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ブラック・スワン  ~『無能』な兄は、優美な黒鳥の皮を被る~   作者:
本編

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148/201

緊急事態発生!

 

 黒髪の間を長い指が器用に泳ぐ。

 無駄のない、流麗なその動きを鏡越しに無意識に瞳が追う。

 シャランと響く涼し気な音色。漆黒の間を白い指が泳ぎ、編み込まれた金の装飾がまた一つ、音を奏でた。


 と、いうわけで。

 再びのツリーチャイムです。


 いや、以前の宴とは衣装も違うし、髪の装飾も細い金の飾りがぐるりと覆ってた前のと違って、一つづつ髪と共に編み込むタイプなんだけどね?

 相変わらずシャラシャラです。

 ジャウハラの衣装って全体的に装飾多いんだよね。


 着替えから、果ては入浴に至るに何から何まで世話がつくことも珍しくないのが貴族。

 だが前世庶民の俺としては若干抵抗があるので支度は兎も角、普段の着替えやなんかは割と自分でやる派だ。


 とはいえ、普段着と違う衣装は話が別。

 ってことで大人しくリフにお任せして鏡の前でお座りしてる俺です。


 リフ、本当に器用だよねー。


 因みにエリーゼが「お手伝い致しましょうか?」って申し出て断られてたよ。

 チッって微かに舌打ち聞こえた。

 断られることわかってるだろうにめげないよね。

 まぁ、エリーゼは仕事は優秀だし、怒られる一歩手前で引けるから揉めることはないんだけど。これがリリアなら強制執行(おしおき)まで一直線。


「……余罪も次々とあがっているようです」


「わかった、ありがとう」


 ハンゾーからの報告に簡潔に礼を述べる。

 鏡に映る黒衣の男前は今日も今日とて優秀だ。


 ぶっちゃけ、そのネタどっからどうやって入手してきたの?って問い質したいぐらいのレベル。


 情報筒抜けすぎてこわー。

 正に壁に耳あり障子に目あり、だね。

 誰が何処で見てるかわかんない世の中だから俺も身を引き締めよう!


 うーむ、と顎に手をやろうとして身じろぎしたらリフに「じっとしててください」と注意された。

 そうだった、ごめんなさい。

 大人しく前を向き、鏡越しにハンゾーと会話を交わす。


 報告の内容は主にあの大臣(オッサン)の身辺だ。

 他にも怪しい判定下された奴らの情報とか、病の収束状況、交渉やジュエラルの様子等、細々とした状況報告。


 捕らえた賊どもは首謀者の名を知らず大臣(ワズィール)の名こそ出していないが取り調べは続いているし、何より、予想通り他にも色々とやらかしていたらしい。


 ガーネストたちもバッサバッサと怪しい奴らを追いつめてるし、使節団としての役割も至って順調。いいことだ。


 いや、いいことなんだけど……、年長者として、ゲーム知識持ちの転生者として「俺が頑張らねば!」と気張って出てきた俺としては、弟たちの活躍が嬉しく誇らしいと同時に「所詮、モブなどお呼びでないのか」と、お兄ちゃんちょっと寂しい。


 そんな元攻略対象者な弟たちの大活躍もあって、大臣(オッサン)たちは窮地に立たされてるっぽい。

 最近はあまり姿を見せないうえ、今日の宴も欠席らしい。



 華やかな衣装をシャラシャラと鳴らしながらゆったりと歩を進める。


 なんでゆったりかって?

 ゆったりじゃないと煩いからだよ。

 シャラシャラと涼やかな音がシャラン!シャラン!って騒々しくなるからね。


 廊下の端で頭を下げて道を譲ってくれたお姉さんが「なんて優美なお姿に歩み」ってほぅって溜息零してたけど、現実なんてそんなモンですよ。


 弦の音色と歌声に耳を澄ませつつ、色っぽい美女たちから際限なく注がれるお酌を拒む攻防を密かに交わしている時だった。


 慌ただしく開かれた扉。


 美しい調べを遮る無粋な闖入者に人々の視線が向いた。

 息を切らせたその男はジュエラルの騎士だった。年若い騎士は乱れた息も整えぬまま会場中に首を巡らし、アイリーンの警護をしていた騎士団長を見つけると、焦った声で告げた。


