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ブラック・スワン  ~『無能』な兄は、優美な黒鳥の皮を被る~   作者:
本編

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24/210

法律違反で捕まったりしないだろうか?

 

 あれから……執務室に移動し、細かな数字とにらめっこしつつ仕事に励んだ俺は、気が抜けるとすぐに緩みそうになる表情を抑えるのに必死だった。


 だって可愛い!

 お兄ちゃんは1000のダメージです。


 もういっそこれが死因でも悔いはない。


 …………いや、嘘だ。

 可愛い妹の悪役令嬢フラグを阻止するまでは死ねん!


 今も粗方の指示を出し終え、頭が一段落した途端に緩みはじめる口元。

 へらへらとにやけた口元は俺のイメージにはあわないので、持ち上げた片手で口元を隠すも緩んだ表情は隠しきれず…………。


「とても嬉しそうですねカイザー様」


 微笑まし気にリフに指摘され、気恥ずかしさが込み上げた。


「ガーネストがね、私を“自慢だ”ってそう言ってくれたんだ」


「左様ですか」


「そうだ、ガーネストに公爵の仕事を手伝って貰うことにしたんだ。本当は一年後、高等部に入学してからと思っていたんだけどね。ガーネストも色々悩みがあるみたいだから、早めに経験してみるのも良いかと思って」


「畏まりました。では手始めに簡単な資料等を用意しておきますね」


「頼む」


 すぐさま必要なものをメモに取り、算段をはじめるリフ。

 リフとの会話は話が早くて助かる。


「ガーネスト様ももう来年は高等部に入学なさるんですね。ベアトリクス様も二年生になられましたし本当に早いものです」


「本当にね。ついこの前まであんなにも小さかったのに」


「お寂しいですか?」


 この手に抱いていた時を思い出して、無意識に胸の前に掲げた両手を眺めていれば悪戯(イタズラ)っぽく問いかけられた。


「少しね」


 いつかあの子たちが俺の手を必要としなくなる日がくるのかと思えば切ない。


「寂しくて、だけどとても誇らしいよ」


 寂しくて、嬉しくて、哀しくて誇らしい。


 なにかを欠いたように寂寥(せきりょう)感が胸を襲うのに、同時に酷く満たされたような……。

 矛盾する幾つもの感情。

 だけど、そのどれもが紛れもない本当の想いだ。


「子の巣立ちを見守る親はこんな気分なのかな」


「その前にカイザー様は婚約者様をお見つけしましょうね」


「……」


 にこやかなリフの一言に無言で撃沈した。


 そうでした。

 まるで子持ちの親のような会話をしているが、実際は23歳・独身・彼女なしです。


 リフだって同じ年だけど婚約者居ないじゃんっ!!とか言いたいけど……。

 や、リフなら本気出せばすぐにでも結婚できそうな気がして、大人しく口を噤んだ。


「……別に結婚しなくても構わないんだけどな」


「それならば私も。カイザー様のお世話をするのに必要はありませんし。ですが、もしいいお相手が見つかられたらすぐにお教え下さいね。全力で見極めと協力をさせて頂きますし、お子が出来るようなら私もお相手を見つけなければいけませんし」


 ……………それはひょっとして、俺の子にもリフの子がついてくれるというお話でしょうか?


 えっ?!

 俺の為に結婚相手見つける気ですか???

 献身は嬉しいんですけど、なんか色々間違ってませんかリフさーーん!!?


