粒マスタードは大概一瓶使いきれない
昏い森を歩くこと十分弱、俺達は点在するコテージの一つへと辿り着いた。
黙礼と共に影が溶ける。正に闇に溶け込むように消える人影。
闇に潜んだ彼らは何処に居るのかもはや全くわからない。夜の森を迷わず進むわ、闇に消えるわ、人として色々納得できないハイスペックはいつものことだ。
灯りをともし、室内に腰を下ろせば誰からともなく息を吐いた。
暖かな灯りと、壁に囲まれた室内。大自然の中にあって、人工的なそれらは今は酷く安心感を齎す。
そこは魔獣や獣の脅威とも、呑みこまれそうな昏い闇とも隔離された仮初の聖域だった。
「カイザー殿、先程の者達は一体?」
「黒装束の彼らは私の部下です。フードの男達は……見た所、裏家業の方々のようですが……」
「リリー様たちを狙っていたようです。突然襲い掛かってきた彼らをわたくしとアレク様で凌いでいたのですが、なにぶん数も多く森の奥へと追い込まれてしまいました」
「貴殿らが来てくれて助かった、礼を言う。だがなぜあそこに?」
問い掛けに俺は大きな懐中時計のような機械を机へと置き、文字盤の代わりに光る六つの小さな点を示した。
「支給品のそのブレスレット、発信機になってるんです。あんな時間に森の奥へ高速で移動する不審な反応があったので。念のため、影の増援をしておいて良かった。まさか犯罪者の方々に加えてあんな魔獣の大群にまで出くわすとは……」
本当、なんであんなシャレにならない量の魔獣が出たんだか……?
明らかにゲームでの魔獣大量発生の規模超えてるっつの。
「アレクサンドラ様とシリウス様がお強くて良かったです。さすがですね」
心から告げるも無言で凝視された。
ん?どした?
「………余たちよりも貴殿らの強さの方が驚きなのだが」
「私の部下は優秀ですので」
なんなら実は人外疑惑抱いてるがな。
「いえ、彼らだけではなく……カイザー様も。正直、戦闘に通じられる方とは思っておりませんでしたので……」
ああ、学園でも帯剣してるんだけど。
ただの飾りだと思ってたって?
お前たちに比べたら体格も良くないしな。
筋肉つかねーんだよ、ほっとけ。
「護身術代わりに少々嗜んでおります」
にっこり微笑んで、お見合いの趣味聞かれた時みたいな返答をしてやる。
少々っていうのは謙遜だけどな!
「「……」」
胡乱気な視線は無視してやった。
別にモヤシ扱いされた八つ当たりなんかじゃないよ?
さすがに風呂は入れないので、沸かした湯とタオルで身体を清める。
女性陣が別室で汚れを落としている間に、気を失っていた青年が目を覚ました。頭を打ってるから心配だったのだが、吐き気や眩暈も無いようでなにより。
「ロイっ!?」
目覚めてる青年を見るなり涙を浮かべて抱き着く少女、もとい三年生のティーナ嬢。ロイ青年とは幼馴染らしく、彼の怪我はティーナ嬢を庇おうとして殴り飛ばされたものらしい。
互いを心配し、見つめ合う二人。
ヒロインと攻略対象者そっちのけで恋が生まれています。
「リフに手当をしてもらって、楽にしててくださいね」
そう言って俺は立ち上がった。
「カイザー様?」
「私は食事を用意するので」
「「「は?」」」
なに言ってんの?みたいな感じで一同の声が重なる。
や、だって腹減るじゃん
幸い、ハプニングは予想済だったので(魔獣の数は予想外だったけど)コテージには食料、毛布、怪我の応急処置に必要な道具など備えはバッチリだ。
「自分が」と名乗りを上げるリフの意見は手当が優先なので却下した。リフのが手当慣れてるし、終わったら手伝ってー。
さぁて、なにを作るか。
食料は根菜や燻製、缶詰や硬めのパンなど日持ちする物が多い。
よし、ポトフにしよう!!
