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ブラック・スワン  ~『無能』な兄は、優美な黒鳥の皮を被る~   作者:
本編

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26/210

神秘的っていうのは割と碌でもなかったりする

 

 き、気まずい……。


 屋敷内の広い廊下で無言で佇む。

 お互いに軽く目を見開いた状態のまま向き合う俺達の間に流れる静寂。時間にすれば一瞬のそれは、体感的にはとてつもなく長く感じられ、お互い視線を逸らすことさえ出来ずに無言で向き合う。


 ひくり、と震えそうになる頬を無理矢理に微笑みに変えた。


「お久ぶりです、義母上」


「……」


 同じ屋敷で暮らしているのに「お久しぶり」もないなと思いながらも、実際に顔を合わすのは数日ぶりなのだから間違ってはいない。


 書斎のドアを開けた瞬間にかち合ってしまった視線。

 僅かに震えた肩と、大きく見開かれたシトリンの瞳。長い睫毛に彩られた瞳の色はベアトリクスの瞳と同じ色彩で、義母の方がやや神経質そうできつめな印象があるものの、華やかに整った顔立ちも毛先まで手入れの行き届いた綺麗な金髪もベアトリクスによく似ている。


 どこかへ向かう途中だったのだろうか。

 しかもお互い誰もついていないから二人きり……気まずい沈黙にタイミングが悪かったなと思う。


 なぜよりにもよってこのタイミングでドアを開けてしまったんだ!


 無言で向き合うこと暫し、義母の視線が僅かに右へと移された。

 右へ、つまりは俺の左頬へと。


「…………怪我は、治ったようですね……」


 視線を彷徨(さまよ)わせながら、バツが悪そうな小さな声が落とされた。


「はい、この通り。義母上もお手を痛めたりはなさりませんでしたか?」


 気にしてくれていたのだろうか?

 後ろめたそうなのに素直に謝ることも、そのまま流してしまうことも出来ずにいる様が微笑ましく感じられて、にこやかに問い返せばキッっと鋭い瞳で睨まれた。


 しまったっ……嫌味っぽく聞こえてしまっただろうか。


「……平気です」


 返された声音は、なにやら色々な感情を押し込めたような平坦なものだった。


「公爵の仕事をガーネストに手伝わせるそうですわね」


「学園もありますから本格的にというわけにはいきませんが。経験は早いうちに積んでおくにこしたことはないと思いまして」


「本気であの子に爵位を譲るおつもりなの?」


 身長差から上目遣いにこちらを見上げるその瞳に宿るのは、警戒だろうか疑惑だろうか。


「でなければ玉座の前で宣言したり致しませんよ」


 信じられないのも、疑うのも仕方がない。

 だから何度でもそう告げる。

 俺があの子の立場を脅かすつもりはないのだと。


 勿論(もちろん)、ガーネスト本人がそれをどうしても望まない場合は別だけど。


 爵位に興味もなく、人の上に立つ器でもない俺よりもガーネストの方がよほど公爵に相応しい。

 なにせ乙女ゲームの俺様キャラだけあって、今だって生徒会長を立派に務め上げているし、人の上に立つカリスマに満ち溢れた存在だ。

 元々この世界において公爵の地位はガーネストが継ぐ筈だったのだし、なによりゲームの俺様とは違い今のガーネストは人を思いやることも出来る優しい子だ。完璧か……!


 ガーネストが継ぐのを嫌がって、ベアトリクスの旦那様にも拒否られたら継ぐしかないけど……。

 

 嫌だけど……。

 すげー面倒だけど……。


 この世界に転生して二十数年生きてきただけあり、それなりに愛着もあれば使命感もある。ガーネストやダイア達ならともかく、みすみす領民が不幸になるとわかっていて欲の皮の張った親戚共に爵位を譲る程に人でなしじゃない。


 善良な親戚も勿論いるけど……そういう人たちは立場が低い場合が多いんだよなー。

 あれか、権力を得ると共に人は堕落するという典型か。それとも汚い手を使えないと出世は出来んということか。世知辛い。


「それは貴方があの方の子供ではないから?」


「まさか」


 そんな痛そうな表情をするぐらいなら、口にしなければいいのにと思う。


「ならばどうして?」


「私よりもあの子の方が公爵に相応しいので」


「だから何故っ!?」


 聞きたいのはそんな答えではないのだろう。


「貴方はヘレネ様からなにかを聞いているの?」


 ヘレネ、というのは俺の母親の名だ。


「ヴィクター様は、ガーネストではなく貴方を後継者に据える気だったわ」


 押し殺した声音に震える瞳はまるで迷子のようだった。


 義母は今でもヴィクター()を愛しているのだろう。 


 結局、なにも核心に触れないことに痺れを切らして義母は去っていった。


 同じ方向へ行くのも気まずく、開いたドアを再び潜り書斎へリターンし、ドッと襲い掛かる疲労にそのまま閉じたドアに凭れ掛かった。


「あー、もう、本当に面倒」


 前髪をくしゃりと握り、思わず本音が漏れる。


 母親であるヘレネ(女性)は色々と謎めいた人だった。

 貴族の一人娘として生まれ、病弱だったこともあり人前に出ることも(ほとん)ど無かったそうだ。


 碧く透ける神秘的な色合いの長い髪に、白く小作りな顔に深い森を閉じ込めたような深緑の瞳。

 長い睫毛に瞳を伏せ、儚げに佇む姿はまるで硝子細工のようだと評判だったらしい。


 ちなみに俺はパーツ的には父さん似だけれど、雰囲気としては母さん似だ。


 黒髪も父さん譲りだし、全体的な顔だち、特に目元と口元はそっくりな筈なのに……系統としては母さんよりとはこれ如何(いか)に??


