耳が赤かったのは酒の所為ということにしておこう
おぅふ。
廊下でバッタリ義母と遭遇。
なんか前にもこれに似たシチュエーションあったな、なんてぼんやりと考える。
パーティーも終わり、お互い寛いだ部屋着。
そしてお互い誰もつけていないくて一人きり。故に二人ぼっち。
無言で向き合うこと数秒。
「どうぞ」
掌を差し出して部屋へと誘った。
目的は、どうやら同じだろうか?
なんとなく寝付けなかった俺は、高揚も相まって一杯やろうかと思ってワインセラーのある部屋へと向かった。そして目当ての部屋の前で義母と遭遇。今ココ。
義母はあまり酒を嗜む人ではないのだが、息子の記念すべき日ということもあって同じ心境だったのかもしれない。
えっ?これ、一緒に飲む感じ?
気まずくない?
だがひたすら無言はもっと辛いので、ボトルとカットグラスを二つ取り出した。
「宜しければ一杯いかがですか?」
「……」
えー、なんか答えてよ……。
なんて思いつつ、グラスに液体をコポコポと注ぎ、無言で腰かける彼女の前へ置いた。
引き攣りそうになる微笑みを携え、ちびちびとグラスを嘗める。
いっそ一気に煽って立ち去るのが正解ですか?
「義母上は、これからどうなさるおつもりですか?」
深い意味などなかったそれは、奇しくも俺が先程問われたことで。
その途端、俯き気味だった義母は顔を上げて俺を睨んだ。
「私を追い出すつもり?」
震える声で問われたそれに、ぱちくりと瞬きを一つ。
「まさか」
予想外の言葉に返したのは反射だった。
「義母上はまだ若くお美しいので色々な道があるだろうなと思っただけですよ。それに、あの子たちにはこれからこそ貴女が必要だ。ベアトリクスがお嫁に行って子を授かるにも、ガーネストが妻を娶るのにも公爵夫人として、母として、貴女のアドバイスは貴重です」
若く美しい義母は引く手数多だし、夫と死別して随分経ち、子供も大きくなった。自分の倖せを考えても構わないんじゃないか、そんなつもりの発言だったが例の如く嫌味と取られたらしい。弁明を兼ねて否定を告げる。
これからこそ彼女の存在は必要だ。寧ろ…………、
「必要なくなるのは、私の方でしょう」
零した声に、今度は彼女がシトリンの瞳をぱちくりと瞬かせる番だった。
「どうして……」
「ガーネストは優秀です。公爵としての仕事も貴族としての在り方も、いずれは私のサポートなど必要としなくなる。ベアトリクスは愛する人と愛を誓い、彼女の夫が彼女を守るその任を継ぐ日が来る」
それはとても幸福な未来で。
「ベアトリクスはやがてお嫁に行って、ガーネストは公爵夫人となる妻を迎える。そんな時に母である貴女はともかく、未婚の兄がこの邸に居座るわけにはいかないでしょう?」
いつか訪れるだろう正しい在り方。
だけど、そこに一抹の寂しさを覚えるのは仕方のないことだろう。
彼らは変わらず、慕ってくれるだろう。愛してくれるだろう。
けれどそれと今のままでいられるかどうかは別問題だ。
「……貴方は、それでいいの?」
「勿論」
その答えに嘘はない。
あの子たちの倖せ。それが俺の倖せであり、目指した未来だ。
「そんなに……あの子たちが大切?」
「当然です」
何故か表情を歪ませて躊躇いがちに零された質問に、電光石火のごとく答えた。当たり前すぎる質問に我ながら喰い気味の返答だった。
「憎い女の子供でも……?」
皮肉気に問いかける義母。片頬を歪めてこちらを見据えるその表情。
はっきり言おう!
似合っていない(実際に声は出してないよ)。
造り慣れていないその表情は、ぎこちなさすぎてあまりにも下手くそだった。
そもそもさー。
「私は義母上を憎んではいませんし、嫌ってもいません」
「はっ?」
鳩が豆鉄砲喰らったような表情とはこのことか。
きょとんと瞳と口を丸くしながらも、美しいその顔を見ながら「美形ってすげぇ」という感想を抱きつつ酒を口に運ぶ。
つか、ガーネストもだけど俺が義母嫌ってるって共通認識なんなの?
