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ブラック・スワン  ~『無能』な兄は、優美な黒鳥の皮を被る~   作者:
本編

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23/210

クリティカルヒットでした


 パァッンッ!!


 やけに響く破裂音。

 そして……一瞬後に頬に感じたのは痛みよりも熱さだった。


「兄上っ!?」

「お兄様っ!?」

「カイザー様っ!?」


 俺を呼ぶ幾つもの声。


 遅れてやってきた痛み。目の前に立つ相手の華奢な繊手。その指輪にほんの少し赤いものが付いているのを見て、ああ、ひりつく痛みは指輪が引っかかったのかと思う。


 小さく震える手と肩。


「母上っ!!」


 灼熱の瞳を怒りに燃やし、振り上げられたガーネストのその手を掴んだ。


「駄目だよ、ガーネスト」


 無意識に持ち上がったのだろう手を押さえて静かに首を振れば、はっと瞳を見開き唇を噛みしめるガーネスト。


「手が腫れてしまっては大変です。直ぐに冷やす物を。義母上は気が(たかぶ)っておられるようだ。お茶をお淹れして」


 義母のメイドに目配せすれば、慌てて頭を下げつつ義母を部屋へと連れて行く。呆然としたまま抵抗もせずに背を支えられ連れられる女性の姿を見送った。


 それからすぐさま大袈裟すぎる手当を受けた。

 赤くなった頬を冷やされ、指輪が当たった場所がほんの少し皮がめくれ出血していたようで周囲から悲鳴があがる。


 いや、治るから。

 こんな小さな傷すぐ治るから、そんな嘆かないで。


「お兄様のお顔がっ!!」


 泣き出したベアトリクスを宥め、おろおろする使用人たちを落ち着かせ、怒りを燃やすリフたちを諭すこと(しば)し。


 俺の頬はでっかいガーゼで覆われていた。

 どう考えても怪我に見合わぬ厳重すぎる手当……。


「ガーネスト」


 呼びかけにまるで叱られたみたいに肩を震わすガーネストの不安そうな姿は、どこか義母と似ていて……。そんな彼に穏やかな微笑みを浮かべ声をかけた。


「少し、話をしようか。ついておいで」



 向かった先は書斎。


「座って」


 向かいのソファを手で指し示せば、素直に応じるガーネストの表情はいつもと違って覇気がない。


「こうして二人きりで話すのは久しぶりだね」


「……兄上っ、……申し訳ありません!」


 勢いよく頭を下げる金色の旋毛(つむじ)が見えた。それに場違いにも微笑ましさが込み上げる。

 幼い頃はずっと見下ろしてきた旋毛(つむじ)、今はまだ俺の方が身長は上だけど、背が近しくなるにつれ変わってきた目線。きっとその内に追い抜かされてしまうのだろう。


 本当に大きくなったなぁとしみじみと思う。


「頭を上げて。どうしてガーネストが謝るんだい?」


「それはっ……!母上が……それに元はといえば俺の発言の所為(せい)で…………」


「誰も悪くないよ。だからあまり義母上を怒っては駄目だよ」


「ですがっ!!」


「ガーネスト」


「……」


 静かに名を呼べば、口を閉ざしたガーネストに「いい子だ」と微笑む。


 ぴりぴりと僅かに痛みを伝える頬は、痛くなかったといえば嘘になるが……所詮(しょせん)荒事には無縁な女性の繊手。

 竜殺しの師匠を相手にしてきた俺にとっては掠り傷だ。

 むしろ慣れないことをした彼女の方が手を痛めていないだろうか心配だったりする。


 今日は気が立っていたのか、義母はいやに突っかかってきた。

 いつものようになんてことなく受け流していたのだが、そんな罵詈雑言を受け流せなかったのがガーネストだ。

 失敗した、せめて場所を移すべきだった。

 可愛い我が子に詰られた義母は激昂し……結果が元凶である俺へと振り下ろされた繊手だ。


「義母上はガーネストたちが本当に大切なんだよ」


「だからといって、兄上を貶め暴力を振るう理由にはなりません」


「そうだね、暴力はいけない。だけどガーネストもあの時、無意識に手が動いただろう?」


「それは……」


「責めているんじゃないよ。私を守ろうとしてくれたんだろう。義母上もね、きっとそんなつもりじゃなかったんだ。私を叩いた後、誰よりも義母上自身が動揺していた」


 暴力になど縁のない人なんだろう。

 もっと憎しみに満ちた眼をしてくれれば、こっちだって怒ることも出来たかも知れないのに。


「たとえガーネストが正しくとも、今の義母上は聞き入れられるだけの余裕がないよ。ただでさえ心が弱ってる時に、大切な人に責められたら義母上は余計追い詰められてしまう」


