ドキドキ初体験
怪我した女性を歩かせるわけにはいかない……、そんな想いから彼女を抱き上げようと身を屈めたのだが。
「カイザー様、私が」
速攻でリフに止められた。
しかもわりと強めの制止。
当人の少女も倒れそうな真っ赤な顔で「お願いしますっ!」って喰い気味にリフを見てるし、ダイアたちにまで温い目を向けられ、すごすごと手を引っ込めた。親切心だったのにっ!
ベアトリクスたちを探しつつ、そーいえば……と想いを馳せる。
ゲームではガーネストとダイアは仲が良くなかったし、2人は別々の班だった。
ヒロインがサフィアを選ばない場合、ブレスレットのチャームの色で攻略対象者を一人選ぶ筈だったけど、二人が同じ班ってことはその辺どうなってるんだろ?
そんなことを思いながらガーネストの手首を見れば、赤いガーネットではなくピンクのチャームがちらりと見えた。
……ガーネットとダイヤモンドの中間ってこと??
そーいえば、ベアトリクスのチャームはダイヤだったかも。
つまりはガーネットを選んでもダイヤを選んでも外れだったというわけか。
リリー嬢、アレクサンドラ狙いでよかったね!
「ベアトリクス!」
姿を見つけた途端、甘く顔を綻ばせてダイアが名を呼んだ。
その声音には愛しさが溢れていて、大分イイ性格にはなってるけどこーいうとこはかなり素直だよなぁ、とゲームよりかなり糖度を増したリアル王子様を眺める。
「ダイア様っ!?……それにお兄様たちも」
可愛い妹がシトリンの瞳を大きく見開いてダイアを見つめる。
お兄ちゃんの姿も認識してくれて嬉しいよ。
これでシャットアウトされてたら地面にのの字書いていじけてた。
「突然すまない。カトリーナ嬢、申し訳ないが貴女の能力を貸して頂けないだろうか?怪我をしてしまった生徒が居るんだ」
「怪我を?大変!もちろんですわ」
ガーネストの申し出に嫌な顔一つしないで、心から心配そうなカトリーナ嬢はマジ良い子だよな。
リフが腕の中の少女をそっと地面へ降ろすと、カトリーナ嬢がその足首に触れ、そっと瞼を閉じる。
片方を自分の胸へ、もう片方の手を傷口に翳したまま祈るように瞳を閉じた姿はまるで敬虔な聖女の如く。彼女の指先から淡く優しい光が溢れて患部を包んだ。
「もう、大丈夫だと思いますわ」
垂れ眼がちの翠の瞳をゆっくりと開いたカトリーナ嬢の言葉に、リフが丁寧に包帯を外せば……小さな足には傷一つなくなっていた。
「凄いな」
思わずつぶやいたのは誰の声か。
「全然痛くない。ありがとうございますっ!カトリーナ様!他の皆様もご迷惑お掛けして本当に申し訳ありませんでした!!」
立ち上がった少女と友人がぺこぺこと頭を下げる横で、手を差し出したガーネストがカトリーナ嬢を立ち上がらせる。
「有難う、カトリーナ嬢。お蔭で助かった」
「そんなっ、とんでもありませんわ。お役に立てたなら光栄です」
手を取ったまま甘く微笑むイケメンと、頬を愛らしく色づける美少女。
そんな乙女ゲームのスチルですか?っていうワンシーンがあったとかなかったとか。
風が吹き抜けて樹々を揺らす。
森の変化は早い。
あれだけ強かった日差しがなくなれば、周囲は途端に様相を変える。
生徒たちは本格的に日が暮れる前に引き返し、今夜の宿泊先へと向かっているだろう。だけどそれに逆流するように森の奥へ、奥へ向かう動きがある。
「何故こんな森の奥へ……?」
訝し気なリフの呟きはもっともだった。
大きな懐中時計のような機械に灯る幾つかの点。
それはブレスレットに組み込まれた発信機の所在地だ。前世の電子機器とも違う魔道具的なそれの仕組みは全くわからないが、無駄に高価なかつ高性能な学園の支給品も今回ばかりは無駄でなかったというわけだ。
それなりの速さをもって移動する点。それは……、
「逃げているのか、追っているのか」
悪路を進めば、意識のない男達が点々と転がっていた。
フードを深くかぶった男達の身体には剣による傷や焦げたような跡。恐らくシリウスやアレクサンドラの攻撃によるものだろう。
そしてなにより_______。
鋭く切り裂かれた首元や、口元に着いた泡。
彼らを絶命に至らしめたそれらは、仲間による止めか、はたまた自ら命を絶ったのか。
前世とは違い、この世界では剣を握ることもあれば、魔獣を逐駆することもある。
人を傷つけることだって、最悪な場合は誰かを斬り捨てる覚悟だってある。
