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ブラック・スワン  ~『無能』な兄は、優美な黒鳥の皮を被る~   作者:
本編

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本物の偽物と偽物の本物

 


 漆黒のベルベットの上に輝く、美しい宝石。


「こちらが例のモノでございます」


 俺が経営する『リリアーナ』の店長、リフの義弟であり、大商店の次男坊でもあるアランが差し出したそれは、大きさもカットも見事な宝石たちだった。

 ルビーにダイヤモンドにエメラルド、漆黒の布地の上に並ぶそれらはどれも美しい。


「手に取っても?」


勿論(もちろん)です」


 手袋をしたままの手で大粒のエメラルドを摘み上げた。傍らにはルーペも用意されていたが、どうせ宝石の鑑定などは出来ない。なのでそれらには手を触れず、瞳の高さに掲げたそれを光に透かす。

 深く、澄み切った翠色が煌めく。


「美しいな」


 それは、素直な感想だった。

 深い翠を閉じ込めたその輝きを、とても美しいと思う。


 たとえそれが、偽物だと知っていたとしても。


「見事な出来ですね。これなら騙される人も相当いるでしょう」


「はい、ここ最近相当増えているようです。特に新興貴族を狙う場合が多いようですね」


 所謂(いわゆる)成金と呼ばれる連中は、羽振りも良ければ派手好きも多い。カモとしては狙い目だろう。


 本題を終え、ついでに『リリアーナ』の経営や商品展開についても話をしてから店をあとにした。



 馬車に揺られながら、譲り受けた宝石たちを掌の上で弄ぶ。

 閉じたカーテンの隙間から差し込む光を受けて輝く宝石たちは、俺の黒衣に虹色の煌めきを映し出す。きらきら、きらきらと輝く宝石。


 冷たく、硬質で、無機質(ゆえ)に美しい…… “宝”の名を冠した石。


「この大きさで装飾品を作ったら、さぞ見栄えのするものが出来るだろうな」


 掌のルビーを突きながらそう零せば、


「貴方様の身に着けられる品なら、相応の物を用意致します」


 間髪入れずにそんな答えを返された。


 身も蓋もない答えを返したのは俺を過剰に崇拝している節がある我が従者で、リフはすぐさま宝石を使った装飾品をプレゼンしてくる。


 あの服にはスクエア型のサファイアを使ったカフスはいかがでしょうか?襟元を飾るクラヴァットを止めるブローチに大粒のルビーを使ったものはどうか。いっそ瞳の色を引き立てるために、あえて服と同色のブラックダイヤモンドのブローチもいいかも知れない……云々。


 いや……ごめんリフ、俺は別に宝飾品のおねだりがしたかったわけじゃないんだよ?

 そして完全に高価な本物以外身に着けさせる気ねぇな、これ。


 しかもなんやかんやで結局宝飾品を作らされることになりました。別にいいけど。


 ついでだからとガーネストとベアトリクスにも宝飾品を贈ることに決めた。近々馴染みの宝石商が手を擦り合わせて邸を訪れることになるだろう。



 ポトリと落ちたそれをペリドットの瞳がまじまじと見つめる。

 ふんふんと鼻先を近づけるカマルに、口に入れでもしたら大変だと慌てて彼の頭を押さえながら拾った。


 好奇心旺盛な瞳は掌の上のそれをじぃっと眺める。


「カマルー、コレは食べ物じゃないぞ?」


 頭をわしわしと撫でながらそう口にすれば、「わかってる」とでも言いたげな不満そうな瞳を向けられた。やっぱ言葉通じてる?


