寒さの原因は夜風か、俺か
木の食卓の上には温かな湯気を立てる具材ごろごろのポトフと酸味の効いたコールスロー。焼いたパンに、パンにつけるオリーブオイル。粒マスタードはお好みで。
「どうぞ、召し上がって下さい」
「「「いただきます」」」
温かなスープを口へ含む。
大き目の具材はじっくり火が通っていい塩梅だ。
「……美味しい」
「すごい!カイザー様もナディア様も料理上手なんですね」
「私は貴族になる前にそれなりにやってましたので」
称賛にはにかんで告げるナディア嬢。そしてその答えにつられるように視線が俺やリフへと向いた。
公爵子息の俺は勿論、従者であるリフも料理の必要性は特にないしな。
「やってみれば意外に出来るもんですよ」
さらっと答えれば、
『出来ませんけどっ?!!!』
逆ギレしたリリー嬢が心の中で盛大に怒りの叫びを上げるのが聴こえた。
「不躾なことを聞いても良いか?」
ガーネットともまた違う、鮮やかな赤い瞳がこちらを見ていた。
昼の光の元ではエメラルドに似た青緑をしていた瞳が、夜の人工の灯りの下では赤色へと変化してる。アレキサンドライトそのもののような不思議な瞳を眺めながら、促すように小首を傾げた。
「先程の賊が言っていた『無能』というのは?」
「アレク様っ??!」
叫ぶよりも早く、シリウスのチョップが決まる。
果たして王子相手にそれはありなのか?
教育的指導だからいい、のか……?
当の本人は気にした様子もないから、いいのかも知れない。
「お前だって気になってる癖に」
「そういう問題じゃないんですよっ!少しはその口、自重して下さい!!思ったことすぐ口にするわ、女性は見境なく口説くわ。いい加減に塞ぎますよその口」
「ふん、出来るものならやってみろ」
はて、目の前にいるのは王子とその側仕えではなかっただろうか?
漫才コンビ、はたまた五歳児と母親かなにかの間違えだっただろうか?
そんなことを思いつつ……スプーンを置いて、彼に答える。
「言葉の通りですよ。私は六歳の時に神殿で異能を持たないと判定された」
「カイザー様……」
「構わないよリフ。私が『無能』の判定を下されたことは周知の事実だ。高等部から編入した貴方方以外は誰でも知ってると思いますよ?今年は当の本人が学園に居るので噂も下火みたいですが」
「先生が、『無能』……」
「カイザー殿の母上は、もがっ」
言葉の途中、シリウスが有言実行でアレクサンドラの口を塞いだ。
発言は途切れたものの……一夫多妻の国出身の彼が聞きたかったことはわかるので答える。
「亡くなった母はこの国の貴族で正妻ですよ。ガーネストたちの母君は私の母亡き後に父が再婚した相手です」
俺とガーネストやベアトリクスは似てないからな。
俺が貴族でない妾の子なら、異能を持たないことも簡単に説明がつく。尚且つ、自己紹介の時の“公爵代理”の身分や副業をしてることも、ガーネストが本妻の正当な跡取りということなら納得できるしな。
でも、実際は……俺は平民との間の子、というわけじゃない。
「ならば、何故?」
「さぁ?」
軽く肩を竦めて首を振る。
俺が何故『無能』の判定を受けたのかは謎のままだ。
『無能』であった理由も、突然『異能』に目覚めた理由も…………。
「理由はさておき、嘲笑を含んで私の『無能』の噂は有名です。さすがにあの手の連中にまで知れ渡ってるのは意外ですが。それだけでなくあのフードは私の顔も知っていたみたいですし、興味深いですね」
貴族に繋がりがある、ということか。
顎に手をあて考えていると、どこかむすっとした顔のリフが口を開いた。
「カイザー様が異能をお持ちでないのは、異能など必要とされないだけです」
取り繕えない不満が滲んだ声音に思わず苦笑いする。彼らしくもない珍しい反応だが、それが誰の為かを思えば面映ゆい。
ありがと。あと実は面倒な異能持ってるっぽいです……。
言わんけど……。
「まぁ、確かに。色々有能であられるようだな」
リフの言葉に、剣と料理の皿へと視線をやってアレクサンドラが呟いた。
そりゃドーモ。
コイツ、色々いけすかない部分も多いけど、王族なんて身分のわりにさっぱりしてるよな。
皿を運びつつ、ふと小窓を見上げて「あ」と声が漏れた。
ちなみに皿洗いの手伝いはリフに断固として拒否されました。
「良かったら少し外に出てみませんか?」
なんで?という疑問が皆の顔に浮かぶ。
「星、綺麗ですよ。こんな大自然の中で星を眺めるなんてそうそう出来ませんし。テラスなら危険は無い筈です」
なにせ折角の合宿だ。
散々な目にもあったが想い出作りにはぴったりだろう。
そこに広がるのは、満天の星。
数多の宝石を散りばめたかのような星空は、想像を遥かに超えて綺麗だった。
少し肌寒いが、澄んだ空気は星がくっきりと見える。そこかしこから感嘆の声が聞こえた。息を呑んで雄大な大自然の美に圧倒される。
手を繋いでうっとりと星空を見上げるティーナ嬢とロイ青年。
カップル成立ですね、おめでとうございます!
