魔王はピュアピュア
本日三つ目の会議を終え、はぁと小さく溜息を吐いた。
……解せぬ。
俺、ゲーム設定が終了したら「スローライフしてやんぜ!」って言ってなかったっけ?
公爵もガーネストに引き継いだし、教師も辞めたのに、ある意味もっと忙しくなってるってこれ如何に?
意気揚々とスローライフを掲げたことが悪かったんだろうか?
フラグってやつ?
「おれ、この戦いが終わったら結婚するんだ!」って宣言した奴は大抵その結末を迎えられずに散るとか、そーいうやつですか?
国際共同事業の責任者として、スローライフどころか大忙しの毎日だ。
まぁ、若い子らが優秀で積極的に動いてくれるからそこのところは大助かりなんだけどさ。
あらかた退室したところで、ダイアの提案で別室へと移動した。
小一時間ほどしたらまた打ち合わせがあるので、その前に少し休憩をとるためだ。忙しすぎて昼飯も食ってねぇし。
移動前にダイアが使用人に一声かけてくれたので、すぐに軽食や飲み物が準備された。
軽く食事を取った後で、メイドが赤ん坊を連れて来た。
アイリーンの子どもであり王子でもあるルーカスだ。
「あうぁ~あ!」
母親であるアイリーンに抱かれながら、俺の方へと腕を伸ばしてジタバタするルーカス。
「あうあうあ~!!」
「もうっ、母親よりもカイザー様に懐いてるってどういうことなのよ」
言葉にならない声でなにやら主張するルーカスのほっぺを突きながら、アイリーンがルーカスを手渡す。温かな体温を受け取って軽くその背を揺らしてやれば、途端にきゃっきゃとご機嫌になった。
アイリーンの言う通り、むちゃくちゃ懐かれております。
伊達に子守経験豊富じゃないんでな。
年の離れた二人の弟妹にマオ、それにダイアたち兄弟だってあやしてた俺は子守のプロといっても過言じゃない。
同じくティハルトだって経験豊富だ。
母親よりも父親とその友人の方が我が子に懐かれているという事実に、アイリーンは納得がいかないらしい。
可愛い赤ん坊の登場で疲れを滲ませていた面々の表情にも笑みが浮かぶ。
「ん?」
あやしていたルーカスの異変を感じ取って視線を向ければ、ぱっちりお目めと目が合った。二人の子どもだけあって将来美形間違いなしの可愛らしい顔立ちだ。
前髪をそっと払うように額を指で撫で、控えていたメイドにルーカスを渡す。
「おしめを変えて欲しいみたいだよ。それに少し眠くなってきたようだ」
母親と部屋にいた面々に「なんでわかんの?」って表情されたのはスルー。
「ね、そう言えば、あれからマオちゃんはどうしてるの?」
アイリーンからの問いにちょっと言葉を詰まらせた。
すぐに音をあげると思ったのに、数カ月が経過したいまもマオは淑女教育を頑張っている。
最近ではテーブルマナーなんかも様になってきたし、ベアトリクスの花嫁修業も順調みたいだ。先日も家紋とイニシャル入りのハンカチをプレゼントされたダイアが感激してた。
「すごく勉強は頑張っているんだけど……」
「けど?」
「これで結婚しないとか言ったら騙したみたいじゃない?」
なんせ頑張る理由が問題だ。
「カイザーさまと結婚するためにがんばる!」ってマオの主張は可愛いし、お勉強頑張るのは偉いんだけどさ。
やっぱその点は一度はっきり話し合っとくべきだと思うんだ。
「じゃあ結婚してあげればいいじゃない」
「そうですわよ。あんなに頑張ってるんですもの。同じ恋する乙女としてあたくしは応援致しますわ」
「いやそんな簡単に……」
「しかしカイザー殿、魔人は基本的に自分の感情に素直な者が多い。心変わりの可能性は低いかと」
「そもそも魔人自体がそうそうお目にかかれないですし」
アイリーン、アイーシャに続き、純粋な魔人の母を持つアレクサンドラが言いにくそうに言葉を繋げ、ダイアがしれっと止めを刺した。
そうなんだよね、人と魔人の婚姻は魔人が失うものがデカいが、だからといって魔人同士が結ばれる確率だってそう高いわけじゃない。
なんでか身近に魔人の知り合い四人も居るけど……。
出会うこと自体が稀な魔人だが、幸い周囲に魔人が複数いる。
……ってことで同じ種族の彼らを挙げてはみた。
数日前のおやつの時間。
「マオ、ジストのことはどう思う?」
まずはジスト。
美女に育ったマオとジストは外見的にはむちゃくちゃお似合いだ。
……が。
「キライ!大っ嫌い!!」
名前を出しただけでシャー!!と毛を逆立てた猫のごとく嫌がられた。
まぁ、出会いが最悪だったし、分かりやすく嫌ってるもんな。
「じゃあカマルは?」
マオの左側に座るカマルを指させばキョトンとお顔を見合わせあう二人。
年若い少年の姿のカマルと妖艶美女のマオは外見的には釣り合わないが、性格的にはジストよりよっぽどお似合いだ。
「カマルは好きー!」
「んっ、カマルも嫌いじゃない」
おっ、これはいい感じでは?!
