肉に齧りつきたいです
雑踏を歩く。
昼を少し過ぎたあたりのマーケットは人が溢れ、活気に満ちている。
威勢のいい呼び込みの声、さざめく笑い声に、食欲をそそるいい香り……そして向けられる視線と開く道。
地味~にモーセ状態の俺です。
休日、俺は件の爆発のあったマーケットを訪れていた。
一応現場を見ておこうかと思ってね。
現場となったのは王都のやや東側に位置する多くの店が立ち並ぶマーケット。
ジュエラルの王都には中心部に荘厳な王城が聳え立ち、王城エリアをぐるりと囲む城壁の外側に貴族のタウンハウスがある貴族街や中心街と呼ばれるちょっとお高めな店が立ち並ぶエリアなどがある。そして堀を繋ぐ幾つかの橋を隔ててさらにその外周に平民街など。
因みに、ヒロインを狙う輩への囮作戦としてうろついたり、ライの店がある街並みはここよりもうちょい中央より。貴族御用達の高級エリアじゃないけど、貴族の訪れもあるような中間層ライン?
そして今いる東の外れの方に位置するマーケットはバリッバリの平民エリア。
そんな場所を俺が歩いてると………。
はい、目立ちますねー。
めっちゃ浮いてるね。超注目の的ですよ。
どう見ても高位貴族な上、俺の外見超絶目立つからね!
中身がこんなだからみんな忘れがちかも知れないけど、俺、見掛けだけはモブにあるまじき極上の美形だから!
「やはり目立つね…」
「カイザー様のご容姿では仕方のないことかと」
小さく零した俺に隣のリフも苦笑いだ。
もちろん、リフは同伴ですよー。
だってまた爆発とかあったら怖いしね。
「しかし賑わってるね。これだけの人混みでもし大規模なモノが仕掛けられたらと思うと、恐ろしいな」
誰が聞いてるかわからないので爆発物の単語は出さない。
「他国の香辛料や食品を扱っている店なども多いですね。これなら定期的に訪れる客がいるのも納得ですね」
頷いたリフが幾つかの店を視線で示す。
折角だからその内の一つ、店先に何かの肉の塊が吊るされた店舗を覗きこんだ。干されたそれは保存がきくよう加工されており、量り売りされている八角のような香辛料なども見慣れないものも多い。
瓶詰の器の前に置かれた小皿に盛られた香辛料を味見したあと頷いて買い求めた客を見て、俺も小皿に盛られた小さな赤い実を一つ摘んで口に入れた。
苦っがっっっ!!!
思わず顔を顰める。
苦いしまずいし口の中ヒリヒリするんだけどっ?!
「…カイザー様」
そしてすぐさまリフからお咎めを喰らった。
「万が一がありますのであまり不用意に口にされませんよう」
ええー味見用なのに。
それにあのタイミングで俺が口にするとか誰にも予想できなかっただろうし、何故か異物混入見抜けるハンゾーたちがその辺に潜んでる筈だから危険はないのに。
そう思いつつもお説教が長引くのは御免なので良い子の返事を返す俺。教育の賜物。
赤い実はそのまま食すのではなく、肉や魚と一緒に煮込んで使用するらしい。そのままだと苦みとエグミと痺れが凄い…と。
顔を顰めた俺に大慌てで水を差し出してくれた店主が平謝りしながら教えてくれた。
俺が勝手に食べたのに恐縮させてすんません。
差し出された水はリフが何処かへ一瞬視線をやって、頷いてくれたので有り難く頂いた。
それにしても………。
俺、ハンゾーたちが何処にいるかさっぱりなんだけど…。アイコンタクト出来るってことはリフは把握できてるんだよね??
そして店主が用意してくれた水が未開封のボトルってこともあるのかもだけど、瞬時に水とコップの安全判断したハンゾーたちはどうやって見抜いてんの??
わからない、俺にはわからないよ……。
若干遠い目をしながら水で口の中の苦みを洗い流した。
迷惑をかけた詫びも兼ねて赤い実を購入する。っつっても、実際購入したのはリフだけど。
リフが当然のように素早く支払ってくれたのもそうだけど、よく考えたら俺、平民街で使えるような小銭って持ってねぇ!!
