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ブラック・スワン  ~『無能』な兄は、優美な黒鳥の皮を被る~   作者:
本編

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53/210

これがイケメンというものか



 やると思った……。

 そんな感想と共に思わず乾いた笑いが漏れた。


其方(そなた)たちがアンジェスの末裔だという少女たちか。実に愛らしい、まるで野に咲く一輪の花のようだ。其方(そなた)たちに巡り合えた奇跡を神に感謝しよう。余の名はアレクサンドラ、気軽にアレクと呼んでくれ」


 白魚のような手をとり、気障(キザ)ったらしくその手に口付けるアレクサンドラ。


 もうね、やると思ったけどね。


 出会う女性を片っ端から口説きに口説き、女性ファンを大量増殖させる一方で、絶賛男子生徒のヘイトを買いまくってるお色気王子の行動は今日も今日とてブレがない。

 相手の反応なんてお構いなしなのは、ある意味心が強いのかなんなのか。



 先日取り決めたサロンでの会合。

 丁度直前の授業もなかった俺は、一足先にガーネストが手配しておいてくれたサロンで彼らを待っていた。


 咲き誇る華の香りとリフが淹れてくれたお茶を優雅に楽しみながら、「学校にサロンがある意味とは……?」とか庶民感丸出しなことを考えていたところに、まず訪れたのはベアトリクスたち下級生組だった。


 遅れること(しば)し、ガーネストたち上級生組が到着した途端、和やかだった場の空気は一変した。

 確実に色ボケ王子の所為(せい)だがな。



 まずは身近に居たベアトリクスから。


「先日のドレス姿も美しかったが制服姿も良く似合っている。シンプルなデザインがベアトリクスの生まれもった美しさを引き立て…………(以下略)」


 流れるように褒め言葉を口にしてはダイアの眉間に盛大に皺を寄せさせた。


 ちなみにお得意のスマイルで完璧擬態してますが俺もキレてるよ!

 つーかナチュラルに呼び捨てしてんじゃねーよ!!


 次にベアトリクスの隣に居たカトリーナ嬢に眼を見張り。


「ジュエラルは本当に美しい女性が多い!!まるで数多の宝石を収めた宝石箱だ。翡翠のように澄んだその瞳に余が映ることのなんたる幸運か。是非(ぜひ)名を…………(以下略)」


 パーソナルスペースの狭さにカトリーナ嬢を困惑させつつ、微妙にガーネストのガラを悪くさせ。


 イラッとした顔はゲームでの俺様を彷彿とさせた。

 懐かしー、そういえば俺様キャラだったね。良い子過ぎてすっかり忘れてたわ!


 さらには俺の時同様、サフィアに華麗に喧嘩を売り。


「……お、男。なんと勿体ないっ!!その美しさで男とは、カイザー殿といいなんという世の損失だ!神は一体なにをしているのだ?!(そなた)方、妹君か姉君はおられぬのか、是非(ぜひ)紹介を…………(以下略)」


 これで本人に喧嘩売る意思がないって逆に凄くね?

 あと何気にまた俺のことも言いやがったな!


 困惑しながらもキレないサフィア、超偉いと思う。

 でもキレていいと思うよ?俺は内心めっちゃキレてる!


 そして最後に、現在リリー嬢とナディア嬢を絶賛口説き中である、と。


 手を取られたリリー嬢は真っ赤になって恥じらいながらも心の中では奇声を上げまくってるし、一方、ナディア嬢はわりと迷惑そうな目で口付けられた手を見てる。

 

 素直だね。

 ナディア嬢はあんまり攻略対象者のイケメンたちに興味がなさそう?


「いい加減にして下さいっ!」


 叫んだのはシリウスだった。


「ウチのバカ王子がご迷惑をお掛けして申し訳ありませんっ!!基本このバカの行動は流して下さい。はた迷惑な空気ぐらいに思って頂ければっ……」


 早々に取り繕いが剥げてます。

 ぺこぺこと頭を下げる姿は息子のやらかしを謝罪する母親のようで……。


 オカン……と、苦労しているだろう彼の姿に思わずホロリとしそうになる。


 そんなシリウスは絶賛人気爆発中である。


 主に男子生徒たちにだが。

 色ボケ王子にイラッとする連中からの支持は絶大。アレクサンドラがヘイトを買えば買う程、シリウスの人気が上昇するっていうね。


 頑張れ、シリウス!!

 負けるな、シリウス!!


 なにが一番ムカつくって、爆笑もんの気障(キザ)な台詞や動作も美形がやると様になるってとこだよな。

 イケメン爆ぜろ!