超心外なんですけどー。
こっちは必死に友好的に振る舞おうといつも頑張ってるじゃん。そっちが一方的に邪険にしたり、こっちの発言を嫌味転換してるだけでさ……。
「……なにを……言っているの……?」
「別に、ただの事実です」
「私が貴方にしてきたことを忘れたの?」
してきたこと。
可愛らしい嫌味をいわれたことですかね?あと一発平手もか。
「覚えてますよ」
俺の言葉に細い肩がぎくりと強張った。
ほら、その反応。
意地悪とか悪役、向いてないって。
「義母上が私に与えてくれた幸福。掛け替えのない大切な存在。常に想わない瞬間などありません」
強張る彼女へ、出来るだけ柔らかく見えるよう微笑みかけた。
「嫌味も、罵倒も慣れてますし。義母上の可愛らしい嫌味とは比べものにならないぐらいの中傷も低俗な言葉も。大分マシになったとはいえ、それこそ一時期は命を狙われたりもしてましたし」
「……っ」
「六歳を機に私の周囲は一変した。それをどうとは思わないし、向けられる悪意にいちいち反応をして差し上げる程に可愛げのある性格もしていません。皆さんが私を『無能』と罵るのも、見下すのも好きにすればいいと思ってます。ただ一つ、私が原因で父上と母上の愛が疑われるのは面白くありませんでしたけど」
最後の一言に美しいネイルが施された手がギュっと握り締められた。
別に義母を責めたわけではなかったのだけど。
「それに実際、父上が再婚してなかったらどうなってたと思います?母上は幼い頃に亡くなって、父上だって私が成人前に亡くなった。義母上も可愛い弟妹も居なくて、自分を蔑み侮る周囲に囲まれて一人きり。後ろ盾もない状態で異能を持たず、父上の子供でないと騒ぎ立てた親戚たちに爵位を簒奪されて終わりです」
こうして考えると、カイザーの人生結構なハードモードだな。
今はウハウハのエンジョイモードだけど。
爵位とか責任とかいらんし、悪口も気にしてないし、価値観の違いって大きい。
「義母上が私に掛け替えのない家族を与えてくれた。私は心からあの子たちを愛しているし、貴女に感謝しています」
「……っ」
薄く唇を開いたままポカンとした表情で俺を見ていた義母は、淡く色づいた唇を噛みしめ、俯いた。その表情はまるで泣きだす手前の子供のようだ。
「………そう」
零された言葉はあまりにも小さくて、語尾しか聞き取れなかった。
膝の上に置かれた繊手がスカートの布地を強く掴む。
「貴方は、いつも、そう」
拗ねたような、癇癪をおこすような、泣き出しそうな声音が響いた。
「知っていたわ」
揺れるランプの炎に照らされる横顔は弱々しくて頼りない。
「貴方が……、あの子たちを心から大切にしていることなんて……本当はずっと知っていた」
うん?まぁ、全力で可愛がってましたしね。
俺の愛が伝わってなにより。
彼女がなにを言いたいのか、いまいち把握出来ないまま彼女に向かい合う。
…………と、手つかずのグラスへと手を伸ばした義母が唐突にその中身を煽った。
もう一度言おう、煽った。
イイ呑みっぷりで!!
……って、違うし!!!
「ちょっ、義母上っっ?!!」
慌てて手を伸ばすも、グラスの中身は既に空。空のグラスを呆然と見下ろす。
さほど酒に強くもないのに……とおろおろしながら、とりあえず水差しから水を注いだ。
なに、なに、なんなの?!
なんで急に一気飲み?!ヤケ酒なのっ?!
展開についていけない俺を、シトリンの瞳が真っすぐに見据えた。
「私なんかより、貴方の方がずっとあの子たちにとって頼れる家族だったわ……。今日までルクセンブルク公爵家の家名を守ってくれたこと……礼を言います。」
不器用に頭を下げる姿を、呆然と眺める。
あっけにとられた俺の視線を避け、「もう寝ますっ!」とムキになったような声で言い放った義母は立ち上がると慌ただしい動きで出口へと向かった。
そして、扉に手を掛けたまま、一度止まった。
「あの子たちには貴方が必要だわ」
振り返らずに零された言葉。
「兄としても、家族としても。これからもずっと。第一、家督のことや仕事のことなんて私はわからないもの。当主になったからってガーネストに全てを押し付ける気なのっ?貴方はあの子たちの兄でしょうっ?!」
早口で逆切れ気味に続けられたマシンガントークは照れ隠しだろうか?
髪の間からちらりと覗く耳が赤かった。
背を向けたまま、らしくもなく足音を立てながら遠ざかっていく義母を呆然と見送り、そして一人取り残された。
「ツンデレ……?」
呆気にとられたままぽつりと呟き、目の前のグラスへと手を伸ばした。




