殺戮の天使
なにやらご立腹な我が家のお姫様。
ちょ、マジなんでっ?!さっきまで普通に天使だったじゃんっ?!
『強制力』?
ゲームの『強制力』なのっ?!
ヒロインと出会ったら、問答無用で悪役令嬢フラグが発生しちゃうのっ??
「べ、ベアトリクス?」
おろおろと伸ばした手が華奢な肩を掴む寸前、カッッと瞳を開いたベアトリクスは突き付けた指もそのままに言い放った。
「カイザーお兄様は“私の”お兄様ですのよっ!!お兄様は私とガーネストだけのお兄様なのにっ、いきなりお兄様を「お兄様」呼びなさるなんてどういうおつもりっ?!」
………お兄様が軽くゲシュタルト崩壊してる……。
マンガならば「ビシィィッ!!」とか「どどんっっ!!」とか効果音背負ってそうな勢いで、そう言い放ったベアトリクスに思わず伸ばした手が固まる。
違った。
全然悪役令嬢フラグとかゲームの『強制力』とかじゃなかった。
ただのブラコンだったっっ!!!
そしてそんなブラコン発言を喰らったヒロインはというと。
「……兄?ってことは、あの『無能』で空気な……」
「今、なんとおっしゃいましてっ?!」
呆然としたように呟いたヒロインの発言にベアトリクスの怒りが勃発し、ガーネストと大喧嘩した時よりも荒れてる妹の華奢な身体を今度こそ捕まえた。
そしていつの間にかギャラリー多数。
まぁ、ただでさえ目立つ上、廊下で揉めてたら当然だわな。
ゲームと異なるとはいえ、こんな場所でベアトリクスの立場が悪くなるのは頂けない。
「ベアトリクス、落ち着きなさい」
「でもっ、あの方、お兄様のことをっ……」
「大丈夫だから。ね、落ち着いて。私の為に怒ってくれて有難う。だけど私は気にしてないから、ベアトリクスがそんな風にクラスメイトと喧嘩することなんてないんだよ」
「あ、あの……」
トントン、と妹の背を叩いて宥めていたところにかかった声に顔を向ければ、青い顔をしたヒロインが居た。周りを見渡せば彼女へと向く非難の眼。
あちゃーと思っていると潔く彼女が頭を下げた。
「ごめんなさいっ!!失礼な発言をして申し訳ありませんでした。その……耳にした噂と全然違ってたから思わず吃驚しちゃって……つい。別に侮辱する意味は一切なかったんですっ!お兄様って言っちゃったのも「そこのお兄さん」的な呼び掛けのつもりで、ただものすごく美形で高貴な雰囲気だったから思わずお兄様呼びになっただけで……。
つまりは、別にベアトリクス様たちの気分を害させるつもりは全然、これっぽっちもなかったんですっ!!!」
怒涛の謝罪にベアトリクスも虚をつかれたのか、すとんと落ち着いて「あら」と呟く。
「そういうことでしたの。でしたら私も言い過ぎましたわ、ごめんなさい」
頬に手を当ててしゅんとしながら頭を下げるベアトリクスにヒロインが慌てる。
「い、いえ。こちらこそ本当に申し訳ありませんでした」
『ど、どういう事よっ?!なんで悪役令嬢が私に謝ってるの?しかもしょんぼりした顔、可愛いし!っていうか、あの超絶美形何者よ?ベアトリクスの一番上の兄って『無能』で空気なモブでしょうっ?!隠しキャラっ?隠しキャラなのっ?!
あれが噂の裏隠しルート?!いや、でも私まだなにもしてないし。なんでいきなり裏隠しルート発生してるわけっ?!
はっ、もしかしてもう一人のヒロインがなにかルート開拓した??そもそもなんでヒロインが二人居るのよっ?!!もー、意味わかんないんですけどっっ!!!』
そして普通に転生者ですね、あのヒロイン。
サスケが言ってたリリアに雰囲気が似てる子って、確実にこっちのヒロインですね。リリアよりは断然猫かぶり上手だけど。
それにしてもサスケは心の声聴こえないのによくわかったなー。
そしてアレですね。
俺が言うのもなんだけど、転生者って心のテンション高いよね。情緒不安定なのかな?
