ドラゴン退治とロックンローラー
辺りを見回す。松明に照らされた無人の広間。
俺はライブの最中だったはずなのに、いつの間にか知らない場所にいる。手元にはギブソン、アンプもある。
「こりゃ夢だな」
ギターを下げたまま広間を出て廊下を進む。
突然、地を揺るがすような咆哮が轟いた。呼応するかのような人の叫び声。
外に出ると夜空にドラゴンが浮かび、こちらに向かって炎を吐いていた。大勢の人間が相対している。シールドを張っているようで火は当たっていないが確実に劣勢だ。
「勇者様!」叫び声とともに美しい娘が駆けてきた。「皆の者、召喚の儀は成功していたぞ!」
とたんに喝采が上がる。
「で、仲間は?」と娘。「バンドというのは四人組なのだろう?」
「なんでバンドの話なんだ?俺のバンドは俺ひとりだ」
「困る!ドラゴンと魔王を退治できるのは、勇者たちのバンド演奏だけなんだ」
「なんだそりゃ。変な夢」
「夢ではない。そのためにあなたを異世界から召喚したのだ!前回の勇者たちもバンド演奏で戦った」
よく分からないが、
「その勇者はどんな奴らで、どんな曲をやったんだ?」と聞いてみる。
娘の説明に俺はのけぞった。超有名曲だ。しかもライブハウスで俺はひとりでカバーしていた。
「電力はあるのか?あればなんとかなる」
「演奏をサポートする魔法なら私が出来る」
夢だか異世界だか知らんが、楽しくなってきたぞ!
◇◇
アンプとギターを繋ぎ終えると
「動かせ!」と叫んだ。
娘が呪文を唱える。俺はスマホを操作した。
ギターをかき鳴らしてシャウトする。俺ひとりしかいなくても、スマホが残り三人分の音を出してくれるのだ。
ドラゴンは悶え苦しみ、その身体からは紫色の煙が上がる。
そして。気持ちよく歌いきったのと同時にドラゴンははじけて消えた。
耳をつんざく大歓声。
◇◇
「ありがとう、勇者様!」
娘が抱きついてきた。
「勇者様。このままドラゴン退治、ひいては魔王退治をしてくれないだろうか。ちなみに」娘の頬が赤くなる。「褒美は私との結婚だ」
なんだって?
「任せろ、やってやるぜ」
「さすがだ勇者様」
「で、ドラゴンはあと何匹いるんだ?」
「665匹。共に頑張ろう」娘がにこりとする。
665匹?
「この歌の高音、キツイんだよ……」
「心配するな。回復ポーションがある」
いや、そういうことじゃない。665匹って、先に言ってくれよ。
だけど。まあ、いいか。この世界は俺を必要としているみたいだから。
ちょっくらここで、がんばってみるとしよう。
こちらは拙作『異世界と俺と69な日』を、なろうラジオ大賞用に短くしたものです。