結論は身も蓋もない
(アレクサンドラ視点)
茶器へと伏せられた黄金の瞳。それを囲む長い睫毛が白皙の美貌に影を落とす。
学園中の女生徒が、中には男子生徒や教師までもがその美貌に見惚れ息を吐く。
自分自身もモテる自覚もあれば、色気があると言われることも多いが。余とは全く逆の麗しさと禁欲的な色気。常に余裕のある大人な物腰は、確かに年頃の少女らが夢中になるのもわからなくもない。
さらには強くて、的確な判断と対処が出来、料理も音楽も出来る。
考えれば考えるほど、またリリーが彼を好きなのではないかと思えてきた。
なにか……なにか一個ぐらい欠点はないのかっ?!
必死に粗探しをするが見つからないことに愕然とする。
ましてやリリーは他の女生徒よりもカイザー殿との関わりも多い。合宿の時だって助けられたし、それ以外の時だって……。
「アレクサンドラ様?」
ぐるぐると深みにはまっていく思考に何時の間にか項垂れていたらしく、心配そうな声を掛けられた。
情けない心根をぽつり、ぽつりと打ち明ければ、長い睫毛が意外そうに瞬き、ついでくすくすと秘めやかな笑いが漏れた。思わず、といった笑いだった。白い指で口元を押さえ「失礼」と謝罪したカイザー殿はそれでもまだ可笑しそうだ。
「貴方に嫉妬されるなど……滅多にない体験でしょうから光栄と思っておきましょう。ですが、意外でした。アレクサンドラ様はもっと色恋にこと慣れてらっしゃると思ってたので。いつも自信満々でそんな可愛らしい嫉妬とは無縁だとばかり」
「確かに。全ての女性は自分に恋してるとでも言いたげな振る舞いですしね」
「黙れ」
隣の失礼な男には肘打ちを喰らわせた。
痛い?
知るか、痛いようにしたんだ。
微笑ましそうな黄金の瞳にバツが悪くて、瞳を逸らしながら呟く。
「言い寄られるのは慣れてる。それに女性を口説くのはコミュニケーションの一環だ。余は美しく愛らしい者が好きだし、相手も喜ぶ。だが……」
自身の身分と容姿が女受けすることは幼い頃から知っていた。
まだ幼い自分に色目を使い甘ったるい声で媚びてきた女たち。甘い言葉を掛ければ相手は気分がいいし、余に不利になることもない。
「好きな相手への接し方など知らぬ」
「「………」」
ぽかんとした沈黙が痛い。
とりあえずシリウスは非常にイラッとする表情でこっちを凝視してきたので、肘をもう一発お見舞いしておいた。
「えっと……つまり、リリー嬢にどう接していいかわからない、と?」
「……ああ」
拗ねたような声で頷けば、カイザー殿は一微妙な表情で額を押さえた。
「とりあえず、好きな相手の前で他の女性を口説くのは得策ではないと思います」
「絶対ダメなやつですよね、それ」
その後も二人からぽつぽつと助言、もといダメだしを受けた。
実を言うなら……自分でもそれがよくないことはわかっていた。だが、女性を口説くのはもはや習慣だし仕方がないだろう。
「リリー様だけを口説けばいいんですよ」
「なっ!?そんなの相手が好きだといってるようなものだろうっ?!」
「いやだって、好きなんですよね?」
「そ、そういう問題ではないっ!!」
「え?恥ずかしいんですか?普段あれだけ気障ったらしい、糖度過多な言葉ペラペラ口にしてるくせに、本命相手は恥ずかしいとかですかっ?」
「お、お前っ!さっきから無礼すぎぬかっ?」
「あー、二人とも。喧嘩しないでくださいね」
目を真ん丸に開いて暴言を吐くシリウスが苛立たしく、彼の襟首を掴んだところで困ったように制止が入った。
「で、シリウス様の仰るように恥ずかしいんですか?」
「それもあるが……」
返した言葉は自分でも驚くほどに歯切れが悪い。
続く言葉はとても口に出来ないでいると、またしても黄金の瞳が意外そうに瞬いた。
「愛される自信がない?」
静かに問われた言葉は、心の中で強く思って呑みこんだ言葉そのもので……。
余も、そして隣のシリウスも目を見張った。
心の内を読んだようなカイザー殿と黄金の瞳と、驚愕に見開かれたシリウスの瞳から逃れるように下を向いた。瞳に映る指先を意味もなく組み替える。
「余は異端だ」
誰にも言ったことのない心の内。
それを言葉にしたのは、ここにいるのが幼い頃から気心の知れたシリウスと、魔族を育てることを決めたカイザー殿だからかも知れない。
「人は知らぬモノを恐れる。ジャウハラは他国よりよほど魔族と縁が深い。だがそれでも母を、その子である余を恐れるものがいないわけでない」
それは当然のことだ。露骨に毛嫌いする者も、遠巻きにする者もいる。
そして表面上は友好的に接していても、ひとたび凶事が起こればその原因を自分達とは違う者に担わせようとする者も。
「魔術を崇められ、褒めそやされ、そして不興を買えばそれが自分に向くのではないかと恐れられる」
幼い頃から何度も経験してきた。
良いことも、悪いことも、人々は時に「魔人の血が入っているから」との言葉で片付ける。
熱に浮かされた瞳で近寄ってくる女たちだってそれは同じ。
「まぁ、なんとなくわかりました」
聞こえた声に俯いていた顔を上げれば、カイザー殿はなんともいえない表情をしてこちらを見ていた。
「ようは、“初恋だからどう接していいかわからない”ってことですね」
「は?」
いや、何故そうなった……?