リフ、ナイスっ!支払う気満々でサイフ取り出して恥かくとこだったよ。
赤い実はトーマスに渡して料理してもらおーっと。
見慣れぬ街並みと雰囲気を楽しみながら店を冷やかし、それにしても、と雑踏を見渡す。
本人たちはあからさまにしないよう気遣ってるようだが、それでもかなりあからさまに突き刺さる視線の数々と…人混みならではの飛び交う心の声。
『凄い美形っ!!』『貴族様だー』『綺麗』……等々。
先程からひっきりなしだ。中には実際声に出して呟いてる者もいるが…。
やはりこれだけ人数が多いとコントロールしてても強い心の声が聴こえてきちゃうんだなーと思い、改めて先日知ったばかりの母さんの苦労に想いを馳せる。
俺より遥かに能力が強かった母さんは絶対こんな人混みには来れなかっただろうな。
まぁ、今になって思い起こせば、母さんはやたらカンが良かったんだよな。
隠し事はすぐばれるし、隠し事をしようとする度ににっこりとした笑顔で瞳を覗きこんで「カイザー?」と優しく、咎めるように名を呼ばれ白状したことは一度や二度ではない。
女のカンってすげぇ、母親最強じゃん!とか思ってたが……カンでも何でもなかったらしい。
喉が渇いたので途中で飲み物を買って(アイコンタクトでOK判定済み)行儀悪くも歩きながらストローを咥える。
リフは着席出来る店を探すと難色を示したが、前世の記憶のある俺的にはこれくらい何の抵抗もない。何なら食べ歩きだって全然平気。寧ろしたい!!
出店の食べ物って何であんな美味そうなの?あの肉とかタレがめっちゃ香ばしくていい匂いなんだけど…。
でも流石に歩きながら肉に齧り付いてるのは絶対却下されるから自重するけど。ううっ、喰いたい。
太めのストローでチューと吸った炭酸飲料は透明な炭酸水とライムシロップのグリーンのグラデーションが綺麗だ。味も、うん。さっぱりしてて美味しい。タピオカならぬライム味の角切りの小さなゼリーみたいなのも入ってて食感も面白い。
現場を一度訪れてみようとは思ったものの、そう都合よく犯人や新たな犯行に出くわすとも思ってないので今日はあくまで様子見だ。特に目的があるわけでもないので珍しい体験を楽しみつつ、思考は何処か明後日だ。
なので、先程の母さんの話に戻ると、俺のある不安はばっちり的中していた。
不安…それは、母さんが心の声が聴こえてたんなら転生を思い出した俺の思考も筒抜けだったのでは?というそれだ。
結論、超筒抜けでした。
ただ、幸いなことに母さんはそれを重くは受け止めてなかったっぽい。
記憶を取り戻した日や寝付いていた時なんかはそれこそ超絶心配していたが、俺が幼かったこともあってか夢で見た何かを現実とごっちゃにしてると思ってた節がある。
まぁ、確かに前世だの異世界だのそう簡単に信じられる話でなけりゃ、ゲームとか悪役令嬢とか何のこっちゃって感じだしな。
しかも折しも俺が前世を思い出して少しした後、母さんの体調が悪化し始めた。
前世を思い出したとはいえ、まだガーネストたちも生まれてない頃だったこともあって俺も四六時中前世やゲーム設定に思考を馳せていたわけではない。
母さんに接する時は体調の心配だの意識は母さんに向いてたから、前世関係のアレやコレが筒抜けだったのは最初の頃だけ。
俺が突如崩れ落ちたこともあってか、幼い子供の思い込みによる一時的な錯乱状態的なものとして捉われたっぽい。
……それはそれで何か否定したい感あるけどな。
ストローの位置を変えつつ、ゼリーを吸い上げる。
意識が逸れてたこともあってかドリンクの比率に対してゼリーが残り気味。計画的に駆逐しないと最後にゼリーだけが残っちゃうんだよ。タピオカと一緒だね。
無事、ゼリーとドリンクを同時にフィニッシュを迎えられた俺の手から流れるように回収されたカップ。そしていつの間にやらリフの手からも消えてるそれ。
イッツマジック!
影が回収したんだろうけど…。
店先にゴミ箱あるから捨てればいいのに。
え?俺が口付けたものを放置は出来ない?
そんな大げさなぁーと言い返そうとした俺はギラギラした視線を寄越してたお姉さんたちがゴミ箱を悔し気に見る姿を目にしてしまって黙った。
うん、平和的に処分しといてー。
そんなこんなでぶらついていた俺らだけど、何時の間にやら事件現場に辿り着いていた。
串焼きにした肉やら甘辛く炒めた肉を挟んだパンを売ってる店の前にある少し開けたスペース。近場の店の材料などが入っていたのか空箱が幾つか並ぶそこには箱に腰かけて買った物を食す人もちらほら。爆発した包みは空箱の足元に置いてあったらしい。
人の流れの邪魔にならない位置で周囲を観察してると、不意にリフが耳元に口を寄せてきた。
呟きにつられ、視線をやれば……。
青い顔で逃げ出したという証言と同じ髪色と瞳の色の子供。
俺が顔を向けたのと同時にやや俯いていた子供もやたら目立つ貴族の二人連れ(っーか主に俺)に気づき、子供特有の大きな瞳が一際大きく見開かれた。
凝視と言っていいほどこちらを見据えてくる子供の瞳に宿るのは、僅かな恐れと…敵意?
唇を噛みしめ、キッと俺を睨みつけたその子は突然背を翻し逃げ出した。