 そんな呪詛を唱えつつ席に着いた。




「なんですかそれっっ!!」


 ガチャンと耳障りな音が響いた。

 零れた紅茶が真っ白なテーブルクロスをじわじわと染めるが、誰もそれには気を払わない。机に手をついて立ち上がったナディア嬢の大きな瞳は、真っすぐに俺を睨みつけていた。


「私たちは子供を産むための道具でもなんでもないっっ!!!アンジェスがなんだって言うんですかっ、もうとっくの昔に滅んだ国でしょう?!血族だの末裔だのみんなバカみたい、もうどこにもそんな国は無いじゃない!私はっ、アンジェスなんて知らないっ!!」


 意思の強い、亜麻色の瞳に宿るのは“怒り”と“憎しみ”。


 それはきっと心からの叫びだったのだろう。


 ある日突然亡き帝国の末裔だと祭り上げられて、周囲から好奇と驚愕の視線に晒されて……身分も生活も何もかもが一変した。

 その上、その身を狙われるかも知れないなどと聞かされれば当然だ。

 己に流れるその血(ゆえ)に、その血を継ぐ皇子を生ませる為に。

 そういう行為を強いる輩が居るかも知れないと、まだ年若い少女らにそう告げたのだから。


 激情を宿した瞳をただ静かに受け入れる。


「ナディア様……」


 名を呼ばれ、肩で息をしていたナディア嬢が息を呑んだ。


「……っあ、……わた、しっ……」


 夢から覚めたように憤りから一変、顔を蒼白に染めた彼女は震える両手で口元を押さえるとストンと力なく腰を下ろした。


「ナディア様、落ち着いて。お兄様はただ、ナディア様たちのことを心配なさっているだけです」


「私……なんてことを…………ごめんなさい」


 くしゃりと表情を歪めて、泣き出しそうに零れた謝罪に緩く首を振る。


「構いません。ナディア嬢が憤られるのは当然のことです。私の方こそ本来ならレディの前で相応しくない話題を上げたことを謝罪します。お心を乱して申し訳ない」


 座ったままながら軽く頭を下げた。


「ただ」


 ナディア嬢をはじめ、席に座る少女たちを順番に見渡す。


「酷なことだろうが、覚えておいて欲しい。そのように考える輩も居るのだということを」


 自分の欲望の為なら他人を人とも思わない人間が居るということ。

 身分や利益でしか他人を測れない人間が居ること。

 不条理な力によって躰を、尊厳を、命を脅かされる危険があること。


 残酷なことを、告げていると思う。


 だけど______。


「実際になにかあってからでは遅いのです」


 伝えなければならない。


「実際にその身に危険が降りかかってからでは取り返しがつかない。いつだって後悔は先には立たないのだから。だからどうか貴女たち自身にもその危険を知っていて欲しい」


 傷つけない為に、傷つかせない為に、

 その心を傷つける残酷な現実を突きつける。


「君たち自身の身を守る為に」


 その矛盾に、心の奥がジクジクと鈍く痛む。


 彼女たちの心の叫びが、恐怖が、俺には手に取るように聴こえるから尚更に。

 能力の感度を上げたわけでも、直接触れたわけでもないのに届く『どうして』という悲痛な想いは、それだけ彼女たちの感情が激しく揺れてる証拠に他ならない。


「闇雲に恐れる必要はないよ。ただ自覚だけはしていて。そしてなにかあれば直ぐに周りに助けを求めて欲しい。いいね?」


 順々に見渡しながら念を押せば、「はい」と重々しく頷いてくれた。



「心配ない。可憐な其方(そなた)たちに害を加えるなど断じて許さぬ。華を愛でる心を持たぬ不届き者など余が蹴散らしてやろう」


 俯いたままのナディア嬢の頬に手を添え、アレクサンドラはそう力強く断言する。

 真面目な顔で告げる姿は悔しいが恰好いい。実際かなり強いしな、コイツ。


「ベアトリクス、なにかあればすぐ教えろ。他の皆も気軽に声を掛けてくれ、生徒会長としてこの学園で被害を出させる気などない」


「警備も強化してるしね、安心して。サフィア、彼女たちを気に留めて置いてくれるかな?同じ学年でないと目の届かないところもあると思うし」


 妹を気遣うお兄ちゃん恰好いい!

 そして生徒会長として堂々と腕を組む姿も恰好いいよ!俺様も全然イケてるよ、我が弟。


 瞳を見つめて甘く告げるダイアはさすがの王子様オーラっすね。

 若干(じゃっかん)ベアトリクスしか眼中にない感じもしてたけど、“彼女たち”って言ってるし他の子もちゃんと覚えててくれたんすね、あざーす。


勿論(もちろん)です。女性に危害を加えるなんてとんでもない、男として、友人として絶対に許せません。周りの信頼出来る人間にもそれとなく注意を払って貰います。皆さんなにかあれば遠慮なく声を掛けて下さいね」


 サフィアは安定の紳士ですね。昨年は高等部に上がったガーネストの後任で生徒会長もしてたし、今は高等部の副会長なだけあって人脈も頼もしい。人望って大切。

 優しく微笑みかける姿は麗しくいっそ後光がさして見える。



 硬くなっていた少女たちの表情をほっと緩ませる彼らは、さすが乙女ゲームの攻略対象者なだけあった。




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