だけどそれでも……慣れることは出来ない人の死に、腰の剣を強く握りしめて駆ける脚に力を込めた。
「動くなっ!!」
声を上げた男の腕には小柄な少女。
太い腕で首を掴まれ掲げられた少女は恐怖に悲鳴を上げ手足をバタつかせるが、力を込めた男に「黙れ」と凄まれ身を竦ませる。
傍らには樹の根元に気を失ったような青年が一人。フードの男は全部で四人。
そして尻餅をついたリリー嬢とその前に立ちはだかるナディア嬢。さらには二人を守るように剣を構えたシリウスと手を突き出したアレクサンドラの姿があった。
「一先ず退くぞ」
少女を捕らえたままのフードの男が口惜し気に告げれば、周りの男も緩慢に頷く。
「そのお嬢さんを放してくれないかな」
緊迫した空気に相応しくなく響いた声に、視線が一斉に集まった。
「カイザー様?!」「カイザー殿?!」振り向き驚愕する彼らをよそに、ちらりとリフに視線をやってそのままフードの男へと歩み寄る。
ここまで彼らを凌いできたのだろう。
肩で息をするアレクサンドラやシリウスの前にリフが立つ。これでもう一安心。
大きな怪我もなさそうな様子にこっそりと息を吐く。
襲撃者たちは誰のルートを選んでも攻略対象者たちが凌いでくれる。だが、選択を間違えば崖に落ちて怪我をする展開もあるのだが、それは上手くリリー嬢が回避してくれたようだ。
一方、襲撃者のフードの男達も息が荒い。手傷もそれなりに追っていることからこれ以上は無謀だと悟ったのだろう。
賢明な判断だ。その判断を下すまでがちょっと遅かったけど。
……とはいえ、少女を連れて行かれては困る。
「なんだお前は?」
「ただの教師ですよ。我が校の生徒を放してくれますか?」
「近寄るなっ!!」
怒鳴り声に脚を止める。
太い腕で吊るされた少女の姿に顔を顰めた。
「女性になんて扱いをするんです?人質のつもりですか」
こんな連中に言う発言じゃないし、平然と話をする俺は極めて異質だろう。
端的に言えば、空気読んでない。あえてだが。
「では、こうしませんか?私とそのお嬢さんを交換しましょう。人質としての価値は私の方があると思いますよ?」
「「「なっ」」」
聞こえる複数の驚愕は無視で。
「バカかお前、誰がそんな戯言に騙されるか。どうせ厄介な『異能』でも……」
「いや、待て」
男の言葉を他の男が遮る。
瞳は見えないが、フードに隠れた視線が俺をじっくりと値踏みした。
「その顔、見覚えがある」
ニヤリと笑う歪な唇。
「公爵家の『無能』なお貴族サマだ」
散々言われ慣れた言葉は、別に気にするようなものでもない。
だけど今はものすっごく背筋がゾクゾクする、いっそ震えそうな程に。
微かにピクリと揺れた背に、なにを思ったか歪な笑いは伝染する。
そして、下卑た笑みを浮かべた男の一人が吊り上げた唇を開いた。
「いいぜ。交換してやるよ。剣と上着を置いてこちらに来い」
言われたとおりに剣を置き、上着を脱ぐ。
別に脱ぐまでもなく上着に武器とか仕込んでないけど。
「カイザー様っ、なんのおつもりですかっ?!」
慌てたようにシリウスが叫ぶが、ちらりと彼に視線をやっただけで歩みは止めない。
「なんのつもりもなにも、生徒を見捨てる訳にはいかないだろう」
「そうではなくっ!!」
「さぁ、彼女を放してくれるかな?」
フードの男の前に立ち止まり、小首を傾げれば乱暴に腕を掴まれた。
痛ってーな!こちとら人質様だぞ?!
もっと丁寧に扱えや!!
「さぁて?どうするかな」
「君たちも手負いだし、人質が二人居たところで抱えて逃げるデメリットが増えるだけだと思うけど」
本命はヒロインたちなのだろうが、人質で脅したところで彼女たちを差し出す気がないことは男達も既に理解してるのだろう。
逃げる為の人質なら数が多いのは理に叶わない。
なにより、俺が公爵家の人間だと知っているのならば、人質の価値は断然俺のが上だ。
投げ捨てるように少女を放した男に眉間に皺が寄る。
だから女性と人質は丁寧に扱えってんだよ!!
内心で怒鳴りながらも少女に視線をやれば、恐怖で縺れる足で少女は必死に後ずさる。頑張れ、もうちょっと離れて。
少女に顔を向けていれば、前髪を掴まれ上を向かされた。
降り掛けた夜の帳と、昏い森。
深くかぶったフードの所為でこの距離で未だ顔立ちはわからないが、嗜虐にギラつく濁った瞳が俺を捉えた。
カイザー・フォン・ルクセンブルク。
人質初体験中です。




