この幻覚が見えるのは俺だけだろうか?
「兄上、今度の休日メラルドを招いてもいいですか?」
夕食後、ガーネストが伺いをたててきた。
「実は、先日メラルドに泣きつかれまして」
異論はないけれど珍しいな、と思っていた俺はガーネストの言葉に納得した。
この時期、メラルドが泣きついた。
それはつまり……。
「今度のテストで赤点を取りそうなので、勉強を教えて欲しいそうです」
だよねー!
いや、一年のテストって入学したてだから割と簡単な筈なんだけど。
しかも初回。
それで赤点とりそうって……。
大丈夫か、二年・三年と一気に難易度上がるぞ?
「なら私もお友達を誘いたいですわ。一緒に勉強会を致しましょう」
「俺やダイアに二年の出題範囲を教えて貰う気だろう?」
「あら、いいじゃない!それに私たちだってメラルド様に去年の出題範囲を教えて差し上げられますわ」
ベアトリクスも勉強が難しくなったって嘆いてたもんね。
「お兄様もお時間があったら顔を出して下さいねっ!」
「わかったよ。頑張りなさい」
これはもう、ダッシュで仕事を片付けるしかないな。
そんなこんなでやってきた休日、ダッシュで仕事を片付けた俺は子供たちが集まってる部屋へと向かってます。
今日の参加者は三年生がガーネストとダイア。二年生がベアトリクスとカトリーナ嬢とサフィア。一年生がメラルド。
学年上位の優等生揃いだね………………メラルド以外。
「こんにちは」
部屋に入った途端、目の前にワンコが突撃してきた。
ピョンピョン跳ねた蜂蜜色の髪に、煌めくエメラルドの瞳のワンコ……ではなく、小柄で可愛い系の少年は、ゲームの攻略対象者・メラルドだ。
元気いっぱいにブンブン振られる尻尾の幻影が見えるんだが……。
「手合わせして下さいっ!!」
「お前は勉強しにきたんだろうが」
ガーネストに襟首を掴まれている姿は、もはや見慣れた姿だったりする。
「相変わらずだね、メラルド」
ワンコ、もといメラルドのお約束な行動に思わず苦笑いしか出ない。
一体誰の為の勉強会だと思ってるんだか。
「勉強は捗っているかい?」
まぁ、このメンバーなら約一名以外は順調だろうが。
ガーネストに連れ戻され、ショボンと机にへたりついてる約一名の頭上には、垂れさがった耳が見える。
なんてはっきり見える幻覚………………。
「こちらにお座り下さいカイザー兄上。幾つか質問してもいいですか?」
そう言ってガーネストが引いてくれた椅子は彼らの側、俗に言うお誕生日席に腰かければベアトリクスから抗議が上がった。
「狡いですわ!私だってお兄様にお聞きしたい所がありますのに!」
「お前の範囲なら俺が教えてやれるから別にいいだろう」
「そういう問題ではありませんの」
きゃいきゃいと言い合う弟妹たち。
パッと見は喧嘩してるように見えるが、言ってることは「俺が教えてやる」だし、ベアトリクスも教わることに否定はなし。
俺程ではないにしろ二人も何気にシスコン・ブラコンだよね。
むくれたベアトリクスをカトリーナ嬢がまぁまぁと宥めていた。
「それで、どこがわからないんだい?」
ガーネストの手元の教材へと身を乗り出し解説を加えれば、途中、ダイアからも質問が入りそれにも対応していく。
わからない、といいつつも二人とも頭が良いので、少しヒントを出せばすぐに理解してすらすらと問題を解いていく。非常に優秀な生徒だ。
それに比べ……。
互いに教え合う二年生組の端、突き出した唇の上にペンを乗せたメラルドのやる気のなさ。
「メラルド、大丈夫かい?」
「大丈夫じゃないです。内容もテストの範囲も何もわからないです」
眉を垂れたしょんぼりワンコの発言に頭が痛くなった。
いや、内容はともかく……テストの範囲ぐらいは把握しとこうぜ?
それでも二年生組に去年の出題範囲やポイントを教えてもらい、なんとか勉強に戻るものの……またすぐに意識が他へと移るのが手に取るようにわかる。
注意力散漫な様子に呆れていると…………不意にエメラルドグリーンの瞳がキラキラと輝いた。
『いいなー、ガーネスト様はカイザー様にいつでも手合わせ頼めて。勉強だって教えて貰えるし……。はっ!!そうだ!!ベアトリクス様と結婚すれば、オレもいつでも手合わせして貰えるし“兄貴”って呼べる!!ベアトリクス様可愛いし』
おい。
ぶっとばすぞ、コラ?
そんな不純な動機でうちの可愛いベアトリクスはやらん!!
