隠した弱音と晒した弱音
レポートを読み、コメントを書き込み、また別のレポートを手にする。
課題で出したレポートのチェックは必要ではあるが、特別急ぐ必要のないものだ。なのにわざわざサロンでの話し合いを終えてガーネストたちと帰宅を共にせずに音楽準備室へと戻った理由はただ一つ。
生徒たちが帰宅するのを待っている。
レポートのチェックはそれまでの時間潰しだ。
「先程の少女の言葉、お気になさっておいでですか?」
当然、というかなんというか……俺を残して一足先に帰宅、なんてことは頑として拒んだリフが気遣わし気に問いかけてくる。
うーん。
気心知れてて目敏いと、こういうとこが困るんだよなぁ。
「まぁ、少し」
誤魔化したいのに誤魔化せない。
「ナディア嬢の言うことはもっともだと思うよ。末裔だのなんだの、自分が望んでそうあったわけでもないのに勝手に理想を押し付けられても堪らないだろうね」
「お優しいですね」
「ん?」
「カイザー様は本当にお優しい。そんな貴方様やガーネスト様たちが気にかけて下さること、彼女たちもとても心強いと思いますよ」
柔らかな笑顔と声音で、だけどはっきりと断言される。
「うん、ありがとう」
「さて、と」
励ましに心が少し浮上したところで、時計を見て椅子から立ち上がった。
「資料を取りに行きがてら少し席を外す」
ほんの少し不満をにじませるのは、俺が一人になりたいことを察しているからだろう。そうでなければ速攻で「お供します」って言われてるしな。
気心知れてて目敏い従者は、こういうとこが話が早い。
もっともこれが危険が潜む案件なら、てこでも譲らないのもリフだけど。
「有能で信頼してるリフの前だから弱音も吐けるけど」
気にかけてくれることが心強い、それは全く彼の言う通りだ。
なにがあっても絶対の味方で居てくれると思える彼の前だから、完全に取り繕うこともなく弱さを晒せて。だけど……。
「そんなお前の前だから、弱音を吐かずに強がりたくもあるんだよ」
こんなこと口にしてる時点で充分みっともなかったりするんだけどね。
だけどやっぱり、恰好つけたくもあるじゃないですか。
俺個人としても、主人としても。
真ん丸くなった瞳に「それ程時間を掛けずに戻るよ」と告げれば、困ったように苦笑いを浮かべて「あまりお戻りが遅いようなら探しに出てしまいますからね?」と見送られた。
誰も居ない廊下を歩く。
さて、生徒が殆ど帰ったこの時間、果たして彼らは居るだろうか?
疑問を持ちながらも、居るんだろうなとなんとなくそう思う。
そして辿り着いたそこに彼らは居た。
「カマル~!」
書架の迷路を抜け、旧図書室の奥へ進み、情けない声を上げながらおんぶお化けのようにホワイトタイガーの背に懐いた。
もふもふ、ふわふわ。
素晴らしい毛並みに覆われた後頭部に頬を寄せながら、暫しその感覚を堪能する。
「よっ!」
アニマルセラピーで心を癒したあとで、遅ればせながら片手を上げて挨拶。体勢はおんぶお化けのままだ。
「居るかなーとは思ったけどやっぱ居るんだな、この時間でも」
果たして家には帰っているのだろうか?
それとも図書室の妖精さんの呼び名の如く、此処の主だったりするのだろうか……?
「お疲れだね」
本から顔を上げた目の前の彼から発されたのは、俺の言葉への返事ではなくそんな言葉で。
「お疲れ、っていうか凹んでる?カマルー癒して!」
ぐでーと再び項垂れ、カマルの前足を持ち上げて肉球をプニプニ、ピコピコ弄ぶ。されるがままのカマルは虎なのに本当に大人しいよな。
『凹んでる……』
そしてなんか……触れ合ってるカマルくんから心の声が聴こえてくるんですよね。
普通に言葉通じてるし。俺、動物の声も分かるの?
ペットとか飼ってないし他の動物で試したことないけど、人の言葉で聴こえるよ。これはカマルだからなのか、なんなのか??
図書室に虎っていうのも可笑しいし、カマルも妖精さん的ななにかなの?
そして凹んでるってメンタルだから。
物理じゃないよ?
どこが凹んでるのかな??みたいなおめめで俺の全身眺めてますけど……。
「別に貴方が凹むことはないんじゃない?」
淡々とした声音には慰めも励ましも含まれていなかった。
「貴方が自己嫌悪に陥る理由なんてないんだし」
そしてやっぱり、彼は全て知っているのだろうか?
