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ブラック・スワン  ~『無能』な兄は、優美な黒鳥の皮を被る~   作者:
本編

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32/210

圧倒的ダークサイド感

 

 (くし)を通される度に艶を増す射干玉(ぬばたま)


 丁寧に(くし)を入れられた黒髪の間を、長い指が器用に踊る。

 癖のない真っすぐな髪はあまりヘアアレンジには向いていない、指通りの良い髪はサラサラとすぐ零れ落ちてしまうからだ。緩んでしまわぬよう、少しきつめに編み込まれていく黒髪をなんとはなしに横目で見ていた。


「出来ました」


 離れていく器用そうな長い指。

 完成を告げたリフの声には満足そうな色が含まれており、俺は立ち上がって姿見の前に立った。


 イメージとしては軍服。


 黒を基調とし、胴体前面に横向きの飾緒(しょくしょ)が複数本付くデザインの所謂(いわゆる)肋骨服。右肩には漆黒のファー、左半身へと流したマントの色は臙脂(えんじ)

 左肩からマントと服を繋ぐチェーンはシルバーだが、それ以外の飾緒や(ボタン)は輝きを抑えた金を(しゅ)としている。


 髪型は(うなじ)の辺りで緩く結んで肩から垂らしているところはいつも通りだが、左側のサイドを前髪から編み込んでいるのでいつもとは若干(じゃっかん)違う雰囲気だ。

 前髪を編み込むことで露わになっている左耳には、紅玉のあしらわれたシルバーのちょっぴりゴツめのイヤーカーフが存在を主張していた。


 うん。似合ってる。

 間違いなく似合ってるし、自分でいうのもなんだが超絶美形。


 客観的評価で別にナルシストではないからな!!


 どこのヴィジュアル系だ!!

 そう叫びたくなる出来栄えである。


 なんだ?

 今からPVの撮影か?


 内心でそんな突っ込みをいれるものの、鮮やかな色彩が似合わないんだから仕方がない。

 同じ美形でもティハルトやガーネストたちのような王子様オーラやアイドル的華やかさが俺にはない。


 圧倒的ダークサイド感……。


 しかも中身がこんな感じ。


 ないわー。

 せめてもっとお調子者キャラっぽい容姿だったら、内面(さら)しても違和感なかったかも知れないけど……ないわー。

 外面と内面の落差が凄すぎる。


 鏡に映る自分の姿に、俺は改めて本性を偽り続けることを誓った。


 自分の姿に色々思うところはあったが、着飾って一層可愛らしいベアトリクスに「お兄様格好いい!!」って頬を染めて絶賛されたから良しとする。



 馬車に揺られること数刻、辿り着いた先は王城だ。


 可愛い妹の手を取りエスコートする栄誉に身を委ねながら、ビロードの敷かれた階段を登る。


 それにしてもガーネストもベアトリクスもマジ華やか、あと義母上も。

 俺のダークサイド感が際立ちますね。


 扉をくぐれば、そこは夜の静けさとは裏腹な華やかな空間が広がっていた。

 煌びやかなシャンデリアの光を受けて輝くシャンパングラス。招待客である着飾った紳士淑女に場に華を添える軽やかな音楽。(ぜい)を凝らした料理と極上の美酒。


 向けられる幾つもの視線をまるで気にしていないように歩を進める。

 まだ夜会に慣れていないベアトリクスが沢山の視線に怯んだのを感じて、妹の手の甲をそっと撫でた。


「とても綺麗だよ。沢山の人が見惚れている」


 視線で周りを示して耳元で小さく囁けば、緊張が解けたのか口元を淑女らしく覆ってクスクスとさざめくように笑う姿が可愛い。


「お兄様こそ、女性たちの視線がみんなこちらへ向いてますわ」


「ん?大半はガーネストに見惚れているんじゃないかな?」


「そんなわけないでしょう。兄上はあまり夜会などに出られないから尚更ですね」


「それは私だけじゃないだろう。ほら、あちらの若いご令嬢などは確実にガーネストを見つめているよ?」


 沢山の老若男女の視線を受けながら、小声でそんな他愛のない会話を交わす。



 そして現れた本日の主役。

 楽師たちが一斉に曲を奏で、居合わせた人々の視線が一斉に大広間の大階段へと向けられた。


 純白の正装を纏ったティハルトの王子様オーラがすごい。


 生粋(きっすい)の王子だけど……。

 そして数週間後には王様だけど。


 そしてそんな彼に手を引かれるのは、なんとも迫力系美女だ。


 波打つ豊かなバイオレットの髪と豊満な肉体。紫紺の瞳は蠱惑的で、その表情は美と自信に満ちている。

 女王然としたその女性はティハルトの妻のアイリーンで、隣国の王女にして数週間後にはこの国の正妃となる女性だ。


 親密そうに降りてくる二人の絵になること。


 べ、別に親友が超絶美女と結婚したからって、悔しくなんてないんだからなっ!!


