませんっ……」


 一歩、二歩と後ずさり、わたわたと狼狽(うろた)える姿は小栗鼠(リス)の恰好と相まって本物の小動物みたいで可愛い。

 そんなことを無意識に思ってしまって俺の頬も赤くなるのがわかる。


「あのっ、取り敢えず手当をします!」


 再び伸ばされた腕を、今度は拒絶しなかった。



 城から騎士が派遣されて、他の生徒が帰宅や明日の準備をはじめる中、俺達は別室へ移動することになった。そして何故(なぜ)かメラルドもついて来た。


「ディーク副団長だ。お久しぶりです」


 挨拶をする騎士にメラルドが突撃する。

 格式ばった口上を遮られた副団長はひくりと口元を歪ませたあと、メラルドをまじまじと見下ろし、おもむろに伸ばした手をメラルドの頭へと乗せた。


「あ、感触がある」


 ……どうやら犬耳が気になったようだ。


 メラルドは犬耳と大きな尻尾を付けており、何故(なぜ)か首輪もつけている。突然の騒ぎに駆けつけたサフィアも精霊っぽい恰好のままだが……。


「一瞬ついに幻覚が見え出したかと思ったわ。似合いすぎだろ」


 確かに無茶苦茶似合っていた。

 メラルドの耳をふにふにと摘んでいた副団長は、我に返ったようにダイアや俺達に謝罪をしたがダイアが「楽にしていい」と許可を出す。堅苦しいよりいいので異存はない。


「一つ聞いても宜しいでしょうか?」


 それでも神妙な態度で、そう切り出した副団長はこの時はまだ格式ばっていた。


「黒竜のことですが……その、本当に………」


 彼が言葉を濁す理由は良くわかる。

 それ程に信じがたい話だ。


「すごいんですよっ!!カイザー様、黒竜の鱗を剣で軽々と傷つけちゃったんです!!しかもあえての寸止めでした!!」


 兄上の真似のつもりか、剣を振りかぶる動作をして大興奮で話すメラルドに副団長は額を押さえる。「マジか」そんな低い呟きが漏れた。


「なんなの、アイツ。本当に」


 心の底から吐き出したようなその声にぱちりと瞳を瞬いた。

 その言葉は、どこか親しみを感じさせたから。


「そういえば……カイザー殿とディークは学園で面識があったのでしたっけ?」


 ダイアの言葉に成程、と納得した。


「カイザー殿は昔からあんな感じだったんですか?それに兄上も」


 平坦なようでいて、ダイアの声音は暗い色が潜んでいた。


「そうですね、二人とも若い頃からあんな感じでしたよ。既に完成されてたっていうか、天才っていうのか」


「そうですか」


 相槌(あいづち)を打つ声音はいよいよ暗い。


「どうしました?」


 問いかける副団長にダイアは自嘲のような苦笑いをした。


「凄いな、と思って。僕とは全然違う」


 それは俺が先程感じていた無力感と同じものだった。

 他の皆も思うところがあるのか、場が重苦しい沈黙に包まれる。


「あーいや、あいつらは基準にしちゃ駄目だと思いますよ?それに皆様は充分若いのにご立派ですし。正直それで駄目だしされると、他の人間の立場がないです」


 慌てたように副団長が言葉を紡ぐ。

 本気で言ってくれているようだが、比べてしまえばいかにも自分の至らなさが目に付くばかりだ。


「さっきも言いましたけどあの二人は天才っていうか、特別っていうか。規格外中の規格外ですしね。陛下は王として生まれて来たような人だし、カイザーは異質っていうかなんていうか……」


 何気なく使われた“異質”の言葉が気になり、知り合いだという副団長に問いかけてみた。


「兄上は、副団長から見てどんな方ですか?」


「可愛げのない奴ですね」


 予想外の返答に言葉を失った。


「入学したての頃、あの美貌も相まって美少女染みた印象だったんですよ。華奢だし、小柄だし。しかもあいつは『無能』の噂も相まって正直言って侮られてましたね」


 言葉が過ぎたと思ったのか、軽く頭を下げて謝罪をされる。

 兄上が侮られていたのは面白くない。だが彼がそうしたわけではないし、忌憚なく語られる彼の話をもっと聞きたくて先を促した。


「陛下と仲が良いことのやっかみもありましたし。陛下とカイザー、それにアイリーン様がつるんでるんですよ?そりゃあ目立ちもします」


「だから余計に、唯一の攻撃が出来る噂に矛先が向いた?」


「ええ、でもあいつは昔から澄ました表情で顔色一つ変えませんでしたけど」


 あ、と思い出したように悪い顔で副団長が笑った。

 まるで悪ガキが悪事に誘うように、楽しそうに唇を吊り上げて語る。


「今回の件、カイザーの部下が報告に上がった先に他の貴族も居たんです。見物でしたよ。あいつが怒らないからって付け上がってた貴族たち、カイザーが剣で黒竜を威圧したって話聞いて、真っ青になって震えあがってましたよ」


「優男だと思って油断してっからそうなるんだよ、とんでもねぇ奴だっての」とぼやくように続けた副団長の言葉に、その貴族たちの様子を思い浮かべてくつくつと笑いが漏れた。ざまぁみろ、自業自得だ。


「……で、闘技会にあいつが出るって噂が流れたんですよ。さっきも言ったみたいにあいつは華奢で、しかも入学したての最年少。騎士志望でもなければ戦闘に有利な異能もない。なんの冗談かって思いましたよ、馬鹿にしてんのかともね」


「えっ、カイザー様も闘技会出たんですかっ?!」


「おうよ。しかも決勝で俺に勝ちやがった。大会前も鍛錬してる様子なんて一度も見なかったし、最初はお坊ちゃんが()めてんのかと思ったけど、あいつはどんどん勝ち上がってまさかの優勝よ」


 初めて聞く話に、俺も含めて一同が驚愕する。


「自分達より小さな身体で、剣一本で実力を示されたんです。認めないわけにはいかないでしょう?しかも、その後ですよ……」


 当時を思い出したのか、はぁーと大きな溜息が零れ落ちた。


「闘技会の直後の試験、カイザーは満点の学年一位ですよ?本当に同じ人間かって話ですよ。侮ってた奴らも噂を真にうけてた奴らも、当の本人を前にしたら認めないわけにはいかなかった。あいつは人とは違うし、異能なんて必要ない、ってね」


 兄上はすぐに学園でも人気者になったらしい。その美貌と才能、相手が誰であろうと優しく穏やかで紳士的な姿に悪い噂は続かなかった。特に女性や年下には甘い傾向があって熱烈に慕われてもいたらしい。

 女生徒に群がられてた話をしながら、面白そうに副隊長が笑う。



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