そしてプロローグへ
陛下の御前を辞した俺は廊下で一人の男に呼び止められた。
「ティハルト」
振り返り、男の名を呼ぶ。
敬称は付けない。公の場では付けるけど。
だって嫌がるんだもん、こいつ。敬称つけると露骨に不機嫌になるし。俺のキャラ的には付けたいんだけど。
振り返った先にはやたらとキラキラしい男。
癖のない輝くプラチナブロンドに端正な顔立ち。上品な、だけど男らしさを感じさせる顔の中で一際美しく輝くのはダイヤモンドのような瞳。
何を隠そう、この国の第一王子。次期王に成られる御方である。
そして始まるお説教&説得ターイム。
俺は苦笑いを浮かべながらロイヤルな男から放たれる御小言を右から左へと聞き流す。
要は俺の心配をしてくれているのである。
異能が無かろうと俺の才能と努力を認めてくれて、俺が爵位を放棄する必要など何処にもないと。
本当にいい奴。幼い頃からの友人で、俺の親友。
家柄が良くて、顔も良くて性格もいいとか、何なのコイツ?
ご立腹のティハルトを宥めながら真っすぐに向き合う。
「君にはわからないかも知れない。王子として人々の期待に応え、相応しい王たろうとしている君には軽蔑されてしまうかも知れない」
俺は本当にお前のことは凄いと思ってるよ。ほんと。
「だけど私には何よりも守りたいものがあるんだ」
きりっと恰好つけて言い切る。ちょっとドヤ顔。
「沢山の期待を裏切ろうとも、例え望まれた責務を放り出すことだとしても。
如何しても譲れないものがある」
俺を認め、爵位を望んでくれている人が居るのは知ってる。
だけど俺は爵位なんて要らないし、何よりそれは最初からガーネストが継ぐべき道を定められているのだ。そして俺は弟妹の幸せを全力で応援すると決めている。
「カイザー、お前は……」
言葉を失ったティハルトへ微笑む。
「すまない。だけど私に後悔はないよ」
ところで、俺はこの男の隠しキャラ説を疑っている。
だってティハルト本当にめっちゃいい奴だし。モブでこの顔ってある?いや、それいったら俺も怪しくなっちゃうんだけどさ。しかも第一王子だぜ?
因みにティハルトの弟が攻略対象者。
ティハルト同様正妃の子供で第四王子。側室の子含めて王子は第六まで居る。
ティハルト自身はゲームではほぼ出てこないけどさー。でも弟のダイアルートで映り込んでるスチルあったし。美形兄弟が並んでて、ダイアが成長したらこんな風になるんだろうなーってそっくり具合。
もし本当に裏隠しルートなるもんがあったとして、本編に存在ぐらいは出てるだろうし、その上で顔のいい奴となると真っ先に疑うのがティハルトなんだよな。
跡継ぎ問題も一先ずは解決。
いずれはヒロインたちが恋愛ストーリーを繰り広げる舞台となるだろう学園を卒業した俺は本格的に公爵代理業を務め始めた。
そうはいっても仕事はほぼ体得済み。
表向きには突然な父さんの死だが、ストーリーを知っていた俺としては予期されたことだったから幼い頃からそっち方面にも手を出していた。なので仕事はさほど問題なし。忙しいのは忙しいけど。
出来るならば両親の死を覆したい想いはあったものの、事故や暗殺の類でもないからそれを阻止することは叶わなかった。
怒涛の仕事を熟しながら、日々子育て。
苦でもなんでもない。むしろ本望。
可愛がり、構い倒していた結果、弟も妹も俺に非常に懐いてくれた。
弟は「兄上、兄上」と、妹は「お兄様、お兄様」とひよこの如く俺の後をついて回る。我が家の天使が可愛すぎる!日々胸のときめきと闘う毎日だ。
余談だが、義母の俺への当りが大分マイルドになった。
