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ブラック・スワン  ~『無能』な兄は、優美な黒鳥の皮を被る~   作者:
本編

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29/210

適正があるのは騎士か女優か



 ティースタンドに並ぶ可愛らしいケーキや焼き菓子。


 刺繍が施されたテーブルクロスは眩しいほどの純白で、繊細な細工が施された豪奢なティーカップは思わず扱いが慎重になるほどの高級品だ。


 日差しを受け、鮮やかに咲き誇る花々は美しく、だけど自然の美しさとは違う人の手によって整えられた整然とした美を主張している。

 当たり前だ。だってこの庭は、無駄な雑草を省き小さな蕾を間引き、貴人の瞳を楽しませるために、大輪の華のみが咲くことを(ゆる)された庭なのだから。


 城の庭園で行われるガーデンパーティー。


 さざめく笑い声。囁き、声よりも雄弁に多くを語る瞳と視線。

 貴婦人たちが身に纏うドレスは庭の花々に劣らず艶やかで色とりどりで…………美しく着飾り、笑顔を振りまくその様はどこかこの庭園と似通っている。


「さぁ、カイザー様どうぞ」


 艶やかな紅を刷かれた唇から零れた声と共に差し出された菓子を受け取り、ついでのように色を含んで向けられた流し目と、絡みつこうと伸ばされた腕をさり気無く(かわ)した。