「ベアトリクス様、ここ聞いてもいいですか?」
輝かせた瞳のまま、いそいそとベアトリクスへ身を乗り出すメラルド。
「それなら僕が教えてあげるよ。ここをこうして、そのあとこれを二乗して……」
そしてベアトリクスへの質問へ滑らかに答えるダイア。
「わかったかい?」
圧を感じさせるダイアの笑顔に「はい」とメラルドはすごすごと引き下がった。
アレ完全に理解してねーよ。
本能の強そうなメラルドはダイアの圧に敗北した。その姿は完全に尻尾を丸めたワンコそのものだ。
「宜しかったら私がお教え致しましょうか?私も数学はあまり得意でないのでお役に立てるかはわからないのですが……」
明らかに理解していなさそうなメラルドを見かねて、優しいカトリーナ嬢が控えめに声をかけてあげている。
そしてカトリーナ嬢が声を掛けた途端、ガーネストがちらっとそっちを気にした!俺は見た!
「数学でしたら僕の得意教科なのでお教えしますよ」
「サフィア様は数学に限らず全教科お得意じゃないですか」
ベアトリクスの言葉に「そんなこと」とサフィアが小さく俯く。
「ずっと学年一位を保ってらっしゃいますものね」
「たまたまです」
カトリーナ嬢の言葉に謙遜で応えるサフィアの表情はどこか困ったような微笑で……ゲームの通り色々抱え込んでるのかなと思わず心配になる。
メラルドだけでなく、女性陣から飛ぶ質問にも丁寧に答えていくサフィアの解説はシンプルでわかりやすい。さすがは頭脳派だけある。
そして先程メラルドのことは露骨に牽制していたダイアは、サフィアには特に反応なし。
やはりあれはメラルドの不穏な下心を感知したからだったようだ。俺と違って心の声聴こえるわけでもないのにな。
あとなんか……ダイアがゲームの性格よりも割と強かな気がちょいちょいする。
その後も勉強会はつづき…………。
「とてもわかりやすい解説ですね。ところで、サフィア様は文学はあまりお得意ではないですか?」
優秀な三年生組からの質問も途切れ、なんとはなしにサフィアの解説を聞いていた俺が発した言葉に彼の動きが強張った。
特に他意はない言葉だったのだが、ショックを受けたような表情にこちらが焦る。
「……はい。他の教科に比べてあまり。どこか、間違っていましたか?」
不安そうな表情に慌てて首を振る。
「いえ、どこも間違いはありません」
やべ……!
唐突に得意じゃないかとか聞いたから、間違えを揶揄されたと思われたのか……。
誤解を払拭するために柔らかな口調を心がけて口を開く。
「細かな解説がとてもわかりやすかったので」
嫌味ではなく、褒めたつもりでした。
「あ、他の教科の説明も簡潔でわかりやすかったですよ?ですが文学は特に間違え易いポイントの解説がわかりやすいなと思って。ベアトリクスたちも気をつけるポイントがよくわかっただろう?」
「ええ、とても参考になりました」
「私もすごくわかりやすかったです」
「僕もなんとなくわかりました。なんとなく……」
「でもお兄様、どうしてそれが得意じゃないと思われることに?」
「自分が出来ることの方が意外に説明が難しかったりするんだよ。普段無意識でやってることを改めて口頭で説明するのは大変だったりするだろう?それと同じだ。出来て当たり前だと何故出来ないかがわからない。逆に自分が苦手だったことは、どこか難しいのか、どこが躓きやすいか経験からよく理解できる」
「「成程」」
「サフィア様の説明はとてもわかりやすかったです。苦手なことを理解され、深い知識として落とし込まれたからこその解説だと思ったんです」
「ありがとう、ございます」
薄っすら頬を染めて礼を告げるサフィアに、ひとまず嫌味疑惑が晴れほっとする。
「苦手なものが苦手なままの場合は、どうすればいいですか~……」
しょんぼりワンコ再び。
うん、明らかに勉強とか苦手だもんね。君。
「なんとか折り合いをつけるしかないんじゃないかな?」
そんな捨て犬みたいな眼で見んな。
「絶対に勝てない敵と出会った時、メラルドはどうする?」
「逃げます。逃げるわけにいかない時は、闘います」
「そうだね、負けが分かって闘うのは勇敢ではなく無謀だし、誇りを掛けて剣をとるなら引くわけにはいかないけれど、逃げていい闘いなら無駄死にする意味はない」
じゃあ、勉強しなくていい?ってキラキラお目々のワンコ。
いや、聞け。
「だけど逃げられない時だってあるだろう?そんな時は相手を凌ぐしかない」
「……(´・ω・`)」
「赤点を取ったら暫くは補習だろう?そんなことになったら毎日鍛錬の時間が削られてしまうよ?それだったら数日間逃げずに勉強を頑張って、その後の鍛錬の時間を確保する方がよっぽど効率的じゃないかな」
『補習?!鍛錬の時間が減る!』
ピンっ、と耳が立った。
可笑しいな、こいつ尻尾も耳も無い筈なのに……めっちゃはっきり幻覚見えるんだけど。
「頑張ります!」
まぁ、やる気になってくれたならいいか。




