放置して水分を抜いた後は薪として有効活用
逃げる訳にも行かずに所在無くその場に立ち尽くす。
予想通りというか、何というか。
一番に辿り着いたのは影の人間で、倒れた木と俺を交互に見遣る。
その間無言。基本的に影の人間は無口な人間が多いんだけどさ。
上から下までじっくりと俺を眺めた後で一言。
「大事御座いませんか?」
「御座いません」
居た堪れなさに思わず敬語で返した。
自分の眼でも確認しただろうに、俺に特に怪我もないとわかると黒装束の数人は肩の力を抜いた。
両断された断面と刀を見て、
「それは良う御座いました。お見事なお手並みに御座います」
アリガトウゴザイマス。
やばい、気まずい。
いっそ怒るなり呆れるなりしてほしいのに、普通に身の心配をされた上に褒められました。
そしてそんな遣り取りをしている内に他の使用人の方たちもご到着。
「一体何が……」
発せられた声が途中で止まる。
無残に切り倒された大木と、
何故か髪も服もびしょ濡れで水を滴らせながら、黒装束の男達数人に傅かれる、抜身の剣を手にしたこの屋敷の当主(仮)。
なんならいつも結わいてる髪も解いてるし、汗流す時に乱雑に寛げた首元は緩んだまま。
どんな状況だよって感じですよね。
すみません、本当。
「騒がせて申し訳ない」
本当にすみません。
心から反省してます。
駆けつけて来た数人の使用人に軽く頭を下げて告げる。
いっそスライディング土下座かましたい気分だけど、それが出来ない立場が辛い。
「お怪我はありませんか?」
「ああ」
そしてやっぱり誰も怒らない。皆、俺のこと甘やかしすぎじゃねぇ?
「びしょ濡れではないですか。お風邪でも召されたらどうなさるのです」
…と、思ったらまさかのそっちを怒られた。
え、切り倒されてる大木はスルー?無益な森林伐採をまず怒ろうぜ?
「汗を流すのについ…。今日は暖かいし、すぐに乾く。すまない、皆。ご覧の通り私が鍛錬の途中に木を切り倒してしまっただけで、何も問題はないから持ち場に戻ってくれ」
木を切り倒しちまったことが大問題ですけどね。
「なりません。直ぐに湯を用意します」
「失礼します」と一言告げられてふわりと被せられた真っ白なタオル。
柔軟剤が使用されたのかふわっふわかつ良い香りのするタオルでやんわりと髪を拭われる。
「リフ…」
正面に立ち手を伸ばして髪を拭いてくれる有能な従者をきょとんと見つめる。
「その、このタオルは……?」
「風邪を召されては大変ですから」
躊躇いがちな俺の質問は柔らかな微笑みで返された。
「あ、うん。ありがとう…」
「これくらい当然です」
いえ、あの……このタオルどっから出てきました?
そもそも何でタオル持ってたんですか?
ってか、俺がびしょ濡れなのは想定済みでしたか?
…いや、何でだよっ?!
当然?これ当然なの?
出来る従者は四次元ポケットかなんか保持してるものなのか?
「今湯を用意させておりますので、入浴が終わられる頃に昼食の準備を致します。シェフに何か温まるものをお願いしておきますわ。リフ、カイザー様のお世話をお願い」
「お任せを」
メイド長とリフの会話を聞きながら子供のように髪を拭われる俺。
この二人がそう決めたのならこの後の俺の予定は決定だ。
「カイザー様、申し訳御座いませんが……裏口から屋敷にお入り頂けますでしょうか?」
申し訳なさそうにそう告げるメイド長に「勿論」と笑みを浮かべて告げる。
「何せびしょ濡れだからね。このまま出歩いては大惨事だ」
多少は免れないだろうが、少しでも被害の少ないルートを行こう。
まぁ、泥水じゃなくて水だから、多少廊下の絨毯を濡らすことは赦して下さい。
そんなことを思いながら笑ったのだが。
「いえ、そうではなく」
「掃除など全然構わないのですが」
何やら首を振る二人に俺はきょとんと首を傾げた。
そしてそんな疑問は廊下で偶然出会ったリリアによって解決された。
「カ、カイザー様っ?!」
ギョっと瞳を見開き、瞳孔かっぴらいたまま俺を凝視する某メイド。
何、何怖いっ!!
