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ブラック・スワン  ~『無能』な兄は、優美な黒鳥の皮を被る~   作者:
本編

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断じてストーカーではない!

 


 ソファにぐっでりと(もた)れ掛かったソラにお茶を勧める。


「どうぞ、お疲れ様」


 よろよろとした動きで身体を起こしたソラは、一瞬恨みがましい目をした後にティーカップを呷って空のカップをソーサーへと戻す。雑に置かれたそれを手元に寄せ、リフが新たに紅茶を注いだ。


 新たに注がれたティーカップから漂う仄かな香り。


 流石(さすが)はリフ。

 一杯目をソラが呷ることを見越して最初の紅茶は(ぬる)めにしてあったのだろう、二杯目の紅茶から僅かに立ち昇る湯気と香りにその気遣いを知る。


 あ、もちろん俺の前に置かれてるのは、一杯目から適温かつマスカテルフレーバーが華やかに香る最上の状態の紅茶ですよ。


 うん、美味しい。

 リフの淹れるお茶が一番美味しいんだよね。


「なんなのアイツ」


 茶菓子を頬張りつつそう口にするソラの声音には、隠しきれない疲労が滲んでいた。隠す気もないんだろうけど。


「ハンゾーは厳しいからね。その分、自分に対してもどこまでもストイックだけれど」


 苦笑いをしながら告げれば、またも恨めし気に見られる。


 ソラがこんなにも疲れている原因、それはハンゾーによる鍛錬という名の鬼のしごきだ。


 他に何名かいる部下(ハンゾーがスカウト後、俺の面接を経た元暗殺・密偵等所謂(いわゆる)“影”のお仕事の方々)も通った恒例の儀礼によるものです。


 特に元々身体能力に優れた他の皆さまと違って、ソラは転移の異能に頼って身体能力を磨いていなかったから余計地獄のようです。確かに動き素人(しろうと)丸出しだしな。


 転移が使えるとはいえ、最低限度の動きは必要ということで猛特訓中。


 ハンゾーの最低限度って……最低の水準が超高そうですね……。


 頑張れソラ!!

 俺は心の中で応援するぐらいしかできないけど。


 でもマジ頑張って下さい。やっぱ転移が出来る護衛って便利だし。

 ガーネストやベアトリクスになにかあった時にすぐ瞬時に駆けつけられる利点は大きいので、地獄の鍛錬に同情はしつつも止める気はなし。


 俺は自分の心に正直である。


 “影”達のお蔭で学園の弟妹のリアルタイムな情報も入ってくるしね!!



 紫を帯びた蒼の瞳がゆるりと彷徨(さまよ)う。


「……聞きたいことがあんだけど」


 一瞬だけ彷徨(さまよ)った瞳がちらりと捉えたのはリフの姿。ちなみにハンゾーは居ない。

 居たらソラのこの態度に教育的指導が入ってるとこだな……俺としては別にいいんだけど。


 それはそうとしてソラの聞きたいことは想像がついている。


「リフ、少しだけ下がってくれるかい?」


「畏まりました」


 その言葉には聞き分けよく従ってくれながらも、リフの視線が流れるようにソラへと向く。穏やかな筈の琥珀色の瞳が「妙な真似しやがったらぶっ殺すからな」って言ってるような気しかしない。


 俺に向けられた表情は穏やかで優しい笑顔。

 なのに冷や汗が出るよ、可笑しいな……。


 壁際まで下がったリフをソラは引き攣った顔で見ている。


 そして退室はしないんだね。

 確かに位置は下がったよね、うん。



「アン……カイザー様って転生者?」


 アンタと言いかけて呼び名を変更したところに、ハンゾーやリフの(しつけ)を垣間見た。

 そして互いにしか届かない程度の声で落とされた質問は予想の範疇で。


「……てんせいしゃ?」


 あえて発音を少々ぼかしてみる。


「それはどういう意味だい?」


 瞳を眇めて訝しがってる様をアピール。

 正解としてはバッチリそうだけど、保身の為にそのことは隠し通すと決めたんでな。


「本当にわからないのか?アイツの名前はカイザー様が付けたんだろ?」


「ハンゾーの名なら、ベアトリクス付きのメイドが考えたものだよ」


「そうなのか?」


 ソラの瞳が真ん丸に見開かれた。


 俺を転生者と疑った理由、それは紛れもなくハンゾーの存在だろう。だって忍者だしね。


 ハンゾー自身が転生者だと思ってたけど違ってて、しかも“ハンゾー”っていう名前が我が家に仕えるにあたって付けられた名前だと知り、ならば俺が転生者なのだろうと思ったんだろうけど……。


 言っとくが、ハンゾーの忍者スタイルは奴自身のスタイルだからな!