ヒロインとベアトリクスが仲直りしている間にガーネストたちもやって来て、いざ食堂へとなったところで切羽詰まった声が響いた。
「ベアトリクス様っ!」
必死な表情をしたヒロインがベアトリクスを呼び止めていた。
「そのっ、ご迷惑なのはわかってるんですが……私もご一緒しては駄目でしょうか?まだ食堂の場所とかもよくわからなくて……」
不安そうに指先をもじもじさせながら上目遣いで見上げるヒロインに、ベアトリクスは「まぁ!」と手を叩いてにっこりと笑った。
「そうでしたわね。リリー様たちは高等部からの編入で勝手がわかりませんものね。宜しかったらナディア様もご一緒いたしませんか?私、お二人と是非仲良くなりたいですわ。ねぇ、お兄様たちも構わないでしょう?」
目の前のヒロインへ、そして近くにいたもう一人のヒロインへと綺麗な笑顔で微笑みかける悪役令嬢に、リリー嬢の可憐な笑顔が盛大に引き攣っている。
『本当にどういうことなの?!悪役令嬢が普通に天使なんですけどっ?!』
うちのベアトリクスはマジ天使、とリリー嬢の心の声にうんうんと頷く。
「宜しいんですか?まだ親しい友人が居ないので嬉しいですっ!」
亜麻色の長い髪をした活発そうなヒロイン・ナディア嬢は弾んだ声でベアトリクスやカトリーナ嬢と会話を始めた。
……こっちの子は普通のヒロインっぽいな。
「取り敢えず、昼休みが終わってしまうから食堂へ向かおうか」
そしてわりと大所帯で食堂へ。
顔面偏差値の高さがハンパない。そして周囲の注目度もハンパない。
食事をしつつ、会話は自然に自己紹介となった。
「先程も自己紹介しましたが、音楽を担当するカイザーです。音楽は選択授業だけど、もし選択するようなら宜しくね。ちなみにガーネストとベアトリクスとは兄妹です。」
「二年のガーネストだ。生徒会長をしている」
「ガーネストのクラスメイトのダイアです。二人ともベアトリクスのことを宜しくね」
「ベアトリクスと申しますわ。リリー様、先程はごめんなさいね。リリー様もナディア様もこれからよろしくお願いしますね」
「カトリーナと申します。私もお二人と仲良くしたいですわ」
「こちらこそ宜しくお願いします。ナディアです。学園のことは全然わからないし、貴族のしきたりとかもまだまだ疎いので色々教えてくれると助かりますっ!」
「……リリーです。宜しくお願いします」
リリー嬢が悶えてる。
『と、尊いっ………!!絵面の美しさがハンパない!!ガーネストもダイアもめちゃくちゃ恰好いいしっ!!ベアトリクスはゲームより可愛いし!!ヒロインもマジ可愛い!!ナディアちゃんていうのね、オーケー覚えた!
そしてゲームスチルなかったカトリーナちゃんも可愛すぎるし、なによりっ!!あのお兄様っ!!超絶綺麗で恰好よくて色っぽいんですけどーー!!!
なんなの!この尊い絵面っ!!ただでさえ、あのイラストレータは神絵師で好みドンピシャなのに、それが動いて喋ってるとか……もう軽く死ねる』
死ぬな……!
『サフィアもガーネストもダイアも出会いイベント起きないし、微妙にキャラ違うし、ベアトリクスとか別人だけど許す!もうなんでもいい。好きなキャラたち眺めてるだけで倖せっ!!』
口元に手をやっているのは、あれ実は口じゃなくて鼻を抑えてるんだろうか?
大丈夫、鼻血出そう?ティッシュいる?
「リリー様?どこかお具合でも悪いですか?」
「ぐふっ」
心配そうにのぞき込んでくるベアトリクスにリリー嬢が呻いた。
ベアトリクス、それ追い打ちだから。
そっとしててあげて。
「具合が悪いなら医務室まで運んでやろうか?」
「……っ!?」
立ち上がりかけたガーネストにリリー嬢がブンブンと激しく首を振る。
ガーネスト、恰好いいけど横抱きとかしたらリリー嬢マジで気絶するからね。
やめたげて?
今日もウチの子たちが天使。
そして、無邪気かつ無意識に殺しにかかってますね。