「リリー様が、リリー様が見当たりませんっ!!」


 カランッと杯が落ちる甲高い音が響いた。

 誰よりも早く立ち上がったアレクサンドラが騎士の元へ詰め寄る。

 それを見て我に返った俺もようやく動き出した。


 若い騎士はリリー嬢についていた護衛だ。


 宴の途中、彼女はお花摘み……要はトイレに席を立った。

 もちろん、道中は護衛も一緒だ。ただ場所が場所なので護衛は少し離れて待っていたが、なかなかリリー嬢が戻ってこない。

 それで周囲を探ってみたところ……姿は見当たらず、女物の髪飾りだけが落ちていた。ということだ。


「これはリリーのものではない」


 銀細工の花を象った飾りを手にとったアレクサンドラが呟く。

 言われてみるとリリー嬢がつけていたのとは違うようだ。だが、どっかで見た気が……。


「それ、アイーシャ様のじゃないかしら?」


 アイリーンの言葉に、それだ!と記憶が蘇る。

 相変わらず攻め攻めな衣装で着飾ってたアイーシャの黒髪には確かに銀の花が彩られてた。


 すぐさま数人の騎士がアイーシャに何か見てないか確認しに向かった。


 もはや宴どころではなかった。


 宴を中座し、騎士や影たちに探らせる。事態を知ったジャウハラの国王も自国の兵を派遣してくれた。まだ事件と決まったわけではないが、リリー嬢はただでさえ特殊な血筋だし狙われる要素がありすぎる。


 とりあえず、アイリーンたちはひとまず部屋へと戻した。

 カトリーナ嬢の顔色が悪かったし、腹部の目立ちはじめたアイリーンにも心労はよくないだろう。


「私もリリー嬢を探しに行きます」


「俺も行くっ!!」


 俺が騎士団長に声を上げれば、ギラギラした瞳のアレクサンドラも叫ぶように続きドアから背を離した。落ち着きを失った彼はまるで手負いのライオンだ。

 今だってアイーシャの元に向かった騎士からの報告を待ってなければすぐにでも飛び出していたことだろう。


「アレクサンドラ様……カイザー様……」


 弱々しい騎士団長の声。

 俺らが引く気がないとわかった騎士団長は頭痛を抑えるように頭に手をやりながら「無理はなさらないでください」と釘を刺した。


 護衛対象が問題児ばかりで本当に申し訳ない。


 あまりにも長く感じる待ち時間に、必死に記憶を引っ張り出す。

 展開が随分変わったし、それにこんなにも転生者が多い世界でゲームの展開がどこまで有効なのかもわからない。


 ゲームの世界でもヒロインが捕まるシーンはあった。

 ただし、それは誘拐などではなく、捕まりそうになった大臣(ワズィール)がヒロインに刃を突きつけて人質にしようとする場面だ。

 ただのヒーローの見せ場とその後のイチャラブシーンを作るためだけの演出だった。


 ジャウハラ編の悪役令嬢のアイーシャがヒロインに直接的な被害を加えるシーンもない。


 彼女はただ嫌味を言ったりその見事なプロポーションを見せつけて「おーほほほほ!」と高笑いする系のお姉様。

 『亡国のレガリアと王国の秘宝』の悪役令嬢たちは憎みきれない当て馬キャラなのだ。


 もちろんゲームと性格が違う可能性はあるが……アイーシャがリリー嬢を攫う理由がないしな。


 とりあえず、もしあの大臣(ワズィール)絡みならあそこの別宅とか……などと俺がゲーム知識やハンゾーたちのタレコミを思い返して、怪しい人物や場所を頭の中でピックアップしてると狼狽えた女性を連れた騎士が戻ってきた。


「アイーシャは?!」


「それが……アイーシャ様も姿が見えないそうです」


 問い詰めるアレクサンドラの気迫に肩を震わせた侍女らしき女性が騎士に促されて震える声を紡ぐ。


「アイーシャ様はご気分が優れないと宴を途中で退出されたのです。お部屋へ戻る途中、渡り廊下のあたりで突然足を止められて……先に戻るようお命じになられたので私はお部屋に……」


「それから戻ってきてないのか?」


「はい……はい。あ、あのっ、ご令嬢が居なくなられた付近にアイーシャ様のお持物が落ちてらっしゃったというのは本当ですかっ?」


「これがそうだ。見覚えがあるか?」


 アレクサンドラから髪飾りを手渡された女性はそれを見て震え、瞳いっぱいに涙をためた。


「アイーシャ様のものです。私がお支度をしましたから間違いありません。まさか、まさか……アイーシャ様も、ご一緒に何者かに攫われて……?」


 泣き崩れる女性からはそれ以上の情報は得られそうになかった。


 念の為にガーネストやリフをアイリーンたちの守りに残し、俺たちは夜の闇へと駆けだした。


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― 新着の感想 ―
[一言] 急展開、麗しき女性は攫われる運命だからね仕方ないね
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