ロマンチックな光景は恋を育むにはぴったりで、そっとその場を離れテラスの端へ移動する。
邪魔者は離れてるから、若い子らはきゃっきゃうふふすればいい。
特にリリー嬢とナディア嬢はバッドエンド回避のためにアレクサンドラの好感度アップ頑張って!チャンスだよ!
「お身体が冷えますからどうぞ」
「アリガトウ」
肩に掛けられた上着を押さえつつお礼を言う。つい片言になった。
なんで俺が上着をそっと掛けられるとかいうヒロインみたいな扱い受けてんの?
リフ、そういうのは女の子にするもんだよ?
気遣いは有り難いし、そういう意味じゃないのはわかってるけど……なんか納得いかなかった。
風に薄雲が揺蕩って、ゆっくりと月に掛かる。
完璧に月と雲が重なるその刹那、世界は闇に沈んだ。
森の樹々に覆われた空間は、昏く、冷たく。凪いだ風に樹々の騒めきもなりを潜め、痛いほどの静寂が世界を包む。
それもほんの一瞬で、再び緩やかな風が流れ、世界に音と光が戻った。
昏い闇を裂いて雲の切れ間から姿を現した月は満月。
煌々と輝く月は、思わずはっとする程の光を投げ掛けて闇を従え輝いていた。
「美しいな」
思いもかけず、そんな言葉が口をつく。
魅入られるように月を仰ぎ、堪能すること数十秒。ずっと上を見上げてて、いい加減首が痛くなった俺は手すりに背を預けるように振り向いた。
…………ら、なんか皆、超こっち見てんだけどなんで?
なんでガン見されてんの?
俺、なにかした?
月を見上げて一人で「美しいな」とか呟いてる男の存在が寒かったですか?
あ、それか夜風で身体冷えた?
早く部屋に戻ろうよ的な??
誰か正解教えて下さい。
温かな飲み物を淹れるべくキッチンへと向かうリフをなんとはなしに目で追って、鮮やかな赤が眼に止まった。
「皆さんお腹はいっぱいですか?」
時刻は九時過ぎ。
「余裕があるようならデザートでもいかがですか?」
“デザート”魅惑のその言葉に反射的に女性陣の瞳が輝いた。
見慣れたその反応に思わずクスリと笑みが漏れる。
女性にとって夜遅くのカロリー摂取が罪悪感を伴うことは知っている。同時にその背徳感と“デザート”という誘惑が抗いがたい魅力を持つことも。
「今日は運動も沢山してますし、甘いモノ、食べたくないですか?」
それは天使の囁きか、はたまた悪魔の囁きか(多分後者)。
真っ赤な林檎を手に取った。
洗った林檎を1cm程度の厚さに輪切りにする。型抜きとかはないから、包丁で芯の部分をくりぬく。見た目を考慮して星形に切り取ってみた。
一度に全部は焼けないし、だけどアツアツじゃないと嫌だからフライパンを二つ使ってリフと同時に作業する。
フライパンを中火で温め、グラニュー糖と水を加え溶けてきたら林檎とバターを加えたら、あとは焼くだけ。
お手軽スイーツ、焼き林檎!
じゅぅぅっという音と共に、カラメルの香ばしい香りとバターの芳香が辺り一面に立ち込める。
「熱いので火傷に気をつけてくださいね」
「「「わぁっ!」」」
キラキラした瞳で皿を見下ろす少女たちに注意するも、一口食べて「熱っ……!」と声を漏らしたのはリリー嬢。
……だから言ったのに。
「でも美味しいっ!」と頬を押さえてもぐもぐ小動物のように食べ続けてるから、ひどい火傷はしてないようだ。
「こんな簡単に作れるものなんだな」
感心したようにナイフとフォークを操るのはアレクサンドラで。
まぁ、こんなお手軽スイーツは食べたことがないだろうな。
「器具も材料もないですからね。手軽に作れるものを作ってみました。普段皆さんが口にしてるデザートとは比べものになりませんけど」
料理が全部手軽だと思うなよ?
特に王族のお前が普段喰ってるものとかめっちゃ手間暇かけられてるからな!料理人に感謝を忘れず喰え!!
「いや、これはこれで美味い」
「トロトロのアツアツですっごく美味しいですっ!」
「カラメル部分が美味しいです」
「有難う御座います。アイスとかあれば乗せても美味しいんですけどね」
「なんですかそれっ!絶対美味しいじゃないですか!」
「今度シェフに作って貰います」
気に入って貰えて幸いです。
ただリリー嬢?
固く拳握りしめて絶賛してくれてるとこ悪いんだけど、気弱な小動物系キャラ剥がれてるけど大丈夫??
本性出ちゃってるから、しまって、しまって!




