闇の貴公子参上!!
王都を出ると瞳に映る風景は一気に変わる。
「長閑ですね」
同じことを思ったのか、景色を眺めながらガーネストが呟いた。
視線の先には延々と畑が広がっていた。青々とした緑は鮮やかで活き活きとしている。
時折並ぶ民家も小さくて可愛らしく、遠目から眺める外観はまるで造り物のおもちゃの様だ。
もっとも、この地の住人が王都を訪れたなら、贅を尽し整然と立ち並ぶ街並みこそを、よく出来た造り物の街のように感じるのだろう。
「王都は忙しないからね」
貴族が多い王都の人間の方がゆったりと気品がある筈なのに、王都はどこか忙しない。それは流通も政治も、目に見える動き以外の人間を取り巻く環境が慌ただしく遷ろう故なのかも知れない。
馬車に揺られ、向かう先は孤児院。
所謂、慰問と視察である。
目的地に辿り着き、馬車から降りればすぐに笑い声が聞こえた。
出迎えのシスターに来訪を歓迎する言葉を掛けられ建物へと案内される道すがら、顔見知りの子供たちがこちらへ向かって大きく手を振ってくれるのに微笑んで振り返せば、燥ぐ子供たちは今日も元気いっぱいだ。
「カイザー様だっ!!」
「従者様も居るっ!」
「闇の貴公子様だー!!」
「知らないお兄ちゃんも居るよっ!!」
……なんか変なのがあったのは気にしないでほしい。
意味がわからないガーネストとリアンが首を傾げ、リフは面白そうに笑ってる。
俺やリフは何度か訪れている馴染みの孤児院だが、ガーネストとリアンは初めての訪問だ。
大丈夫、お前も後で洗礼を受けるから。その内わかる。
敷地内に入れば、まだそわそわしていながらも姿勢を正し、声を潜める子供たち。
「さぁ、皆さんご挨拶しなさい」
「いらっしゃいませ。ようこそおいでくださいました!」
練習したのだろう、声を揃えて一斉に頭が下げられた。若干ズレてるのはご愛敬だ。
「久しぶりだね、元気にしてたかな?」
「はいっ!!」
「上手に挨拶出来たね。楽にして構わない、こっちのお兄さんたちも優しいから平気だよ。こちらが私の弟のガーネストで隣がその従者のリアン」
声を掛ければ、たちまち子供たちは燥ぎだす。
「カイザー様遊んでー!!」
「弟っ?!似てないっ!キラキラしてるっ!」
「従者様っ?!」
きゃらきゃらと纏わりついてくる子供たちにガーネストたちはちょっと困惑気味だ。
別に俺は気にしないが…………他の貴族相手に子供たちが罰されたりしては大変なので、一応礼儀は守らせている。
相手の許可が出るまではお行儀良く。
なので許可が降りた途端、彼らが突撃してくるのはお約束。
「いけませんよ。公爵様たちは大事なお話があるんですから」
「「「えー!!!」」」
シスターの窘めに子供たちは大ブーイングをあげた。
「わがまま言わないのっ!カイザー様たちは私たちが安心して暮らせるように、お話ししに来てくださったんだからっ」
腰に手を当てて年少組を叱りつける年長の少女はこの孤児院の古株だ。
しっかりものの少女が宥めてくれている間に、俺達はシスターと奥の部屋へと向かう。
通りすがりにわんぱくな少年の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「遊ぶのはまた後で。シスターとお話ししてる間に、今日読むご本やなにをするかを相談しといてくれるかい?」
「うんっ」と大きく頷いた頭をもう一つおまけに撫でた。
「いつも有難う御座います。あの子たちは本当にカイザー様たちが大好きで、よく次はいつ来るの?って聞いて来るんですよ」
「それは嬉しいな」
シスターが淹れてくれたお茶と手作りのクッキーを頂きながら、孤児院の経営や困りごとについて話を聞く。
経営は決して楽ではないが、巣だった子供たちや周りの住民の援助もあり取り立てて大きな問題ごともないようでなによりだ。
基礎的な読み書きの導入や、地域への就職口の斡旋、地道に進めてきた政策も少しずつではあるが根付いて成果が出つつある。
さて、小難しい話が終わったら子供たちの元へ。
「さぁ、ガーネストには子供たちの洗礼が待ってるよ」
「洗礼、ですか?」
________洗礼。
大きな瞳がじぃっとガーネストを見上げる。
うんうんと頭を捻り、ひそひそと言葉を交わし、またじぃっと観察。
「髪の毛がキラキラしてきれいだから“光の王子様”がいいと思う!」
おおっと、それは俺がティハルトに密かに付けた名じゃないか。
「えー、ありきたりじゃない?“シャイニングスター”とか」
横文字きたー。
「瞳が赤いから“ルビーアイ”とか恰好ぇと思う!!」
残念。
同じ赤でもガーネットなんだな、惜しい。
洗礼、それは子供たちによる渾名という名付である。
顔を突き合わせて協議した末、
「光の王子様ー!!」
ガーネストの渾名が決定したようだ。
なんてこった、ティハルトと被った!
