7 広がる世界
とにかく今は、服よりもだ。
「なあ、石田。俺の声、なんか変じゃね?」
「全然、変じゃないよ! 凄く可愛くて素敵だね」
「可愛いってなんだよ? オマエの感覚、怖えよ!」
男に可愛い声と褒められる俺って、なんなんだ?
……おい待て、可愛い声ってなんだよ。
「んんっ……あーあーあーあああーあー……なあ、俺の声、なんかいつもより高くね?」
「そうだね、あざといくらい可愛い声だね! 中の人は誰が担当なの?」
「中の人ってなんだよ? さっきからワケわかんねえぞ」
「んとね、青山君。目、開けてみて? 僕が君の瞼を手で覆うから眩しくないはずだよ」
「ああ……サンキュ」
閉じた目の上に暗い影が出来たのがわかる。
それと何かが被さっている感覚。おそらく石田の手のひらなんだろう。
再び、そっと目を開ける。最初に見えたのは石田の手。
柔らかそうで透きとおるような白い手のひら。男の手とは思えないほど綺麗な手。その手を取って脇に避ける。その先には、いつもと変わらない石田の女顔。急に手を取られて驚いたのか、俺を見つめるその瞳が動揺で揺れている。
そういや、こいつは本物の女になったんだっけか。女になったにもかかわらず、背格好を始めとした見た目や声に一切変化がないのが逆に凄い。元が女みたいだとそういうもん? けど、性別が変われば何かしらの変化はあるもんじゃないのかな? まあ、そういった色々を引っ括めての『選ばれし者』なのかもしれないな。
「どう? なにもおかしくない? ちゃんと見えてるかな」
「ああ、問題ない。さっきはちょっと眩しかっただけだ」
「じゃあ、ゆっくりと上半身だけ起こそ? 支えるから慌てないでね」
「支えなくても平気だぞ。力が入らないとかなさそうだしな」
「そお? うん、ゆっくりでいいからね。いきなりだと体になにがあるかわかんないから」
「んな大げさな。俺、怪我してるわけじゃないよな?」
「怪我なんかしてないし、させないよ! 青山君の玉肌には、魔王が相手でも傷ひとつ付けさせやしないからね!」
「お前の言ってることがわかんねえ。てか、ちょっとキモイんですけど!」
ったく、なんなんだ、さっきから。
はあ、よいしょ、と。握ったままだった石田の手を離し、胡坐のように足を曲げて身を起こす。頭がボンヤリして全然回らないが、自分のまわりを見ることくらいはできる。
辺りを見渡すと、そこには世界が広がっていた。
抜けるような青空、高く流れる白い雲。遠くに見える大きな湖。そして見渡す限り、延々と広がる草原の世界。さっきまで俺たちがいたのは放課後の学校だったのに、自分たちを取り囲むここは、全く知らない世界だった。
クソッ! ウンザリするが認めるしかない。ああ、これは、もう認めないわけにはいかないだろう。
石田の言っていた異世界転移だ、魔王退治だのといった話をさ。
「大丈夫? 青山君。体がヘンとかはない?」
「正直、大丈夫とか言える気分じゃねえな……」
石田が心配そうに聞いてきたが、カラ元気を出す余裕もない。
やつは俺の左横で正座をして、こちらをのぞき込むように見つめていた。
石田の着ている服は、学校の制服のままのようだ。なぜか頬をほんのり染めて、大きな澄んだ瞳で俺のことを静かに見ている。男子の制服を着ていることが、違和感があるような逆に似合っているような。
……あらためてよく見ると、やっぱ、可愛い顔してるよな、こいつ。
って、今はそんなこと考えてる場合じゃねえよ、俺!
10/3 句読点とスペースの打ち間違いを訂正。