ポカンと見つめる視線などカイザー殿はまるで気にした風でもなく、どこか納得した表情を浮かべていた。
「結局のところ、初恋に戸惑ってるのと嫌われるのが恐くて踏み出せない。恋愛の定番ともいえる反応でしょう。健全な青少年らしい反応だと思いますよ」
「いや、そういう話ではなく……」
「どこがです?確かに貴方の生まれや立場が色濃く影響してはいるんでしょうけど、個人の事情なんて誰にだって多かれ少なかれあります。そもそもアレクサンドラ様って、女性を手あたり次第口説きますけど……その実、女性に苦手意識?というか不信感?みたいなのありますよね」
「はっ?」
今度の「はっ?」は余ではない。シリウスだ。
「一夫多妻とかハーレムのあるお国柄とか、たいそうおモテになることが根本にありそうですけど……。一夫多妻はお国柄必要があって生まれた制度だし悪いことではないですよ?誰かお一人だけを愛したいなら自分がそうすればいいだけです。というか、女性を口説きまくってるアレクサンドラ様にとやかく言う筋合いはないですし」
「……」
ぐぅの音も出ずに思わず黙り込んだ。
正論過ぎて反論の言葉もない。
……というか、余はなにか彼を怒らせただろうか?
はっ!?もしやベアトリクスを口説きまくっていたことが密かに気に障っていた??
突然の容赦ない言葉に、冷や汗がだらだらと背を伝う。
「身分や容姿に惹かれて群がる女性達を信じられない気持ちもわからなくはないです。私も女性の裏表を恐ろしく感じることはありますし。キラキラしい王子様に口説かれて喜ばない女性は少ないでしょう。お互い利がある、それも一理ある。
でも憧れの王子様に口説かれて本気で恋をする女性だっているでしょう?そして想いが叶わず傷つく人も。勿論、想いの全てを受け取ることなんて出来ないし、叶わない恋があるのは仕方がない。だからといって心の底で女性を蔑みながら、悪戯に甘い言葉を囁くのは相手の心を弄ぶことにはならないのですか?貴方が厭った女性達となにが違うのです?」
満月のような瞳で見つめられ、瞳を見開く。
心を占めたのは驚愕と恐怖だった。
自分が厭った者達と同じ行いをしていると気づかされた驚愕と、今まで隠していた心の内を覗かれたような恐怖。
先程シリウスが驚いていたように、長年側に居た彼でさえ……女性へ対する複雑な心の内を気づかれたことはなかった。なのに……。
全てを見透かすようなその瞳が恐ろしく、だけど何故か瞳を逸らすことさえできなかった。
はくはくと息をすることしか出来ぬ余を眺め、不意に黄金の瞳が緩まる。
「それにね、種族だのなんだの関係ないですよ」
穏やかに笑ってから「いや、相手によっては関係大ありですけど」と小さく呟く声が聞こえた。
「だって他ならぬアレクサンドラ様自身がその証明じゃないですか」
「余が……?」
「貴方のお母上はお父上を愛していらっしゃるのでしょう?悠久の時も、強大な力もなにもかも手放してしまえるほどに。そして種族を超えた愛の証こそが貴方だ」
息が詰まった。
言葉が脳を廻り、沸き上がる感情は名さえも知らず。
感情を抑えるように意識して大きく息を吸い、吐き出した。
「……結局、ぐだぐだ理由をつけたところで余は“初恋に戸惑ってる”だけということか」
「ですね。恋を育てるも秘めるもアレクサンドラ様次第です」
「………とりあえず、見境なしに女性を口説くのは控える」
「本当ですかっ?!」「絶対ですよっ!!」と喜色を満面に浮かべたシリウスがあまりに鬱陶しかったのでもう一撃喰らわせた。