 諭す言葉にガーネストは深く俯いた。


 固く握り締められた拳が痛々しくて、席を立ってガーネストの隣へと座る。

 握り締められた拳に手を重ね、そっと開けば掌には喰い込んだ爪の痕が見えた。それが少しでも消えるように祈りながら親指でそっと撫でる。


「……兄上は」


 消えてしまいそうな小さな声。

 途切れたそれの続きをただ待ち続ける。


「どうして、兄上はなにも言い返さないのですか?誰にも、あんな風に貶められる筋合いなんてないのに」


 押し殺したその声は、必死に感情を押し殺しているからこそ、そこに宿った感情を隠すことが出来ずにいて。

 それはきっと、ずっと彼が抱いていてくれた憤りなのだろう。


 そうしてそれすらも嬉しいと思える自分は…………。


「多分、私が冷たい人間だからじゃないかな」


 顔を上げたガーネストのきょとんとした瞳。


「私は優しくないからね」


「そんなことありません!カイザー兄上は誰よりも優しいです」


 俺を擁護してくれるガーネストの頬を撫でて言葉を止める。


「有難う、とても嬉しい。ガーネストやベアトリクス、リフや皆の言動一つで私はとても嬉しくもなる。だけどね、私にとってどうでもいい言葉は少しも心へ響かないんだ」


『無能』と囁く声も、もう聞き慣れて心動かされることすらない。


 ……そもそも俺的には『無能』なままでいたかったと思う時がしばしばあるしな。


「自分にとって大切な相手とそうでない相手の割り切りが激しいんだろうね。あ、だからと言って義母上は嫌いではないよ?だけど、自分がどうあるかはもう決めてしまってるし、なにを言われようと私の在り方を変えるつもりはないから、罵倒は聞き流してしまってるんだ」


「母上のこと……本当に嫌っていないのですか?」


「まさか」


 え、ガーネストは俺が義母上嫌ってると思ってたの?!


「だって……いつも母上は酷いことばかり……。公爵家を支えてるのは兄上なのに」


「まぁ、私を疎ましく思う義母上の気持ちはわからなくないしね。だけど私は義母上にとても感謝しているよ」


「なんで……」


 驚いた顔をするガーネストにこっちの方が吃驚(びっくり)です。

 なんで、ってそりゃぁ……。


「それは勿論(もちろん)、義母上はガーネストとベアトリクスという掛け替えのない弟妹を私に与えてくれた方だからね。なによりも大切な者を与えてくれた方だ」


 もはや聖母と言っても過言ではない!


 怒り方も少女がきぃーって癇癪(かんしゃく)起こしてるみたいでいまいち憎めないんだよな。

 罵倒する癖に言い過ぎたと思うのか狼狽(うろた)えたり。いかにも大切に育てられたお嬢様の癇癪(かんしゃく)で悪役になりきれんタイプ。根は素直な人だしな。

 あと義母上めっちゃ美人だし、ベアトリクスにも似てるから余計に。


「異能のことは言われ慣れてるし、それに爵位のことは私自身が決めたことだ。ガーネストはもしかしたら私から爵位を奪うことになると気に病んでるかも知れないけれど、爵位を継がないのは周りの陰口の所為(せい)でもなんでもなく私自身の意思だしね」


「どうしてですか?」


「爵位は私には必要ないから」


 継ぐの面倒臭ぇからとはさすがに言えない……。


「そうだ、私の仕事を少し手伝ってみないかい?」


 口にしてみて、超名案な気がして手を打った。

 驚いてるガーネストに向かい合う。


「本当は高等部に入ってからと思っていたんだけど、最近ガーネストも色々悩んでいるみたいだし。まずは私の仕事を手伝ってみたらどうだろう。勿論(もちろん)、学園に支障が出ない範囲で構わない。実際関わってみて感じることもあると思うんだ。興味が出るかも知れないし、逆にどうしても嫌なら手を考えなければいけないし」


「手、ですか?」


「例えばダイア……ベアトリクスの旦那さんにお婿に入って貰うとか。嫌だって言われたら……他になにか……。親戚……には任せたくないし、最悪私が継ぐしかないのか……?」


「兄上……本当に継ぐ意思がないのですね」


「うん、ないよ。だけどガーネストたちの意思を無視するつもりもないよ。他にどうしてもやりたいことを見つけたなら、兄として全力で応援するつもりだ」


「やってみます」


 立ち上がったガーネストが真っすぐにこちらを見て、それから頭を下げる。


「兄上の仕事、手伝わせて下さい。宜しくお願い致します」


 部屋を退出する直前、扉を開けたガーネストが不意に立ち止まり振り返った。


「カイザー兄上は冷たくなんてないです。誰よりも優しくて頼りになる俺達の自慢の兄上です」


 ちょっぴり頬を染めたガーネストは一礼して去って行く。

 それを無言で見送り、真顔のまま停止した俺は思わず両手で顔を覆ってデスクへと突っ伏した。


 俺の弟が天使過ぎるっ!!



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