同じ種族で、しかも二人は魔王同士。
共に生きる相手としてはこれ以上ないほどに最適でなかろうか。
魔王カップルとか万が一ケンカとかしたら国が滅びそうでちょっと怖いけど……。
「けどカイザーさまの方が好き!!カマルはお友だち!」
「カマルもカイザーの方が好き」
イケるんじゃね?と前のめりになったところで放たれた追撃。
「でもラピスの方がもっとすきー」
「マオはカイザーさまが一番好きだもんっ」
ケーキを頬張りながらさらっと宣言するカマルと、そんなカマルに胸を張って告げるマオ。
か、可愛いこと言いおって……。
そんなこと言ったってなにもでな……お菓子あげちゃう!
いそいそと二人のお皿にお菓子を追加すれば、わーい!と喜ぶ魔王コンビの横でラピスから呆れた視線を向けられたけど知らないもん。
食の細いラピスのお皿にもお菓子を追加する。
年の割にラピスは小柄すぎるからね。たくさん食べて大きくなーれ。
ピュアピュア魔王コンビにあえなく撃沈されたことを思い出していれば、美しくネイルの施された指を頬にあてながらアイリーンがふぅとこれ見よがしに吐息を吐き出した。
「ほんっと、貴方って変なとこうかつよね」
「……ぐ」
「マオちゃんの急成長は予想外にしても、こうなることはわりと予想できてたわよ?」
「いやでもそれは……刷り込みっていうか、他の素敵な男性に出会うようになったら親愛と恋の違いに気付いて……」
そ、その呆れ果てた視線はなんだよ?!
「ぶっちゃけ、わたくしこの件に関してはカイザー様の自業自得だと思うのよねぇ。その素敵な男性にあんだけ甘やかされて大事にされれば特別になったって仕方ないじゃない。特にジャウハラでのアレ見ちゃったらもうねぇ?」
アレ?
首を傾げるダイアやサフィアらとともに俺も首を傾げた。
ガーネストやアレクサンドラはわかったようだが目を逸らされた。顔がちょっと赤い。
「アレってなんですの?」
興味津々に直球でアイーシャが問いかければ、アイリーンは顎で雑に俺を示した。
いまの動作、めっちゃ女王様っぽかった。
「ちょっとマオちゃんの様子が可笑しくなったことがあるのよ。いま考えるとサヴィアス様の影響だったのでしょうね。魔人としてのマオちゃんを前にわたくしたちは身動き一つできなかった。けどカイザー様はあっさりマオちゃんを宥めてみせたの。
じっと言い聞かせて魔力の暴走を止めて、止めに額に口付けて眠らせてね。一連のやり取りと、眠りにつく前のマオちゃんの安心しきってカイザー様に擦り寄る姿を見ちゃったら、もうしょうがないわよねって感想しかないわ」
「く、口付けですって?!」
「あくまで幼児をあやすためにね。その人、なにげにしれっとそういうことするから」
「な、なんてことっ……」
真っ赤な顔で口を覆ったアイーシャがよろめくように身を引いた。
若い子らの逸らされた視線や半眼もとっても痛い。
「そ、それはそうと……!現実問題、マオの相手は普通の者では難しいのでは?マオの魔力はかなりのものではないかと余は思う」
「かなり強いみたいだものね、マオちゃん……」
俺とガーネストはそっと視線を逸らした。
マオは淑女教育を頑張る一方、ストレス発散のためにハンゾーたちとの“特訓”に励んでいる。実力はいまもグングン上昇中だ。
確かにマオのストッパーとなれる人間は限られている。
そこで俺は閃いた。
リフとかハンゾーとかイケんじゃね?と。
生半可な男に可愛いマオを任せることなど出来ないが、彼らなら実力性格ともに申し分ない。
………………が。
「カイザー様?お歳のことを気にしてられましたよね?私もハンゾーもカイザー様と同じ歳ですが?」
リフには苦笑いと共にそう返され、
マオには、「リフはおとーさんだもん!」と宣言された。
パ、パパの座が奪われた……。