 そして今日は、そんな羨ましい親友ことティハルトの誕生日パーティーである。


 盛大過ぎる誕生日パーティーに前世の感覚がショート寸前だが気にしたら負けだ。誕生日パーティーとはケーキに蝋燭立ててお祝いするもんだと思っていたが、伊達(だて)にカイザーとして二十年以上生きてきたわけじゃない。遠い目にはなれど多少は慣れた。


 そつなく挨拶を交わし、親友を寿ぎ、グラスを交わす。


 ガーネストたちとも離れ、招待客と談笑を交わしたり、時々聴こえる心の声に顔が引き攣るのを必死に抑えたり、アイリーンをはじめ数人の女性とダンスに付き合い、女性に群がられ内心怯えたりしてる時にそれは起こった。


 直前までヴァイオリンを奏でていた貴族の男が、演奏を終え拍手を浴びながら俺へと近づいてきた。なんだか胡散臭(うさんくさ)い笑みを浮かべて……。


「ルクセンブルク公爵」


 揶揄(やゆ)を含んだ呼び掛け。


「ああ、ルクセンブルク公爵()()でしたね。これは失礼。ルクセンブルク公爵代理も一曲いかがですか?貴殿の演奏を聴きたい淑女の方々も多いでしょう。ご友人たるティハルト様の為にも是非(ぜひ)一曲捧げてみてはいかがでしょう」


『完璧な私の演奏の後では恥を掻くだけだろう。どう断る?それとも(つたな)い腕前を晒すか?』


 はい、ムカつきますね。

 心の声が聴こえなくても、コイツが俺のこと嫌いなのは丸わかりですが。


 わざとらしくヴァイオリンを差し出してくる男は音楽に縁のある家柄で、余程自分の腕前に自信があるのだろう。


 そして俺が嫌い、と。


 確かに演奏の腕は良かった。音は良い。技術もある。

 それは認めるが自分の主張が煩くて、音楽としてはあまり惹かれるものはなかったがな。


 喧嘩を売られた俺はちらりと会場を見渡した。

 視線が捉えたのは……目当ての人物。


折角(せっかく)ですが……」


 やんわりと差し出されたヴァイオリンを押し返した。

 残念そうにしながらも男の口元が愉悦に歪む。

 その唇が三日月を刻む前に、広間の一角に陣取った楽師へと視線を向けた。


「ヴァイオリンよりもピアノの方が得意なので、ピアノをお借りしても?」


 首を傾げれば慌てて楽師がその場を空けたグランドピアノへと、ゆっくりと歩みより椅子へと腰かけた。

 肩のマントが邪魔なので一度取り外し、軽く手首を廻しながら呼吸を整えた。


 女性に触れるように優しく、白と黒の鍵盤へと指を下ろす。

 ポロン、と零れる音色。

 最初は優しく、穏やかに。戯れるようなタッチで。


 指はやがて滑らかに鍵盤(けんばん)の上を駆け、旋律は徐々に軽やかに。軽快な音色はやがてもの哀しい印象へ、嘆くように、深い慟哭(どうこく)を抱くように。

 和音を交えた静かな音色が先程とは一転して静かに、美しく響く。

 湖に揺らぐ月光のように儚いそれはやがて荘厳さを帯び、鍵盤を叩く指の力が増していく。激しさを増す曲調に低音域から高音域まで長い指が舞い踊り、華やかで荘厳な旋律はやがてクライマックスを迎えた。


 一際強く鍵盤(けんばん)を叩く動きに背がしなり、長い黒髪が揺れる。

 名残惜しむように柔らかな音色と共にそっと鍵盤(けんばん)を離れる指先。


 拍手はなかった。

 声も、呼吸の音すらも聴こえない。


「我が親愛なる友にして、次期王たるティハルト様に捧げます。ご生誕、心よりお慶び申し上げます」


 右手を肩に添え一礼すれば、瞬間、爆発的に拍手が鳴り響いた。


 感嘆と称賛を浴び、手にしたマントを羽織りつつ男を横目で見れば目も口も見開いて呆然としていた。

 にこりと優雅に微笑みかけつつ、内心で舌を出す。


 残念でした。


 俺は前世でもピアノを(かじ)ってたし、今世では超一流の芸術家を家庭教師にして幼い頃から才能を伸ばしてたんだ。他の楽器も習ったけど、やっぱアドバンテージがあると違うよね。

 前世の腕前はさほどではなかったけど、初めて楽器に触れる子供としては上手いわけで。出来て褒められれば意欲も沸く。そんなこんなで一番力を入れたのがピアノだ。


 ちなみに前世ピアノやってたのは姉の影響です。

 小さい子ってお姉ちゃんとかがやってると「自分もやるー!」っていったりするじゃん?覚えてないけどそんな感じだったらしい。



 口々に褒めたたえる人々をそつなく(かわ)しながら、俺は目的の人物へと歩を進めた。



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