まさかの賛成派
ぐしゃぐしゃに半ば握りしめられた箱からタバコを咥え、片手でライターを操ったアインハードがふぅーと紫煙まじりに息を吐いた。
我が邸にはタバコを嗜む人間はいないから、あまり馴染みのない香りが部屋に広がる。
義母上やベアトリクスがちょっと顔をしかめたが、次の瞬間には不快な臭いは消えていた。
パチパチと目をまたたくベアトリクスたち。
不快な臭いを遮断した本人であろうリフがむっつりとした表情で来客用の灰皿をアインハードの前に置いた。
「それ一本にしてくださいね」
「わぁーってるよ」
うるさい、と言わんばかりに投げやりな口調でわかってると返事をしたアインハードは頭をボリボリと掻きながら灰を落とし、それからマオを見た。
「なぁ、マオ。なんでそんなカイザーと結婚してぇんだ?」
きょとりと首を傾げながらアインハードを見返したマオはなにを問われているのかわからない、という顔をしていた。
「なんで?」
「そ、なんでだ?」
「カイザーさま好きだから。だからマオ、およめさんになるのっ」
「じゃあリフは?ガーネストやハンゾー、他のやつらは好きじゃないか?」
「好きー!!」
「結婚は?」
「???あのね、アイン。結婚は一番好きでとくべつな一人としかしないんだよ?」
「それがカイザーなわけか」
幼いときと同じままの動作で「うんっ!!」と力づよく頷くマオを見てから、ふぅっーーと思いっきりこっちに向けて煙を吐き出された。
めっさムカつく。
いま、確実にワザと俺に向かって吐き出したぞ、コイツ。
リフの『異能』で煙も臭いも届かないけどムッとする俺に向かって「だと」とアインハードは顎をしゃくった。
「結婚してやれば?」
なに言ってんのコイツ。
もしアインハードが俺と同じ心の声が聴こえる能力を宿しているなら、確実にその言葉が伝わっただろう。
いやマジで、いきなりなに言ってんの?
だが、思わず半眼で見返したアインハードの表情は茶化すような笑みではなかった。
もしかして、本気で言ってる??
「アインハード?」
「実際のところ、そう悪い話でもねぇーと俺は思うけど」
灰皿にタバコを押し当てて吸い殻を処分しつつさらりとこぼされたその一言に言葉を失う。
リフやガーネストからも訝しがる声が漏れる中、アインハードはまた頭を掻いてどっかりと背もたれに背を預けた。
「お前がマオをそーいう目で見てねぇーのはわかってっよ。つか、この前までまんま幼児だったしな」
「むしろそーいう目で見てたら大問題だし」
ソラのツッコミに一同、うんうん頷く。
「ロリコンですね!!」
リリアうるさい。
犯罪者です!とか雇用主を指さすんじゃねーよ。
エリーゼの裏拳が決まってゴホゴホむせる音が響いた。
ひどい!って嘆いてるけど、他所でやったら体罰やクビどころか下手したらマジで首が飛ぶからな?
あとエリーゼも一応暴力は控えなさい。
「まぁ、完璧に父ちゃんの接し方だったけどな。子供どころか婚約者もいねーのに育児手慣れすぎてっし」
「似合わねーのに似合いすぎてて笑えた」
「違和感ないのが違和感でしたよね」
「ゴホゴホゲホッッ!!」
上からアイン、ソラ、エリーゼ、リリア。
めっちゃ好き勝手言われてる。
そしてリリアはなに言ってるかわからん!
そしてリアンもぼそっと「マオに限ったことでもないですけど」とか呟かない。ってか、ガーネストたちがマオぐらいの年頃だったときキミまだ家にいなかったよね?
なんでさも見てきたように断言すんの?!
してたけどさ!バリバリ育児してましたけど!!
「甘やかしてんのも可愛がってんのも一ミリもそーいう感情が含まれてねーのはわかってる…………って、膨れてんじゃねーよ、マオ。それは仕方ねーことなんだよ。幼児に妙な感情抱くような奴に面倒みさせられっか」
ほっぺを大きく膨らませて不満全開なマオをアインハードが宥める。
そんでもってマオたん、いい加減離れようか?