ぐふぅっと何やらくぐもった声が聞こえたかと思うと、突然蹲り顔を抑えた彼女の手を伝う赤い色。
「リリアっ?!」
思わず駆け寄ろうとするも、その前にリフに手を掴まれた。
「大丈夫です」
「いやっ、でも……っ!」
冷静なリフの声音に言い募ろうとするも……。
「何ですかっ、カイザー様っ!!何のサービスショットですか?はっ、もしかして私へのご褒美ショット!! エッロい、水に濡れて張り付いた服もいつもは見えない鎖骨も!しかも髪!!降ろしてるしっ?! 濡れて艶やかさを増した黒髪と白い肌の対比が溜まらないっっ!!!」
『スチル!!これをスチルにして永久保存版に!!』
鼻からタラリと赤い液体を垂れ流したまま興奮を隠しもせずに親指をグッジョブ!!と高らかに掲げる見かけだけは極上のメイドに俺は。
ドン引いた。
思わず一歩後ずされば、俺の姿を隠すようにリフが立ちはだかる。
「あっ、リフ様酷いっ!! 折角のカイザー様のセクシーショットが見えないじゃないですかっ!!退いて下さいっっ!!」
「……」
リフに挑むなんてリリア、根性あるな。
命知らずか。
そして無言なリフの背中が超恐い。
関わりたくない、正直むちゃくちゃ関わりたくはないのだけれど…、
流石に鼻血を流して蹲ってる女性を放置するのもいかがなものかと俺が足を踏み出しかけたところで、廊下を一人のメイドがスカートを両手でたくし上げながら駆けてきた。
「御前をお騒がせして申し訳ありません。こちらは私が回収致しますのでどうぞお部屋へ」
駆け寄った勢いのまま、リリアの頭に拳骨を落とした先輩メイドのエリーゼはくるりと振り返ると何事もなかったかのように優雅に礼をした。
「い、痛いっ!!」
「煩い、黙りなさい」
「エリーゼ、メイド長に報告を」
「なっ、リフ様酷いっ!!」
悲痛なリリアの叫びを背に、俺はリフに促されるまま部屋へと向かった。
「全く、少しは自重しなさい。貴女に言っても無駄だろうけど」
「だってあんなセクシーなお姿してるカイザー様が悪くないですかっ?」
「もう少し落ち着きを覚えなさいな。いいこと?ああいう時は黙って眼に焼き付けるの。全力で網膜と記憶をフル稼働するものよ」
そんな碌でもない会話を聞きながら……。
ウチの使用人たち皆、キャラ濃くね?
翌日、音楽の授業にて。
『ベ、ベアトリクスちゃんとカトリーナちゃん可愛いっ!!ダイアナちゃんも声綺麗だし、マリアちゃんの伴奏も上手っ。このクラス本当に可愛い子多いな!
サフィア様のバイオリン弾く姿も最っ高に麗しかったし、いつかカイザー様とセッションして欲しい!!この二人の演奏とか神々しすぎて軽く死ねる!』
うっとりと女の子たちを眺める姿は大人し気なのに、心の中は割とテンション高い。
『あーナディアちゃんが居ないのは残念。正直私も音楽苦手だけど、この光景を見れただけで音楽選択した甲斐はある!何なら赤点でも構わない。赤点とったらとったでカイザー様が追試してくれるわけだし美味しくない?!』
不純な動機で赤点取る子たちが居そうなので追試はレポート提出の予定です。
『イベントは全然起こらないし恋愛はちっとも進展しないけど、リアルキャラたちが毎日拝めるだけでこの世界に生まれた甲斐あるわー。女の子は可愛いし、男の子は恰好いいし!流石神絵師の乙女ゲームの世界!!はぁ~眼の保養!!』
外面取り繕えるだけリリアより大分まともだけど、何だかんだ言ってリリー嬢もこの乙女ゲーム由来の世界をめっちゃ満喫してる気がする。
……。
あれ?
昨日の俺の葛藤は何だったの?
二人が重責を背負って一人苦しんでると思ったけど、二人ともめっちゃエンジョイしてない?
いやいやいや、俺だって普段ガーネストやベアトリクスにデレデレだけど心の奥にはそれなりの葛藤を抱えてるように彼女たちだって色々ある………筈…。
きっと…いや多分……。
ちょっと自信なくなってきたけど…。