マリー・アントワネットも吃驚です
翌日俺は、何事もなく朝を迎えた。
カーテンの隙間から感じられる爽やかな陽光、小鳥の囀り。
目覚めたばかりの俺の為にリフが用意してくれるアーリー・モーニング・ティーの芳しい香り。
可笑しな声も聴こえることもなく、いつもと変わらぬ穏やかな朝があった。
……………なんてことはなく。
もうね、ばっちりはっきり聴こえますね。
夜通し付き添ってくれた忠実なる従者の真摯な心の声が俺を打ちのめす。
「お具合はいかがですか、何処か不調があればすぐに仰って下さい」
『顔色と呼吸は正常。異常があればすぐに察せられるよう万全の体制を整えねば。あれとあれの処理は後回しにして…』
額に手を翳し熱を確かめながら俺を覗きこむリフの憂い気な顔。
心配気な表情の裏で体調を気遣いつつ、今日の予定を素早く組み立てる優秀で頼りになる俺の従者。
なのにその事実が俺を容赦なく打ちのめす。
出来ることなら頭を抱えてこう叫びたい。
「モロ心の声が聴こえてるんですけどー!!何なのコレっ!?」
そしてそんなことは出来ないから、引き攣る表情を抑えつつ、芳しい紅茶と共にその想いを飲み込んだ。
一週間が経過。
わかったことが幾つかある。
その一。何故かはわからんが他人の心の声っぽいものが聴こえる。
その二。完璧にではないがある程度コントロールが可能。
いや、だって皆の心の声がごっちゃに聴こえて最初マジで発狂しそうだったんだわ。
必死に試行錯誤した結果、ある程度声を読み取らんでいられるようになった。日常生活に支障のない程度には。
その三。相手の感情の起伏が激しくなると声が届きやすいっぽい。
その四。相手に触れているとより声が聴こえやすい。
以上。
一番肝心の何故急にこんなことになったかとか、解決方法とかは不明のまま。
自室の執務机で書類を捲りつつ溜息を一つ。するとすぐに気づいたリフが書類から顔を上げ「お疲れですか?」と問いかけるのに緩く首を振る。
「体調はもう大丈夫だよ。ただ頭の痛い問題が多くて溜息を吐いただけだ」
苦い笑いを浮かべて手に持った書類をひらひらと振って見せる。
「だけどそうだな、少し頭を整理したいからお茶を淹れて貰ってもいいかい?」
「勿論です」
にこやかな笑みを浮かべ準備の為にリフが部屋を出て行った途端に頭を抱える。
今はこのレベルの遣り取りなら問題がない。
相手が感情を高めるか、こちらが意識して読もうとしない限りは心の声は聴こえない。だけど確実に謎の現象は消えていない。
だって朝からテンションの高いメイドの心の叫びが聴こえたし。
マジで何なのこれ?
謎の能力と聞いて一番に思い浮かぶものは何か?
何度考えようと一番しっくりくるのは異能である。
異能持ち同士の子供なら当然持ち得た能力。
そして何故か俺が持たなかった能力。
「本当にどうなってんだよ……」
覚醒?
突然の覚醒なの?
あれか、ベアトリクスが今年から学園入学だしーとか思って張り切って大掃除に挑んだから?
俺のシスコンパワーが奇跡の覚醒を起こして、隠された異能を手に入れちゃったの?!
「マジで意味わかんねーんだけど」
誰に届くこともない呟きを吐き出して、そろそろリフが戻ってくるだろうと頭を振って姿勢を正す。
取り敢えず今の感想を一つだけ。
俺、『無能』のままで良かったんだけど……。
上手く利用すれば役立つ能力なのかも知れないけど、心のダメージが半端ない。
だって城とかさ、魔の巣窟だよ?腹の底を探り合ってた時だって結構な胃の負担を強いてたのに、今や副音声が聴こえるんだもん。
俺その内引きこもりにならねーかなって心配なんだけど。
入学式前日。
学園の制服を纏ったベアトリクスがくるんと軽やかに回って見せれば、動作に合わせて広がるスカート。
ブルーグレーのワンピースタイプの制服は華美ではないものの、一目で上質さを感じられる布地と縫製にシンプルなラインが美しい。いかにもお嬢様然とした楚々とした雰囲気だった。
裾に一筋あしらわれたリボンと、首元を彩るリボンが学年の証でベアトリクスの色は臙脂。ちなみに一学年上のガーネストは濃紺のタイだ。
「いかがですか?」
後ろ手を組んで見上げてくるシトリンの瞳は期待と不安に満ちている。
『お兄様、可愛いって言ってくれるかしら?』
頬を染めての問い掛けは、心の声とセットで超絶可愛い!!