きっとガーネストに爵位を譲る発言が効いたのだろう。俺を敵のように見据えて嫌味を放つことが少なくなり、だけど完全に警戒を解かれたわけでもなくどう接してよいかわからない模様。
そうして時日は過ぎ______
ガーネストは今年13歳。ベアトリクスは今年12歳。
俺は大掃除を始めた。
大掃除。その対象は、俺の親族である。
当時からうざったらしかった一部の親族。鬱陶しいと思いつつも実害が無ければさほど俺は気にしなかった。
だが、調子こいた奴らは最近ガーネストにまでちょっかいを掛け始めた。
俺、おこである。
奴らは俺の逆鱗に触れた。
ブラコンかつシスコンな俺は大事な弟妹に手を出す奴に対する慈悲など持ち合わせてはいない。
丁度ベアトリクスも今年で12歳。
『亡国のレガリアと王国の秘宝』の乙女ゲームの舞台となる学園への入学の年だ。正確には学園は12歳から14歳の学部と15歳から17歳の学部の二部構成で、ゲームの舞台となるのはヒロインが入学してくる高等部だが。
つまりゲームのスタートはおよそ三年後。
だが実際ベアトリクスが入学するのは今年であり、必然的に攻略対象者たちとの関わりも生まれる。
その前に、邪魔な不安要素は潰しておこう!!
というわけで大掃除の決行である。
いやー、ちょっとまき餌を撒いただけで喰いつく、喰いつく。
無事に害虫駆除を果たした俺は陛下の御前で経過の報告・そして奴らの沙汰を聞き受けていた。
主犯の叔父一家は永久投獄。
まぁ、あいつらガーネストの暗殺にまで手を出そうとしたしな。俺としては納得なんだけど、下された沙汰は俺が思っていた以上に重いものだった。
理由は罪状が幾つも出てきたから。
主犯の一人である俺の従兄が家ぐるみの罪を洗いざらいぶちまけたらしい。お蔭で予想以上に早く、かつ大規模な大掃除が叶った。正直、主犯数人しか罪に問えないと思っていたのだが、従兄が突き出した証言・証拠により邪魔な害虫共が一掃。
従兄は重罪を免れなかったし、自分だけ罪に問われるぐらいなら諸共に道連れにしてやれ的な?
何を思って従兄がそんな行動に出たかは知らんが、俺としては願ったり叶ったり。
晴れ晴れとした気分を抱えながら、表面上は身内のしでかしに沈痛な表情を浮かべ陛下の沙汰を聞き受けていた俺を突然の異変が襲った。
あらん限りに目を見開く。
丁度陛下が罪状を述べているところだったから周りはその内容にショックを受けていると勘違いしてくれたかもしれない。
だけど違う。
ふるふると躰の横の手が震える。
ぐらぐらと揺れる足元に力を籠め、何とか姿勢を保つ。
あまりにも悪い顔色に、従者のリフが血相を変えて今にも駆け寄ってきそうなのを眼で制する。陛下の御前。何より、今の俺にそれを受け入れられるだけの余裕がない。
蒼白になっているだろう俺に、異変に気づき始めた周りが心配の声を掛けるが大丈夫だと力なく首をふった。
大丈夫なわけがない。
だけど何とか気力を振り絞り謁見を終えた。
縺れる足で廊下を進み、何とか人の少ない回廊まで。
限界を迎えた俺は壁に片手をつき、それでも自分の躰を支えきる事が出来ずに膝をついた。背中を冷たい汗が流れる。
零れ落ちそうになる声を抑える為に、壁についていない方の手で必死に口を押さえる。
幾分長い回想になったが、
そうして現在俺は城の回廊にて崩れ落ちている。
カイザー・フォン・ルクセンブルク。
忘れもしない4歳の夏、前世の記憶を想い出してから早十八年。
人生二度目となる衝撃に膝から崩れ落ちている真っ最中である。




