8 その女の子、号泣につき
「お前こそ大丈夫なのか?」
「なにが?」
石田はキョトンとすると、顎に人差し指を当て首をかしげる。
ウッ! 何て破壊力のある仕草! 思わずヤバい気分になってしまう。いやいや、違う、これは子犬だ。そうそう、愛くるしい子犬を抱きしめたいのと同じような衝動に違いないんだからな!
危ない危ない……落ち着け、俺。
たしかに可愛い女になったとはいっても、コイツの中身は男なんだぞ? そこんとこを忘れんなよ?
しっかりしろ! オトコにドキっとするなんて、カノジョに顔向けできないぞ、青山圭!
「なにがって、女になったんだろ? 体に違和感あったり、なんかヘンなことになってたりしねえのかよ」
「女に? 僕が? なんで?」
「なんでって……なんでもなにも、お前言ってたろ? 女に変わりたいって、あのヤンキー女神に頼もうとしてたんじゃないのかよ」
頼むまでもなく『選ばれし者』は、女になっちまうって話だそうだが。
石田はちょっとだけポカンと間抜け面を曝したあとに、両手の平をパンと合わせ叩く。
「あー、あー、あー、そのことね。うん、そのことかあ」
「そのことだよ。なれたんだろ? 無事、女の子に」
「そうだね。大成功だよ」
「そっか……おめでとさん、良かったな」
一応は祝ってやるか。なんだかんだで、コイツの夢だったんだろうからさ。
けど、魔王退治の報酬と、女の子になるっていう願いは被らないのか?
石田の最大の願い事が『女の子への転身』なら、その願いはもう成就されていることになる。
これ以上なにを望むのか?
あとはどんな願いが、コイツにはあるというのだろう。
「青山君」
「なんだ?」
石田が俺を見つめている。
顔が妙にニコニコしてるのは気のせいか?
いや、絶対気のせいじゃないわ、これ。俺以外に見たやつがいるのか? と思わせるほどの、嬉しさで心が満ち足りたような、そんな表情を見せる石田。普段の冷たい雰囲気で大人しいコイツを思えば、本当に別人のようだ。
相槌マシーンという異名を授けてやりたくなる今までの石田。やり取りの殆どが、会話とは呼べないようなことだったのを思い返せば、この態度は俺にとっても嬉しいというか、うん、良い傾向なんだろう。
「青山君。キミの、自分の体、見てみて?」
「俺の体って……」
言われて顔を下に向けてみる。
ここで俺は初めて気づいた。
生まれて此の方着たこともない(着てたまるか)白いタイトドレスを着せられていることに。
気持ち良い肌触りの正体は、どうやらこの服のようだ。なんで、こんな服着てんだ、俺。ドレスなんて女物じゃねえか。しかもこのドレス、ミニだよ、ミニ!
ヤバ、石田の前で、足モロ出しだの、太もも丸出しで胡坐かいてた!
――って、これ、俺の体、か?
いつもより体が小さい、気がする。おまけになんだ、これ?
ちょっと胸……がある。
毎日軽く筋トレはしているから、細マッチョとはいかないまでも、たしかに胸筋もそれなりに付いている。
だけど、こんな……『おっぱい』なんて俺には付いてないぞ!
両手を目の前にかざす。なんだこれ! なんでこんな、ちっちゃい指になってんだよ? ……恐る恐るドレスの袖を捲くると現れたのは、これもまた筋肉なんか少しもないような、か細い腕。
一体、俺の体になにがあったんだ!?
「良かったね! 青山君」
「良かったねってなにがだよ!? おい、俺、どうなってんだよ? なんだよ、これ!」
石田はニッコリ微笑んだかと思ったら、勢いよく俺に抱きついてきた。
カアアアアアアアッ! なんだ? 体が熱い。
理由はわからないが、全身が熱くなる、なんで?
あと、なんでコイツから、こんなに安心する匂いがするんだよ?
石田は『中身は男』とはいっても、今は『外側が女』。だったら石田のこの匂いは、男の俺からすれば女の良い匂いってことなんだろうか……。
「青山君……ううん、今から君のことは圭――ケイちゃんって呼ぶね」
「は?」
「だって君は、正真正銘の女の子になったんだから。 青山君呼びも、どうかなあって思うの」
「俺が女……? 女にはお前がなったんだろ?」
「意味わかんないよ、なんで僕が女の子になんなきゃならないの? あ、そんなことより、ちょっと確認してもらっても良い?」
「か、確認って、なにを?」
そう言うと、石田は俺の胸をチョイチョイと指さす。
「な、なに?」
「バストサイズの確認ね。ノーブラだと困るでしょ? だから、チート能力で作らなきゃ」
「ブ、ブラ? バストの確認!?」
「うん。はい、これ、メジャー。早速だけど服を脱いで確認してもらえる? あ、たぶん、パンツは履いてると思うけどどうだろ。そっちは平気かな」
「脱ぐ? パンツ? は? え? なに、なんなの、それ!?」
「だいじょぶだいじょぶ、心配しないで? さっきケイちゃんが足を開いてた時ね、足の辺りは見ないように目を背けてたから」
「見る、見ない以前の問題だ! お前どういうことだよ、これ!」
「どういうことだと聞かれれば、ずばり、ケイちゃんの女体化だよ、としか言えないよね」
「オッマエ、ふっざけんじゃねええよおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
「大真面目だもん、キミは『選ばれし者』なんだから、女の子になるのは当然だよ?」
「う……」
「う? なに、ケイちゃん、しりとり? じゃあ、僕は『浮世離れ』ね!」
「うわあああああああああああああんっ!」
「ケ、ケイちゃん?」
「石田のバカアアアアアアアアアアア!」
俺は吠えた。世界中に吠えた。そして泣いた。
なにに対しての「ふざけんな」なのかは自分でもわからない。なぜって、なにもかもが、ふざけ過ぎているからだ。俺がこんなに感情が昂ぶりやすくなっているのも、ふざけすぎだ。
こんなふうに感情が爆発したことなんか今までなかった。とんでもなく頭にきてはいるけれど、悲しいわけじゃない。なのに、なんで泣いてんだよ、俺。
おい、石田! どういうことか説明しろ。
洒落じゃ済まねえぞ、コレ!
でも、パンツは履いてるっぽかった。万が一にも石田に見られてはいないようなので、良かった良かった。そこはちょっと安心したかな……って、安心すんなよ! 俺のバカ!