メニューが決まれば早速調理開始だ。
玉葱の皮を剥き、四つ切に。続いてジャガイモと人参の皮を剥いていると後ろから声を掛けられた。
「あの、お手伝いします」
遠慮がちに声を掛けてきたのはナディア嬢だった。
「お身体は平気ですか?休んでて下さっても構いませんよ」
「大丈夫です!掠り傷だけだし、手当もして頂いたので」
ふむ、本人がそういうのならお言葉に甘えよう。
「なら、お願いします」そう頼めば、早速手を洗って腕まくりをするナディア嬢の斜め後ろでは………盛大に視線をキョドらせるリリー嬢ときまり悪げなティーナ嬢が居た。
『どうしようっ?!ここはヒロインとして手伝うべきよね?!でも私、すっごく料理苦手なんですけどー!!!』
俺へと響き渡る盛大な心の叫び。
オーケー!なんとなくそんな気はしてた。
キミ、リリア属性(料理ド下手)だね!!
リリー嬢、リリアとツインソウルだったりするんじゃね?
料理は任せろ!!
むしろやらせん!!
キミはアレクサンドラの攻略でも進めとけ。
「リリー嬢たちは怪我もされてるようですし、ゆっくり休んでて下さいね」
そう声を掛ければ、あからさまにほっとされた。
ティーナ嬢は貴族令嬢だし、料理経験ないのわかるんだけどさ……リリー嬢、バレンタインイベント大丈夫なん?
もう既製品でいいから、間違っても一人で手作り挑戦しようとか思わないでねっ?!
「料理、お上手なんですね。私はなにをすればいいですか?」
くるくるつながった皮を見て、驚きを浮かべるナディア嬢に苦笑いする。
「わりと小器用なので。ナディア嬢は包丁の扱いは?」
前世で母親の手伝いや姉達にお菓子作りさせられてました。などとは言えないので適当に誤魔化し、念のため尋ねた。重要なことなので。
「それなりには使えます」
答えに一安心し、ならばとキャベツの千切りをお願いした。
「メインをポトフにしようと思うので、副菜のコールスローをお願いします」
「わかりました」
頷き、一定のリズムで包丁を動かす手つきには危なげがない。なんという安心感。
食材を炭や劇物にすることも、流血沙汰になることもないだろう手慣れた様は、安心して作業を任せられる。俺は心やすらかに皮むきを続けた。
さて、燻製はベーコンとウィンナーどっちにしよう?
両手にそれぞれを持って眺める。
「ナディア嬢、ベーコンかウィンナーどっちがいいと思います?」
「んー、個人的にはベーコンですかね。でもウィンナーの方がポピュラーな気もしますし」
「あ、わかります」
「迷いますね」
「いっそ両方入れちゃいましょうか?シリウス様たちよく食べそうですし」
「いいですねっ!そうしましょう」
同じ作業をしているためか、会話が弾む。
普段薄っすらと感じていた壁のようなものの取り払われた自然な笑顔が新鮮で眼を奪われていると、不意にがっつり視線があってしまった。き、気まずい。
「あっ、あの先生……!」
作業の手を止め、ナディア嬢が身体ごとこちらへと向き直った。
「先日は失礼な発言をして本当にすみませんでしたっ!!あと、助けて下さって有難うございます」
がばりと勢いよく頭を下げる姿は潔い。ゲームと同じで真っすぐな子だ。
手伝いを買って出てくれたのも、本当はこれを伝えたかったからだったりするんだろうか。
「いいえ、気にしてないので大丈夫ですよ。それに可愛い生徒たちを助けるのは当然です」
……実は地味に凹んでカマルに懐いてたけど。
そんな事実はしれっと隠し、大人として体面を保って答えた。
気にしてないとかいいつつ、わりと気にはしてたのでこうして真っすぐ向き合ってくれる亜麻色の瞳が嬉しくて自然と笑みが浮かんだ。
やっぱ嫌われてるのは凹むしな。
「貴女が無事で良かった」
「……っ」
思ったことを告げただけなのに何故か息を呑まれる。
あれ?なんでそんな驚くの?
教師だしどうせ口先だけだろうとか思われてた??
「料理、仕上げてしまいましょうか」
「……はい」
手元へと顔を向けた彼女の耳が僅かに赤かった。
夜風で風邪ひいた?大丈夫?
熱した鍋にオリーブオイルを入れ、厚切りベーコンとウィンナーに焼き目をつける。別になくてもいい工程だけど、個人的にただ煮込むより肉は焼き目がついて香ばしい方が好きなのでこんがり。
野菜も入れて水とコンソメを入れたらあとはコトコト煮込むだけ。手が空いたリフにパンを焼いてもらって、そのまま盛り付けも彼が引き受けてくれる。
そして素朴ながらもちゃんとした夕食が完成した。




