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ブラック・スワン  ~『無能』な兄は、優美な黒鳥の皮を被る~   作者:
本編

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忙しさに日々は過ぎる


「サフィア、悪いけどそこの資料を取ってくれるかい?右側の工場建設の……」


「はい。これですか?」


「うん。ありがとう」


 資料のファイルが収められた棚へ向かったサフィアに横着してついでに頼めば、すぐに目当てのファイルが差し出された。


「これの建設費用のことだが……」


「おい、あの資料どこにある?」


 執務室にはたくさんの人間が出入りし、あちこちで慌ただしいやり取りとペンの音が響いている。


 何度も何度も打ち合わせや会議を重ね、国同士の訪問などを行い、国際事業も大詰めだ。

 試作品も販売経路の確保も進んでいる中、いまは大規模工場の建設に着手している。この件が片付けばようやく少し落ち着ける。


 …………製品の製造が可能になって販売に漕ぎ着けたらまた大忙しだけど。


「そろそろ少し休憩をとられたら如何(いかが)ですか?」


 リフの声に資料から顔をあげた。

 細かい数字の羅列を追っていた目がシパシパする。軽く眉間を揉んで目を解す、時計を見れば気づかぬうちに結構な時間が経っていた。


 香り高い紅茶を味わって一息つきながら、小皿に添えられたクッキーを齧る。甘さと紅茶の温かさが疲れた躰に染みるようだった。


 一息ついている俺らと違って、今もペンをガリガリと動かしているのはダイアだ。

 キリが悪いのもあるが、彼は早く一段落つかせたくて気が急いているのもあるだろう。


 同盟国が絡んだ国際共同事業は政治的にも重要案件だ。

 流石は乙女ゲームのメインヒーローたちだけあって非常に優秀な彼らだが、忙しいものは忙しい。


 結果、この件でベアトリクスたちの結婚は実質延期になっていた。


 ガーネストは兎も角、幼い頃からベアトリクスをロックオンしていたダイアは本当なら彼女が卒業したらすぐさま結婚に踏み切りたかったんだろう。

 それが延期なうえに、愛しの婚約者ともなかなか会いないこの現状。


 そうは言ってもたまに差し入れ持ってきてくれたり、ベアトリクスも王城に顔出すからちょくちょく会ってはいるんだがな。

 ダイア的には足りないらしい。


 ちょっぴり呆れつつも「じゃあ、カイザー殿は一週間に1、2回しかベアトリクスと会えなくても平気なんですね?」って言われて謝った。


 うん、俺が全面的に悪かった。


 王族と公爵令嬢の結婚式ともなれば準備も大変。

 打ち合わせだけでも進めるために早くまとまった時間をとりたいところだろう。


 ペンの音が止まったところで、ガーネストが席を立ってダイアの元へと向かった。

 新たな書類に手を伸ばそうとする親友の手を掴み、椅子から立ち上がらせるとソファへと連れていく。


「ちょっとガーネスト……」


「疲れて効率落としたら元も子もねぇだろうが」


 訴えた不満は親友の言葉に跳ねのけられる。

 リフ、とガーネストが声をかければ、すぐさまリフが新たな茶器を準備した。


 王城の執務室なのに彼が給仕をしてくれるのは、俺がリフの淹れた紅茶が一番好きだから。

 王城の使用人さんたちが淹れてくれるのも当然ながら美味しいんだけどね。


 リフが率先してやってくれるし、第一いちいち給仕を呼ぶのが面倒くさい。

 その点、リフは仕事もバリバリ手伝ってくれ、こっちの気疲れを察知していいタイミングで休憩提案してくれるから大助かり。


 一緒に仕事してる他の貴族からも称賛の声をかけられたりするが……やらんぞ。


 この業界、出来る使用人の引き抜きは多々あるから気が抜けん。


 リアンもリアンで雪国育ちの暑さが苦手な王妃さまに引き抜きかけられてるしねー。

 ウチの子はあげません。


 自分のデスクに座ったまま、二杯目の紅茶を味わいながらパラパラと資料を捲る。


「そうだ、アレクサンドラ。ジャウハラの工場建設予定地は決まったのかい?」


 告げられた地名に、頭の中で地図を広げる。


 余談だが、サフィアやアレクサンドラたちのことも敬称なしで呼ぶことになった。


 小学生レベルの恋愛トークもする仲になり、仕事でも毎日のように顔を会わせているのに未だに仰々しい様付けなのが気に食わなかったらしい。拗ねられた。

 まぁ、初対面でも「気軽にアレクと呼んでくれ」って言われてたしな。


 なんとか無事に学園を卒業出来、騎士団入団を果たしたメラルドへの気安い扱いや、親友のティハルトや王子らとも崩した態度で接してることを上げてゴネられ、人前以外では様付け廃止・言葉づかいも若干ラフに。