さっきからお胸が腕にあたってんだよね。
うん、他意はないのはわかってるんだけど。
「けどこーしてマオは現に大人になっちまったんだ」
「成長したのは姿だけで、中身はいままでのマオのままだ」
誰の所為で!その言葉を押し殺し反論するも赤い瞳にじっと見返される。
「そーかもな。でも魔人の成長は人とは違う」
「…………」
ぐっっと膝の上で拳を握りしめた。
反論はすぐには出来なかった。
人と魔人では成長も寿命も全く異なる。
シェヘラザード様は中身も性格も大人の女性だが、全ての魔人がそうなわけではない。容姿や性格で魔人の成長は測れないし、人間のように決まった成人の定義があるわけじゃない。
少なくとも、人間のなかで生きるなら……いまのマオは大人として扱われるだろう。
「別にお前の気持ちを無視して結婚しろとは言わねぇよ。だけど考えてやったら?」
「……無責任なことを言わないでくれるかい?第一、魔人が人と契るリスクは君だって知っているだろう。長大な寿命も、大きな力も失う。簡単なことじゃない」
「けど、マオがこれからもずっとお前らと、人間と生きるならそれは悪いことばかりじゃない」
誰も、何も言えなかった。
マオを見て俺と同じように俯く姿がちらほら。
もしも今後、マオが魔人として長い寿命を人間の世界で生きていくなら……それは絶え間ない別離や死を見続けるということでもある。
わかっていなかったわけじゃない。
だけど、決めるのはまだ先だとどこかで目を逸らしてきたこと。
不自然に瞳を逸らしたり、唇を噛んだり、沈黙が降りる中で当の本人ばかりが迷いも不安もない澄んだ眸で周りを見ていた。
「あ~、そんな通夜みてぇに暗くなんなよ」
「アインハード様の所為でしょう?」
じとり、と恨みがましい目を向けるリフには完全同意だ。
アインハードはボキリと首を鳴らしてちょっと面白そうな表情でリフを見た。
「リフ、お前はどう思う?」
「なにがです?」
「だからさ、その二人だよ」
リフが顎で指された俺とマオを見て、ぱちくりと瞬きをする彼に合わせるようにしばし視線が合う。
「さっきも言ったみてぇに俺的には悪くねぇんじゃないかと思うんだけど。ガーネストも嬢ちゃんも立派に育ったし婚約も決まった。そろそろカイザーだって自分のことに目を向けてもいいんじゃねぇか?」
「わ、私は別に……!」
「わぁーってるよ。お前が二人や公爵家、諸々の事情のために犠牲になったなんて考えてねーことは百も承知だっての。でも実際問題、当に結婚して子供の一人や二人居ておかしくねー年齢だろうが」
言葉の刃がグサッときたっ!
「求婚者なんて腐るほど居んだろーけど、ただでさえフェミニストなお前のこった。どーせ相手の女を自分の事情に巻き込むのに尻込みしたりすんだろ」
さらにグサッときた!!
全部デマだけどさ、確実に俺と婚約とかしたら相手のおウチにも影響大なんだよね。良くも悪くも。
もう結婚出来ないかもとかちょっと思っているのは事実だ。
「だからってコイツが罪悪感を抱かねーでいいような、利用しようと近づいてくる肉食女どもをお相手として認める気なんてさらさらねぇだろうが」
「「「当然です」」」
めっちゃハモりで声が響いた。
「だめー!マオがカイザーさまとけっこんするのー」
マオもプンプンで腕をホールド。
抱きつかれるのは大問題だが、仄暗い殺気まで醸し出している数名のお怒りに比べてなんと平和で可愛いことか。
「だろ?その点、マオは純粋にカイザーを好いてて、貴族じゃねーから家のゴタゴタもねぇ。例え面倒ごとが発生しても自衛できるだけの能力もありゃ、容姿だって今の姿じゃお似合いじゃねーか。なにより、向ける感情は違うとはいえカイザーが可愛がって大事にしてる相手だ。俺としちゃ大賛成だ。少なくとも、山ほど送られる釣書のご令嬢どもより100倍どころか1000倍いい」
腕を組んで断言したアインハードの言葉に沈黙が数秒落ちた。