なにに凹んでいるかなんて話してないのに、知ってるような彼に思わずじっとその姿を眺めた。相変わらず表情全くみえないけど。
ゲームのサポートキャラでずっと図書室に居るのに、なんでも知ってる妖精さん。
マジ妖精さんなの?
そんなファンタジーな存在なの??
いや、乙女ゲームの世界ってこと自体が大概ファンタジーだけどさ。
謎すぎて気になるけど、深入りすると相手してくれなくなるの知ってるから聞けない。
「……嫌われてるっぽいんだよね」
「嫌い、っていうか苦手?」
「あー、確かに」
そしてやっぱり会話通じてますね。
えっ、本当になんでもお見通しなの?
全知全能的な??
「結構しょっぱなから気づいてたけどさ、不信感?みたいのがあるよね」
不信感、とはまた違うのかも知れない。だけど地味に距離を置かれてるのには気づいてた。
なにがといえばナディア嬢のことだ。
嫌い程強い拒否じゃないし、話をする分には普通に接してくれる。だけどどこか積極的には近づかないでおこうみたいな雰囲気を感じる。
誰からも好かれようなんて思っちゃいないし、好悪は別にして俺の佇まいは人を気後れさせる雰囲気を発しているのも自覚してる。それでも…………。
怒りと憎しみを孕んだ亜麻色のあの瞳が焼き付いて離れない。
ゲームのヒロイン設定でも彼女は明るく溌剌として、強い意志を持った少女だった。
正しくないと思ったことには毅然と立ち向かえるし、怯まず目の前の出来事に向かい合う姿も知っている。
だけどあの瞳は違う。
あの瞬間、正義感とは異なる怒りと憎しみが向けられていた。
「ナディア嬢にとったらやっぱり俺も信用出来ない連中の一人なのかな」
ぷにぷに、もふもふ、ナデナデ、ぷにぷに。
「大人って汚いしね。しかも貴族とか腹の中真っ黒そうなイメージあるよな」
「自分で言う?」
「俺なんか外見も黒いし、なにせ渾名が“闇の貴公子”だし」
「……闇の貴公子……」
『闇の貴公子……恰好いい……!』
「あといっつも笑顔と外面取り繕ってるから、胡散臭さが滲み出てたのかも。微笑みという完璧なポーカーフェイスだと思ってたけど、被ってた黒鳥の皮が甘かったのかなぁ?」
「黒鳥ってなに?」
「優雅な白鳥の外面。黒いから黒鳥」
「成程」
カマルに埋もれてた顔をがばりと上げて彼を見る。
なんでかわからんけど図書室以外でのあれやこれやも筒抜けみたいだし聞いてみた。
「なぁ、俺ってやっぱ胡散臭い?内面滲み出ちゃってる?!」
「内面は全然滲み出てないと思うけど。寧ろよくその内面を隠せてるなって思う程、綺麗に黒鳥被ってるんじゃないの?いっそ二重人格レベルで別人だし」
ぐっ……。
喜ぶべきとこの筈なのに、それはそれで複雑ー。
眠たくなったのかカマルが尻尾でひっついていた俺をぺしぺしと叩く。渋々手を放せば、くぁと欠伸をしてからその身を床に横たえた。
つれない、と思うものの……今まで散々好き勝手させてくれてたんだから、そうでもないかと思いその背をそっと一撫でして離れる。
「でも……」
興味がなさそうに紡がれた声音。
「貴方に嘘はないと思う」
続けられた言葉が意外で、思わず「え?」と声が漏れた。
「可笑しな人だなって思うし、情緒不安定だし若干二重人格入ってるけど、隠してるところや取り繕ってるところはあっても貴方自身には嘘がないと思う」
視線は本に向けたまま、なんてことはないように告げられた言葉。
それに少し、救われた俺が居る。
前半結構ディスられたけど……。
「ちょっと元気出た。ありがとな……」
不自然に声が止まり、じっと目の前の彼を見つめれば「なに?」と首を傾げられた。
「名前、やっぱり呼べないの不便だなって思って……」
言葉が途切れたのは、名を呼ぼうとしてそれを知らなかったから。
「ないし必要もない」
返されたのはにべもない言葉で……感情を宿さない声でなく、拒絶を含んだそれに返す言葉を失う。
一瞬の不自然な沈黙、後ろ髪は引かれるがいつまでも此処に居る訳にもいかない。なにせリフが来てしまう。彼は有言実行の人だ。
この場所は簡単に見つからないかも知れないが、そうなったらそうなったでハンゾーたちも総出で大捜索なんてことになっては堪らない。
まだこの交流を手放したくなかった俺は、改めて一人と一匹に礼を告げてその場を後にした。