 ポケットから零れ落ちたそれは、先日の模造宝石だ。

 うっかり落としたのは、なんとなく持ち歩いてた深く澄んだ翠を宿した大粒のエメラルド。


 きらきらと好奇心に輝く瞳は、同じくきらきらな石に釘付けだ。


 おっきな肉球のある手でつんつんとしては、俺の掌から転がり落ちたそれを床の上でコロコロしてる。光を受けて絨毯の上にきらきらとした翠や黄色の光の模様が浮かぶのが楽しいようだ。

 鋭い爪を当てずに柔らかな肉球の部分で触れてるのが何気にお利口さん。

 もっとも俺が持参したおやつを取り出せば、すぐに興味は食べ物に逸れたけど。


「本物?」


 カマルが興味を失ったエメラルドを、ハンカチの上へ拾い上げていると不意に声が掛かった。


 端的な疑問は俺の扱いからでたものだろう。

 剥き出しの宝石を、しかもカッティングだけで宝飾も施されていない宝石を、ポケットに無造作に突っ込んでる人間はそうは居ない。

 偽物をポケットに入れてる奴も滅多にいねぇけどな。


「んにゃ、偽物。見る?」


 摘み上げれば、華奢な指がそれを受け取る。

 光に(かざ)し、前が見えているかも怪しい長い前髪に阻まれた瞳がそれをじっと見つめ……。


「バカみたい」


 平坦で無機質な声が呟いて、それは俺の掌へと戻った。


 瞳も、表情も見えない。

 だけど青い髪に阻まれたその顔には苛立ちが刻まれている、そんな気がした。


「バカみたい?」


 え?俺が??


 そんな疑問を読み取ったのか、小さく溜息を吐いた彼は模擬宝石を指した。


()()、偽物なんてなんの価値もないのに」


 細い指が指す先にあるエメラルド。

 偽物だと知ってなお、本物と遜色ない美しい宝石にしか見えない紛い物の石。

 

「価値がない……?」


「意味がないでしょ、偽物なんて」


 思わず漏れた疑問に、無機質な声音が返される。


「俺は……」


 確信を持った無機質な声音に、覚えたのは何故(なぜ)か戸惑いだった。


「俺は、綺麗だと思うけど」


 手の中のソレを、美しいと思う。

 偽物だと知っていたけど、美しいと思った。


「偽物だよ。ただの意味を持たない模造品」


「別に偽物だから意味を持たない、ってことはないんじゃん?」


「どんな?どんな価値があるの?」


 らしくないと思った。

 こんな風に問いかけるのは彼らしくない。


「どんな……って……、綺麗だし……」


 “美しい” それは宝石の宝石たる由縁で、最大の価値だろう。


「綺麗なだけなら偽物じゃなくて本物を身に着ければいい。それは人を欺く為だけに造られたモノでしょう?」


 不思議そうに、諭すように首を傾げて告げる彼の言葉は真理で。

 現に掌の上にあるこの宝石は本物と偽り、大金を巻き上げるために造られたものだ。


「本物と偽ることが悪いだけで、これ模造宝石自体が悪いモノではないだろ。偽物だろうとこのエメラルドは美しいし、この大きさでこの透明度ともなれば欲しがる人だってきっといる」


 高位貴族として生まれた今世では偽物など縁がないが、前世ではそれこそ人工物と知って求める人達なんて沢山いた。給料が少ない!ってボヤいてた姉さんたちだってそうだ。同じ値段なら高価で0.数カラットのダイヤモンドより大粒のキュービックジルコニアの方が華やかよね!とネックレスを愛用していた。


「そうだね、でもそれは本物に手が届かないからでしょう?所詮(しょせん)代用品だよ」


 荒げた声じゃない。平坦な、落ち着いた声。

 ムキになるような話題じゃない、だけどまるで言い聞かすようなその声音にどうしても反論したい気分になった。


「でも……()えて本物よりも偽物を選ぶ人だって居るよ」


 例えば、絵画。 例えば、音楽。

 巨匠の描いた名画よりも、ただの模倣画に目を奪われることはある。

 有名な演奏家のそれよりも、無名のアーティストの音色に魂が震えることはある。


 このエメラルドだってそうだ。

 天然宝石と同じ物質である化学合成である人工宝石、硝子や他の物質で造られる模造宝石……製造法は様々だが、そうして造られた宝石は時に本物よりも美しい。

 天然のそれと違い、傷や内包物を含まない(ゆえ)の美しい結晶。


 それに、代用品のなにがいけないのか?