 そんな心の中の大混乱が収まるのを待って、居住まいを正し口を開く。


「リフ」


 表情を改めると重々しくリフの名を呼んだ。


「……その……すまない…」


 真っすぐに視線を逸らしたくないのに、後ろめたさにどうしても視線が揺れる。謝るのが狡いと知りながら、それでもリフには精一杯の誠意を尽くしたくて頭を下げた。


 なにが、とリフは聞かない。


 謝罪の理由はもちろん、ガーネストに爵位を譲る件。

 元々リフにはかねてより話してあった。それこそ玉座の前で宣言する前から。


 だけど本来なら爵位を継ぐのは嫡男である俺で、そんな俺に仕えるリフは公爵の従者となる筈だった。

 同じ従者でも誰に仕えるかによって立場は全く異なる。

 リフ本人も、彼の実家だって当然それを想定していた筈だ、なのに個人的な我儘(わがまま)でリフの人生を変えてしまった。


「頭をお上げください」


 本来なら土下座したっていいくらいだけど、そんなことをしても困らせるだけなのは知っているから大人しく頭を上げる。


「貴方様の為に出来る事がある、それが私の歓びです」


 綺麗に背筋を伸ばして胸に手を当てるリフの手袋越しの指が、胸元で輝く交差した剣のブローチへと触れた。


「カイザー・フォン・ルクセンブルク様」


 厳かに紡がれる名。


「それが、私が仕えるべき たった一人の(あるじ)の名です」


 穏やかな琥珀の瞳は、だけど強い意志を持って俺だけを映す。


「命を懸けるべき相手に巡り合えた。私は誰よりも倖せです」


 それは_______覚えがある遠い昔の言葉だ。


 懐かしいその言葉に眼を見開いた俺の前で、リフが音もなく跪いた。

 跪いて尚その顔は伏せられることなく、琥珀の瞳は真っすぐにこちらを見据える。


「我が命、忠誠は唯一人の為に。

貴方様が何を選ぼうと、なにを望もうと私はカイザー様の傍に在り続けます。貴方様の手となり、足となり、全てからお守りする“絶対の盾”となりましょう」


 無意識に名を紡ごうとする刹那(せつな)、落ち着いた声が響いた。


「ならば俺は全てを蹴散(けち)らす刃となります」


 跪いたリフの横に出現した黒い影。


「我が君が憂いなく過ごせる様、全ての敵を(ほふ)りましょう。

あの日の言葉どおり、永久(とわ)に忠義を誓います」


 研ぎ澄まされた刃のような黒曜石の瞳を向けてくれるのはお馴染、我が家の忍者・ハンゾーさんです。


 つか、吃驚(びっくり)した……。

 いつものことですがどっから入ってきました?

 扉も窓も閉まってるんですけど……天井裏?我が家にそんな抜け道が?


 もうこれは全部『忍者だから』って納得するしかないな。

 だって不可思議。


「貴方様のご命令が私達の意思であり使命です」


 色々なことに驚きすぎて思考が斜め上にいってる俺の前で二人は恭しく(こうべ)を下げた。


「何なりとご命令を」


 二人ともイケメンすぎるんですけどー!!!


 頼もしすぎる味方に……はくりと喉が鳴り、歓喜に胸が震える中、心の中で思いっきり叫んだ。


 なんなの?!イケメンか?!

 知ってた!!


 あれか?!

 乙女ゲームの世界の住人は全員“可愛い”か“格好いい”を習得してなきゃ駄目!とかいう法律でもあるんですか?!

 俺、見かけはともかく、中身は大分残念な子だけど大丈夫??


「ハンゾー、戻ってらしたのですね」


「ああ、丁度今戻った所だ。事情はよく分からんが、リフ殿がなにやら忠誠を誓っておられたようなので便乗した」


 二人は意外に仲がいい。

 性格は異なるが忠義に厚い者同士通じあうところがあるのだろうか。


「ところで」


 突如向けられた、ぎろりと殺気を孕んだ視線に思わず肩が跳ねた。


「我が君のそのお怪我は一体?」


 ひぃー!!そうだった。

 いや、違うんですよ?

 大袈裟な手当なだけで、怪我はほんのちょこっとで……。


「なんでもないよ?ただの掠り傷だから」


 そんな言葉を素通りして、説明を求めリフへ向く視線。


 あんな忠義を誓ってくれたのに、俺の言葉は無視ですかっ?!


「少々トラブルがございまして……後で詳しくお話ししますね。怪我自体は幸い大したことはありませんので、その点は大丈夫ですよ」


「御身に怪我を負われること自体が問題だろう」


 ちょ、恐い!!

 リフさんのにこやかな笑顔もハンゾーさんのお怒りも恐いです。


 後でって何?!

 今ここで話そうよ。

 二人の会話とか恐いんですけどー!!!

 お願いだから義母上に報復とかしないでね?!


 とりあえず………………別に傷痕が残ったって男だから気にしないよ、とか言ってる場合じゃありません。

 絶対、絶対っ!傷痕の一つも残さず直そうと心に誓った。


 じゃなきゃ傷痕以前に遺恨が残る……。



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