デレデレとやに下がりそうな口元をぐっと堪え、お得意の優美な笑みを浮かべた。
「すごく良く似合っているよ。あまりに可愛らしすぎて学園に通わせるのが心配になってしまうぐらいだ」
冗談めかして言ってますが、ガチ本心です。
「お兄様ったらっ」
きゃっと頬を染めつつ恥じらうベアトリクスが超可愛い。
そんな遣り取りをする俺たちの傍ら、ベアトリクスの後ろで彼女付きのメイドが激しく頷いていた。
彼女の名前はリリア。
ミルクティーベージュのセミロングの髪にパッチリとした茶色の瞳を持つ一見すると清楚な美少女だ。歳はベアトリクスより4歳年上の16歳。
そしてそんなリリアは______。
『ベアトリクス様~超っ可愛いっ!!!美少女と美形の絡み萌えっ~!!ないわ、これで悪役令嬢とかない。ただの天使だし。でもこの天使バージョンは天使バージョンで全然有り!!』
まごうことなく転生者である。
うん。
知ってた。
彼女の心の声は今日も今日とて絶好調。
大人し気な外見に比例してテンションが高いリリアの心は、抑える術もなく俺に筒抜けだ。
ちなみに転生者であることはこの妙な能力に目覚める以前から知っている。
だってこの子時々ベアトリクスを拝みながら
「今日も推しが尊いっ。はぁー倖せっ!」
とか呟いてたからね。
言動が確実に転生者だよね。
だが、ベアトリクスが推しとは中々に見どころがある。
そんなリリアは奇特な言動も相まって周りからは「ちょっと変な人」と思われてるが……本人全く気付いてないっぽい。
そしてそんなリリアに当然の如く俺は当初怪しまれていた。
まぁ当然ちゃ当然。
ガーネストもベアトリクスもゲームと全然性格違うしね。
俺を転生者じゃないかと疑った彼女は当初頻繁にカマを掛けてきてました。例えば…………。
「大変、大変~」
わざとらしく俺へと走り寄って来て。
「カイザー様、大変です!今日のパンを切らしてしまって………………パンがないなら?!」
マイクを向けるように手を突き出し、じっと俺を見つめる茶色の瞳。
「えっと、では何か代わりになるものはあるのかい?それとも急いで誰かに使いを頼もうか」
素で困惑しながら答えた俺を見て「あれ?」って顔をするリリア。
もう一度「パンがないなら?」と問うリリアにお互い首を傾げる俺たち。
何なの??
そこで「お菓子を食べればいいじゃないっ!」とか言うと思った?!
言わないよ?!
素できょとんとしたわ!!
マリー・アントワネットだってそんな合言葉にされるとは予想外ですよ!
あの言葉自体がルソーの創作だって説が有力だけど……。
その後、リリアはご立腹のメイド長に襟首掴まれ連行された。
他にも前世の流行りの歌をこれみよがしに俺の前で歌って反応を窺ってみたり。
「カイザー様の推しって誰ですか?」って唐突に聞いてきたり。
カマ掛けのレベルが低すぎる。
誰がそれに引っかかるというのか……。
アホなの?
うちのメイド、アホの子なの?
俺が現状心の声が聴こえるとか抜きにしても、この子の感情が筒抜けすぎる件。
そんなアホみたいな遣り取りを何度か繰り返す内に、俺の転生者疑惑は無事晴れたらしい。
実際はばりばり転生者だけどね!!
俺の鉄壁の微笑みを舐めるでない。
これぞ微笑みという名のポーカーフェイス!
むしろキミはもう少し取り繕うことを覚えてくれ!!