なんならダイアもそれ系だけど。
「……ひ、光の王子様??」
困惑顔のガーネストの肩をぽんぽんと叩く。
「ちなみに私は“闇の貴公子”らしいよ」
苦笑いしながら告げればガーネストとリアンが「や、闇の貴公子…」と呟いた。
「他にもねー“しっこくの王子様”とか“夜のていおう”とか“めいふの王”とかいっぱい考えたけどねっ、“闇の貴公子”様になったのー!」
「見事に暗黒系ばっかですね……」
思わず……といったリアンの呟き。
それな。
子供って素直だよね……。
忖度ない率直な印象がそれなんですね……。
まぁぶっちゃけ“夜の帝王”じゃなきゃなんでもいい……それはなんか別の意味っぽくて嫌だ。
「なぜ、兄上が暗黒系ばっかりなんだ…?」
子供たちに視線を合わせて我が弟・ガーネストが問いかける。
それはね、黒いからだよきっと。
服も髪も、あと印象。
「カイザー兄上は黒のお召し物がとてもお似合いだが、とても優しい方だ」
ほろり。
ウチの弟が良い子すぎて好き。
「知ってるー!!カイザー様優しいから好きっ!!」
「キレーで冷たく見えるのに優しいとか美味しい!」
「お、美味しい??兄上は食べ物ではないぞ?」
「天然も美味しい」
頭に疑問符をいっぱい浮かべてる無垢な弟と、そんなガーネストを見て満足気にうんうんと頷く幼女たち。
………なに、この絵面??
そして幼女たちの将来がちょっと心配になるんだけど……。
一方、もう一人の新参者のリアンはというと。
「従者様だ……」
「でも、こっちのお兄さんは普通そうだよ……?」
「ばかっ、従者様だぞ?きっとすごいに違いない。あれだ、世をはばかる仮の姿ってやつだ」
「見かけに騙されちゃいけない」
「えっと…あの?」
こっちもこっちで子供たちに翻弄されていた。
助けを求めるようにこちらを見られたが、ゆっくりと首を振る。
ごめんな、リアン。けど俺にもどうしようもないんだ。
あれは同じくリフが渾名の洗礼を受けようとした時のことだ。
従者だと紹介したリフを前に戦慄が走った。
「じ、従者っ!?」
「主のためなら何でもするというあのっ……。陰の支配者っ!あれだ、家事から暗殺から何でもこなすんだよな」
「違うよっ、それはひつじだろ」
「ひつじじゃないよ執事だよ」
「執事様と従者様ってどこがちがうのー?」
「よくわかんないけど。でもすごいんだよ!逆らったら死あるのみってやつだ」
……………この子らの中の執事とか従者の定義ってどうなってんの?
「私はそんな凄い存在じゃないですよ」
にこやかに謙遜したリフさんですが、そんな凄い存在である気もしなくもない。
あれ、子供たちの評価あってる??
俺に悪戯を仕掛けようとした子供をリフが凄みのある笑顔で窘めたその時から、彼は“従者様”の称号を揺るぎないものとした。
そして子供たちの執事と従者に対する信仰も固いものとなった……。
そんなわけで従者であるリアンの呼び名も“従者様”で決定。
世を憚ってないよ?
リアンは普通に癒し系だよ?
賑やかな時間を過ごし、帰りの馬車に再び揺られる。
「カイザー兄上」
なにやら畏まった顔をしたガーネストが背筋を正して向き合う。真剣な顔を見返せば、彼はこくりと喉を鳴らしはっきりと口を開いた。
「俺、公爵を継ぎたいです」
燃えるように鮮やかなガーネットの瞳から眼を逸らさず、続きを待つ。
「兄上たちに仕事を教えて頂いて、災害にあった地や今日の孤児院、様々なところに視察に同行させて頂いてその想いが強くなりました。自分の行動で救える命がある、変えられる未来がある。それならば行動をしたいと思いました」
真っすぐな瞳は、強く美しかった。
「カイザー兄上に比べれば俺なんて」
「ガーネスト」
決意が聞けたなら、その先は要らない。
謙遜も遠慮も謝罪も、必要はないから。
「立派になったね」
眩しいものを見るように微笑んだ。
「覚悟を決めてくれて嬉しいよ。どうか君の未来とこの国の未来に光あらんことを。きっと領地の先行きも明るいだろう。なにせガーネストは“光の王子様”だからね?」
茶目っ気を含ませてクスクスと笑う。
「必要な事があればいつでも力を貸すよ。困ったことがあればいつでも頼りなさい」
「はいっ!!」
輝く笑顔で返事をしたガーネストは小さな頃から見慣れた笑顔で。
だけど小さな弟ではなく、もう立派な一人の青年だった。