 主であるアレクサンドラを差し置いて敬称をつけられるわけにはいかないと、シリウスに主張され、それを聞いてたサフィアが「僕も呼び捨てで構いません」と申し出て。


 結果、今の状況に落ち着きました。


「じゃあ敷地面積には余裕がある?工場に食堂施設を建設するつもりはないかな?」


「食堂施設?」


「うん、ルクセンブルク領の工場には建設するつもりなんだ。労働者たちに食事の提供をしようと思ってね」


「ですがそれでは資金もかかるんでは?」


「そこはサフィアの言う通りだけどね、賃金を少し控えるとかでなんとかできると思う」


 別に出資する形でもいいのだが、一時的なことでなく長期的に継続できるシステムを考えるなら打ち切らなきゃならなくなる可能性もある出資だけに頼り切るより確実だ。


「賃金を減らすんですか?」


 困惑顔を向けてくる彼らに小さく笑う。


 事業の目的の一つは貧困者たちに職を与えること。

 生粋の王侯貴族育ちの彼らには賃金を減らす意味がわからないのだろう。


「あまり裕福でない平民の支出で一番多いのはなんだと思う?」


 貴族のように宝石やドレス、社交や遊興費なんかじゃない。


「その日暮らしのような者達では決して多くない稼ぎの半分以上は食べ物に消える。手元に残るのはごくわずかだし、そのために食事を抜く者もいるんだ。例え賃金を一割、二割減らしても昼食や夕食を提供すれば手元に残る額は自分で食事を調達するよりずっと多い。それに料理ってのは量が多い方が材料も安上がりだしね。個人で夕食を調達するよりも健康的な食事ができるはずだよ」


 俺が考えているのは社員食堂とか給食のイメージ。


 裕福でない平民だと食事がほぼパンだけとか、料理が出来ないとかも色々ある。なので食事の提供は金銭面でも健康面でもプラスになると思っている。


「化粧品の加工とは別に、料理をする人間も雇えるから女性の雇用も促進できるし」


 そうして建設予定のすべての工場には食堂の建設が追加された。


 国際共同事業だけでなく、俺としては本業であるブラック・スワンの経営だの商品開発にも追われて大忙しの日々が過ぎた。


 忙しいのは辛いが、この忙しさが一段落したらベアトリクスの結婚が控えていると思うと非常に複雑だ。


 嬉しいし、喜ばしいけど……ブラコンとして可愛い妹がお嫁に行ってしまうのが辛い。


 もうね、気持ちとしては手塩にかけた娘を嫁に出す親父さんの心境ですよ。


 ドレスのデザインを嬉しそうに話すベアトリクスは驚くほどに綺麗になった。

 生まれながらの天使で美少女だったけど、もう立派な一人の女性なんだなって思うと嬉し切ない。


 ラピスやソラに呆れた目を向けられようが切ないもんは切ないんだよ!!


 リリアもリリアで「悪役令嬢を回避したお嬢さまがついにお嫁に……」って感涙して咽び泣いてる。


 ……あの子、ベアトリクスのメイド一生続けるって言ってるけど大丈夫なのかな?

 俺らはあの奇行に慣れてるけど、ダイアにクビにされないか心配。いやマジで。


 そんでもって、ベアトリクスだけでなくマオもすごく綺麗になった。


 妖艶美女な外見だけじゃなく、ふとした瞬間の立ち振る舞いがご令嬢っぽくて驚くことがある。接していると中身は以前の素直なマオのまんまなんだけど。


 そんな風に、目まぐるしい日々は幾つかの変化を伴いながら慌ただしく過ぎていった。


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― 新着の感想 ―
みんな幸せそうでなによりですね。妹さんの結婚式で号泣しそうで微笑ましいですな。自分の結婚式は卒なくこなすのでしょうに
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