 同じ黒髪でも絹糸みたいなこの黒髪と違い、父さんは固そうな毛質でオールバックがダンディーだった。

 顔だって似通ってる筈なのに、俺は中性的なのに対し父さんは男前よりだった。


 もう一度言おう、これ如何(いか)に?!


 対して……母さんとは色彩的には似通ったところのない、むしろ真逆のイメージといってもいい程なのにどこか同種の雰囲気を纏っている。


 (いわ)く、人としてでない、精巧な造り物のようなイメージ。

 要は人間離れした雰囲気だということ。


 だけど…………その雰囲気の一端は、実はしょうもない理由な気しかしない。

 なにを隠そう、母さんも本来の性格と外面が激しく違うタイプだったのだ。


 儚げ?

 神秘的?


 屋敷の中、家族の前の母さんはぶっちゃけ結構はっちゃけた人だった。

 喜怒哀楽は激しいし、幼い息子を抱き上げて「可愛いっ!!」とか叫びつつくるくる回り続けて目を廻したり……。父さんにもめっちゃデレてたし。


 (まれ)に外に出る時にはそんな内面を隠す為か口数も少なく、儚げに微笑んで(本人は多分その場凌ぎで微笑んでるだけ)父さんの傍で佇む姿は、確かに傍目から見れば溶けて消えてしまいそうな儚さを感じさせた。


 つまりは俺と同じく外面取り繕ってるが(ゆえ)に神秘的だっただけな気がする。


 意味深なのは色々隠してるからで…………下手に容姿が整ってるから相乗効果で勘違いされて、さらに本人達がそれを利用してるっていうね。


 幼少期から守り隠すように籠の中で育てられたことも相まって人付き合いも希薄。

 早世してるし身体が丈夫でなかったというのは嘘ではないものの、母さんが外に出なかったのは人嫌いだからな気がする。

 そもそも根っからの病弱にしては行動がアグレッシブだった……。病弱は病弱だったけど、元気なときは元気だったよ。


 さらには貴族の一人娘なら家を継ぐ為にも婿をとりそうなものだが、母さんはあっさりと父さんに嫁いだ。

 母さんの実家は養子縁組した親族が継ぎ、現在は没交渉。


 子を身籠った際にも、まるで人目を避けるように王都から離れ、別荘地で療養をしつつ出産した。

 

 謎めいた神秘的な女性、それが母さんの評価だ。


 そして早すぎる死の後で、俺が『無能』の判定を神殿で受けた。

 結果、謎めいた行動は一気に疑惑へと転じた。


 (カイザー)は不義の子ではないかと。


 口数が少なかったのは父さんと不仲だったからとか、人目を忍んで男を引き入れていたとか、逆に父さんが他の女が居てその子を育てさせられているとか諸々。


 そして、そんな(おり)に後妻として嫁いできたのが義母だ。

 本来なら父さんは義母との家と婚約の話も出ていたらしい。

 家格や跡継ぎのことを考えれば母さんよりも義母の実家の方が相応しいが、母さんと恋に落ちた父さんは母さんと結婚した。


 それだけでも思うところはあるだろうに……母さん亡き後、再び義母の実家から縁談の話が持ち上がった。ましては後妻として嫁いできた義母はまだ十代後半。

 その若さで子持ちの男、しかも姉との縁談を蹴った相手に嫁ぐことになった義母の気持ちを思うとなんともいえない。幸いにも義母は父さんを好きになり、父さんも義母や新しい家族を大切にした。


 そうなると、ネックになるのが俺の存在だ。


 俺が母さんと他の男の子供だとしたら…………、

 母さんが父さんを裏切っていたことも、公爵家の血を引かない子がガーネストに代わって爵位を継ぐのも許せないだろう。


 俺が父さんが他の女に産ませた子供だとしたら…………、

 それは自分や母さんへの裏切りに他ならない。


 もし他所(よそ)の女に産ませた子を前妻(母さん)に自分の子として育てさせていたのなら………。

 その子が自分との間に生まれた子よりも大切だというのなら……。

 その女とずっと関係が続いていたのなら……。


 そんなことは考えたくもないことだろう。

 要するに、義母が俺を(いと)うのは当然のことだと思う。


 これで俺が二人の子だとわかれば、継子()に対する遺恨は完全に消えることはないものの、義母の気持ちは多少なりとも落ち着くんだと思う。

 二人の子であるならば正式な公爵家の後継者だし、父さんも母さんもお互いを裏切ってなんていなかったことになる。


 そしてそれを証明するのは簡単だ。


 何故なら俺が不義の子と見做されたのは、異能を持たない『無能』だったから。

 ならば現在、異能を持ってることを言えばいい。


「それが嫌だからこんな状態なままなんだよな……」


 そう、嫌なのである。


 だって誰が「人の心の声が聴こえるんです」って奴に近づきたいと思う?


 しかも次期王の親友でもあるわけで……。

 そんな奴が心が読めるんだよ?後ろ暗いことのある奴らにとっては目障りなことこの上ない。

 確実に即、暗殺対象になるっての。


 いや、今もどこぞの貴族共に命狙われたりすることあるけどさ。

 自分も、人質として価値のある家族も、今の比じゃなく命を狙われることになる。


 苛立ちに任せてぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜた。


「あ~!!何でもっとマシな能力じゃなかったんだよっ!!!?」


 もっと格好いい異能が欲しかった。切実に。


 なんならリリアの『発光』でもいいから他のに……。

 いや、やっぱアレは嫌だな。



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