異世界サナトリウム
雨に濡れるのが好きです。
雨は私の体を洗ってくれる。ワイシャツに着いた血の跡と、心の渇きを薄めてくれる。万人にとっての非常識が趣味である私は、高校生という身分であるにも関わらず、こうして深夜徘徊に勤しんで、今まさに雨にうたれているのです。
女は夜中に外を出歩くな、と世間様は言います。自衛能力がなく、飢えた獣のような男共に為すすべがないからだとか。
まぁ、性別に関わらずこんな夜中に高校生が外に出歩いていたら、夜回りパトロールの警察官に見つかり次第、誘拐されてしまいます。
あ、間違えました。補導される、が正しい表現ですね。
私にとっては、誘拐されるのも、補導されるのも変わらないんですけれど、見えないところで警察に媚びを売っておけば、いざと言う時にも機転が利くのではないのだろうか、なんて、ありもしないシチュエーションを考えてしまいます。
話を戻します。女は夜中に外を出歩くな、という世間様の差別的な発言には、少なからず例外があると思うのです。
例えば、私がそうです。
私は自分の身は自分で守れます。守るどころか、人間社会に溶け込む獣を見定め、狩ることだって出来ます。
武器は100円ショップで買った果物ナイフ。金曜ロードショーで見た侍よろしく、横に切り裂き、縦に振り下ろせば、色に狂った獣はこうも静かになってしまいます。
でも、こういう事をすると後処理が大変です。
蝦夷の奥地に住む狩人さん達は、仕留めた獣の内臓や皮まで有効活用して、命を貰った事に感謝するらしいのですが、私は深夜徘徊が大好きな不良高校生ですから。120円で買ったジュースの空き缶のように、道路へポイ捨てするのが通例です。皮まで有効活用しろと言う方が無理な話なので、その辺りはご愛嬌という事で。
ああ、面倒臭いと言えば、もう一つ。血の付いたワイシャツは、もう二度と着れないという事ですかね。
「あーあ。このワイシャツも、捨てなくっちゃな」
そんなつまらない事を言いながら、私は足元に横たわる死体を眺めました。
凝視です。今時の若者風に言うと、マジ卍です。……嘘です。万能な言葉であるマジ卍でも、凝視という意味は持っていないでしょうから。訂正します、マジガン見です。
腋の下と喉元を切られ、たった今私にガン見されている金髪の男は、世直しという名目のもと私が殺してしまいました。
情状酌量の余地なしです。100円ショップには果物ナイフを買った私の姿が写っている筈なので、自己防衛のためと嘘を言っても認められないでしょう。私は正直者ですから、見苦しく言い訳もしません。こういう所が、きっと私の美徳なのでしょう。
言い訳も、嘘も吐きません。
だって、これは私の趣味なのですから。
乙女の秘め事です。
クラスの誰にも、家族にだって話した事がない、女のアクセサリーです。
私は自覚しています。
今日、朝のニュースで取り上げられていた連続殺人犯。どうしようもない社会不適合者。金曜ロードショーで放映されていた時代劇の主人公に切られるべき悪党。それが私です。
でも、生まれ持った性には誰も逆らえないですよね?
私には睡眠欲や情欲、食欲といったものの他に、殺人欲があるのです。命を奪わないと、苦しくて苦しくて、胸が張り裂けそうになってしまいます。
この前なんて、美術の時間にカッターナイフで前の席の男の子を刺しそうになってしまいました。マジ卍です。猛反省です。友達の前で殺人なんて、死んでもやりたくありません。こんな私でも、普通の生活をして、普通に学校に通いたいとは思っているのです。
だから、これは秘め事なんです。
「ありがとね、お兄さん。おかげで私、スッキリしたな。これでまた、普通の学校生活が送れる。これで暫くの間、苦しまずにすむ。だから、本当にありがとうね、お兄さん」
さて、そうこうしている内に肌寒くなってきました。風邪を引いて学校に行けない、なんて事になったら困ります。そろそろ帰らなくてはなりません。
さようなら、お兄さん。
そう心の中で呟いて、お兄さんの顔に私の顔を近づけて、せめてものお礼としてキスをしてあげようとした時でした。
「こちらこそ、礼を言わなければッ! やっと……やっとッ! 私は貴方様という大悪魔を見つけることが出来たのですから!」
私は思わず、お兄さんから離れました。
マジ卍です。……間違えました、マジどん引きです。
確かに死んでいた筈のお兄さんが、目を輝かせながら私に話しかけてきたのです。
「何……あなた?」
「私ですか? それは、こちら側に来てからお話するとしましょう。時間もありませんし、それでは早速いきましょうか!」
お兄さんはそう言うと、両手を合わせます。不思議です。腋の下を切り裂いたのに、こうも腕は動くものなのでしょうか?
そして、もう一つ不思議に思う事があります。お兄さんの流す血が、なにやら模様を描きながら、私の足元に流れてきているのです。
「さぁ、異世界の同胞よ! 我が世界に降臨し、その力をもって世界に混沌を呼び起こしたまえ! 〈悪魔の呼び笛/デビルズコール〉、発動!!」
瞬間、私の目の前は真っ白になりました。比喩ではなく、本当にです。
さっきのはなんだったんでしょうか。幻でしょうか?
元々頭がおかしいと自覚していた私でしたが、遂に本格的に壊れてしまったのでしょうか? だとしたら、悲しいですね。もう学校に行けませんから。
友達と呼んだ人の顔すら、元々ろくに覚えてはいませんでしたけど、他愛もない事を話して、愛想笑いをしているだけで、私はけっこう楽しかったのですが……。
そんな事を思いながら、真っ白な視界が元に戻るのを待ちました。
永遠のような、刹那のような、曖昧な時間感覚を味わいながら、目の前が色付くのを待ちました。
そしてーーーー
「ーーーー大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
私の目の前に、白銀の鎧に身を包んだ白馬の王子様が現れました。
わたしの頭の中は疑問符でいっぱいでした。
この豪華な装飾が施された部屋はなんなのか。目の前の男性は誰なのか。そもそも、これは夢の中なのか。
分かりません。分からない事だらけです。
でも1つだけ、誰に説明された訳でもなく、一人でに理解出来た事がありました。
この胸に高鳴る感情。動揺や不安を吹き飛ばした、この嵐のような感情は、紛れもなく、恋なのだと。
こうして、雨に濡れていた私の視界と人生がいつの間にかカラフルに色付き、劇的に動き始めたのでした。
という没ネタです。
眠れない夜に気ままに書いただけの廃材なので、続きを書こうとは思っていません。ただ、廃材だからという理由で腐らせるには勿体ないと思ったので、勢いで投稿しました。ストーリーの気になる方がいましたら、タイトルとあらすじを読んで自由に想像を膨らませてみて下さい。だから何だという話ですが。