 手に入らない本物より、偽物だろうと手が届くモノを選んでなにが悪い?


「大切なのは、その人がなにを求めてるかじゃないか?偽物とか本物とか関係なくてさ」


 偽物が悪とされるのは、それを本物と(あざむ)くからだ。

 造られたソレに、生み出されたソレ自体に罪悪は無い筈だ。


「価値のある“本物”より、執着や愛着をもって“偽物”を愛してくれる人だって居る」


「そんなの……」


「居るよ」


 ああ、と掌の宝石を見て納得した。

 どうしてこんなにもムキになったのか、反論せずに居られなかったのか。


「俺がそうだし」


 気付いて、苦笑いが起きた。

 なんだ、ただの自己弁護だったんだとそう思う。


「俺は“偽物の宝石”だから」


 表情は見えない、だけど目の前の彼が驚く気配がした。


 前にも思ったことがある。

 『亡国のレガリアと王国の秘宝』に登場する宝石に由来した国名に、その名を冠する登場人物たち。美しく気高い彼らは正しく国の宝で輝かしい原石だ。


「俺の内面と外面が全然違うのはお前もよく知ってるだろ?弟たちと違って俺は取り繕って(ようや)く輝ける偽物だから。本物になんてなれないし、偽りが剥がれ落ちればたちまち価値は大暴落だ」


 優雅で紳士?穏やかで、優しくて、高貴で気高い?

 ミステリアスで妖艶で、儚げで浮世離れした、まるで造り物のように美しい人。

 散々耳にしてきた沢山の賛辞に評価。


 誰だ、ソレ?!


 造り物めいた?

 当然だ、容姿はともかく俺の外面(そとづら)は完全なる造り物の偽物だ。


 本物になんてなれないし、 “完璧人間”になんてなれる筈のない。


 でも________。


「それでも、こんな“俺”を選んでくれる人を知ってる。必死に造り上げた“俺”よりも、情けなくて恰好悪いありのままの“俺”を愛してくれた人たちを知ってるよ。たとえ本物を目の前にしても、 “俺”を選んでくれる人たちが居たことを」


 イケメンが大好きだった姉さんたち。

 きっと今のカイザーの姿を見れば狂喜乱舞するだろう。造り上げたこのキャラなら尚更。


 だけど…………もし完璧なカイザーが存在したとしても、姉さんたちは“弟”としての“俺”を選んでくれるって知っている。

 姉さんたちだけじゃない、俺を愛してくれた家族やみんな。


 完璧な “本物” よりも、 “偽物” の俺を。


 思い出した笑顔が懐かしくて、気恥ずかしくて、だけどくすぐったくて温かい気持ちになった。



「過去形なの?」


「もう、会えないから」


 少しの切なさと、寂しさを混ぜて笑う。


「貴方の弟妹たちは?」


「どうだろ?優しい良い子たちだし俺のことを邪険にはしないとは思うけど……。

無理、今さらこの内面見せるとか無理だから?!恥ずかしくて死ねる!!あの子たちにドン引きした目で見られたら俺、涙の海に溺れちゃうよ?やだよ、無理無理無理!!お兄ちゃんは恰好つけたいんだよ、頼れるお兄ちゃんで居たいんだ!!」


 想像したら羞恥と絶望が怒涛のように押し寄せてきた。頭を抱えながら譫言(うわごと)のように早口で呟く俺を見つめる二対の瞳。


 それ、それですよ。

 お兄ちゃんはそんな瞳をあの子たちに向けられるのは断固拒否です!



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― 新着の感想 ―
いい話だしカイザーの前世は家族仲良かったんだなと思うだけに、 カイザーの前世を失った家族も哀しいだろうなぁという何とも言い難い思いもあるなぁ
[一言] 偽物に届かなくても本物と遜色のない美しさもあるし、中には本物よりも美しく光る偽物もあるからねえ
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