 むしろあまりの忍者っぷりに名前を後付けしたパターンです。


「なんでも、“ハンゾー”という名はとある異国の名で、闇に生き、影に生き、主に忠義を尽くす意味を持つらしいよ。彼にぴったりだろう」


「……」


 ソラが超しょっぱい顔してる。


「いや、そういう意味っていうか…」


「もしかして違うのかい?」


「いや、違うっていうか……違いはしねぇっていうか…」


 頭を抱えて考え込むソラ。


 違うのかって言われると断定しにくいよね。

 そういう意味じゃないけど、言いたいことはわかるっていうか。


「まぁ、そんな感じ…?」


「随分曖昧だね」


「言葉自体がそういう意味を持つんじゃなくて、半分伝説混じってるその道の有名な男の名前がそうなんだよ」


「成程、ソラは異国のことに詳しいんだね。先程のてんせいしゃとかいうのも、それに関係あるのかい?」


「それはもういい」


 緩く首を振るソラに訝し気なふりをして首を傾げつつも深追いはしない。


 リリアが転生者っていうのは彼女に会えば一発でわかるので、これで疑惑は晴れるだろう。


 あの子清々しい程に隠し事向かないし。

 むしろあれで本人隠してるつもりなことに吃驚(びっくり)ですけど。


 それからはお茶をしつつ、様子を窺って貰ってる学園の話を聞いて過ごした。

 去年ぐらいから前兆はあったものの、やはりガーネストの身辺に気がかりなことがひとつある。


 最近ちょっとよそよそしいし……。

 そんな気にすることないのになー、と思いつつフィナンシェに手を伸ばす。濃厚なバターの風味を堪能しつつ、漏れそうになる溜息ごと紅茶で流し込んだ。


 誰が悪いわけでもないし、誰が憂うることもない。

 可愛い弟が大人になってくれることが嬉しくもあり寂しくもあり、お兄ちゃんとしては複雑な気持ちです。


「学園にだって警備はいるのに、わざわざ影を付けるなんて随分過保護だな」


「大切なんだから仕方がないだろう。それに立場上敵も多いしね」


「お貴族様も大変だな」


「君だって元はそうなんじゃないのかい?」


 軽く問いかければ、まさかと肩を竦められた。


「俺はお遊びで出来た子だし。異能の血を薄めない為によその血を家に入れる気はなくても、外で種を無責任にばら蒔く分には抵抗がなかったんだろ」


 成程、貴族と平民の間で運よく異能が発現したタイプか。

 ソラの異能なら充分貴族の元に戻れそうだが……きっとその気はないのだろう。


 ところで、ソラの心の声が


『全員やたら美形ばっかだし、無駄にキャラもスペックも強い奴ばっかだけど、もしかしてこれマンガとかの世界だったりすんの?異世界転生ものとか流行りだし。転生とか意味わからんけど……実際自分も転生者だしな。もしかして俺もなんかのキャラだったりすんのか?』


 とか言ってます。


 残念!

 乙女ゲームの世界でした!!


 知らずに転生したパターンですね。

 そしてキミはキャラじゃないよ。


 可愛い弟・妹であるガーネストとベアトリクスは主要人物だけど、キミが関わってる人間……ハンゾーも他の影やリフもキャラじゃないし。

 俺は辛うじてキャラの一員だけど、ガーネストたちの人物紹介としてサラッと文字で出るだけのモブ中のモブです。


 当て馬や噛ませ犬よりも下ですがなにか?


 だって当て馬も噛ませ犬も出番あるもん、俺と違って……。

 やばい、自分で言ってて悲しくなってきた。



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