 交わされる会話は好奇に満ちた噂話。嘲笑、自慢話にいっそ被害妄想に近い他者への悪口から流行、ゴシップと沈黙が下りる(いとま)もない。


 華やかな茶会は目に麗しく、芳しく、そしてどこか(いびつ)だ。

 美しい微笑みに棘を隠し、鈴の音のような声でときに毒を紡ぐ大輪の華。

 色鮮やかな羽で軽やかに舞いながら、蜜に群がる艶やかな蝶。


「ねぇ、ご存じ?」


 紅を刷いた唇が弧を描く。

 囁くように紡がれた声と共に腕に押し付けられた柔らかな膨らみに、身を引こうとした身体が次の言葉に思わず止まった。


帝国(アンジェス)の落とし子が見つかったそうですわよ」


 興味を見せた俺に気を良くしたのか、豊満な胸を押し付けたまましな垂れかかってくる女性。囁きが聞こえたのか、すぐに他の貴婦人らも会話に加わってくる。


「本当なの?良く噂は耳にするけど、たいていはデマばかりじゃない」


「あら、本当よ。確かな筋からの情報だもの。現に今その子の保護に乗り出しているらしいわ」


「わたくしは実は男児が生まれているって話を耳にしたわ」


「それはさすがにないでしょう。アンジェスの皇子が誕生しているなんて話になったら、大騒ぎどころの話じゃないわ」


「でも私もその話は聞いたことがあるわ。しかも二人。大方“神の国”の再建を願う連中の世迷いごとでしょうけど」


 艶やかに(うごめ)く紅い、紅い唇たち。

 そこから零れ落ちる言の葉たちに耳を傾け続けた。



 疲れた………。


 やっていたことといえば、座って茶を飲んでいただけ。

 なのにこの疲労感はなんなのか。

 精神的な疲労に思わず丸まりかけた背を気合で伸ばすも、張り付けた笑みに頬の筋肉が若干引き攣っている気がする。

 磨きに磨いた俺の表情筋にすらダメージを与えるとは、貴婦人とは恐ろしい生き物だ。


 別に茶会はいい。

 男として綺麗な女性に囲まれるのも、ぶっちゃけ(やぶさ)かではない。


 ただ、あの圧が…………。

 茶会に限らず、夜会、その他においても近頃妙齢の女性からのアプローチがとんでもない。ぐいぐいくる。なんなら既成事実を作り上げようとする方すらいます。怖い……。


 あれだ、逃げられると追いたくなる、ってよくいうけれど。

 追われると逃げたくなるもんなんですよ。獲物側としては……。


 ただでさえ大抵の男は女性の駆け引きとか苦手なんだよ。

 しかも俺の場合は前世の姉達の影響で、押しの強い女性に若干の苦手意識があるうえ、所詮(しょせん)男は女に勝てない生き物なんだと魂に強く刻み込まれているのである。


 しかも副音声で心の声まで聴こえちゃうし……。


 そんなこんなで疲労感を抱えながらとぼとぼと歩いていると、前方に見知った顔を見つけた。


「よぉ!カイザー」


「お久しぶりです」


 片手を上げて爽やかに挨拶してくる男は、騎士団の若き副団長だ。


「随分疲れてるな。茶会の帰りか?色男」


 近寄ってきた男の揶揄(からか)いの言葉は纏わりついた女性の香水によるものだろう。苦笑いすることで返せば男、ディークはこちらを覗きこんでニィッと笑った。


「お前もう帰り?どうだ、お疲れついでにどうせなら身体も疲れてみないか?久しぶりに付き合えよ」


「構いませんよ。ですが本職の騎士、それも副団長様のお相手なんてとても務まりませんから、お手柔らかにお願いしますよ?先輩」


「よく言う」


 俺の言葉にディークは笑って踵を返した。


「副団長の威信に掛けて手なんて抜けるかよ。お前には勝ち逃げされた経験があるからな。再戦を待ち望んでたのに高等部では闘技会出場しねぇし」


 頭の後ろで腕を組んで、恨めし気に寄せられた視線には苦笑いしか返せない。


「父の具合が悪く、余裕がなかったので」


「色々大変だったもんな」


 先輩、と呼んだ通りディークは学園での先輩に当たる。学年は二つ上。


 ディークは初めて学園で参加した闘技会での決勝戦で相手だ。例の疲労骨折の時のね。

 ぎりぎりの勝負でなんとか勝利を得た俺は、一年生での優勝を遂げた。

 騎士を目指しているわけでもない俺の参戦に反感を買うことも予想していたが、騎士志望の対戦者たちは実力主義の気のいい連中が多く、予想に反してその後もいい関係を保てた。


 ほぼ全員に再戦を申し込まれたが……。


 ディークは中でも三年だったため、翌年は高等部へ進学。俺が高等部に上がった三年後に雪辱を晴らすつもりだったらしいが、生憎その頃には父さんの具合が悪く家や領地のことで忙しかった。なので高等部では闘技会に参加する余裕はなかったのだ。


 その後もなにかと面倒を見てくれたし、手合わせでは勝敗はまちまち。

 ……とはいえ騎士団の若き副団長として毎日剣を振るっているディークだ。本気を出されてはとても太刀打ちできないだろう。


 辿り着いた鍛錬場には、当然多くの騎士たちが居た。

 副団長はともかく、なぜ俺が居るのかと驚きの視線がちらほらと飛ぶ。


 気を乱して申し訳ない。


「ディーク副団長、剣をお借りしても?」


「別にいいぞー。好きなの使え」


 準備運動中のディークの言葉に甘え、壁に幾本も立て掛けてある剣の中から自分に合いそうなものを選び取った。握り部分も違和感なし、いい感じだ。


「じゃあ、始めるか」


 好戦的な光を宿す瞳と向き合い、剣を構える。



 そして____。



 久々の本気の打ち合いに激しく肩を上下する俺達がいた。


 結果は俺の敗北。

 そりゃそうだ。


 中性的な美貌の俺は一般的に見てそう強そうには見えない。むしろ荒事とは無縁な感じだ。そんな優男が副団長相手にここまで接戦するとは思ってはみなかったようで、目を見開いて驚いている奴らが多数いる。しかもいつの間にかギャラリーが増えてるし……。


「お前、マジで騎士団入れよ」


 額の汗を拭いながら言うディークの瞳はわりと本気だ。


「無茶言わないで下さい。そもそも向いてませんよ」


 軽く返しながら首元の汗を拭う。

 ちなみに何故か顔に汗はかいていない。


 女優になれるかも、俺。

 そもそも性別の時点で無理だけど。


「向いてないわけないだろ!ここまで本職の副団長追い詰めといて!」


「実力云々以前に性格として向いてないですよ。私は副団長や他の騎士の方々のように、崇高な思想も誰をも救おうという覚悟も持ってはいないので」


「そんなことないだろう」


「あるんです」


 所詮(しょせん)は一モブなので。

 俺の目標は弟妹を倖せにすることと、自分もそれなりに倖せに暮らせること。そんなありふれた願いだけだ。


「公爵の爵位も弟に譲る気なんだろ?頭もある、地位もある、力もある。なのにそれ全部活かさないでカイザーはどうするつもりなんだ?」


「別にどうも?私は自分や大切な人の倖せさえ守れればそれで構いませんので。地位も役職もそれを阻むぐらいなら必要ない、それだけですよ」


 俺は庶民派なんですー。


 地位とか役職とか胃がキリキリするだけじゃん!!

 あっ、でも!仕事自体は別に嫌いじゃないから、ガーネストが爵位ついでくれるんなら、お兄ちゃんどれだけでもサポートは惜しまないよ!


「ふーん」


 納得はいっていなさそうだが、ディークは深くは突っ込んでこなかった。


「まぁ、何かあればいつでも相談にこいよ」


 深くは立ち入ってこないのに、頼れば幾らでも力を貸してくれる。こういう面倒見の良さが副団長として慕われる気質なのだろう。


 ぽんっ、と軽く頭を叩かれて懐かしい兄さんを思い出した。



「ところでなんでお前、自分の剣使わなかったんだ?」


「あれで打ち合いはちょっと危険なので……」


「危険?」


「材質に竜の爪を使用してるので、手加減も出来ず剣ごと真っ二つになります」


「おまっ……」


 ギョッとされた。


「お前ふざけんなよ!つか、マジで騎士団入れっ!!」





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