6 あいつの声と俺の声
「この本の、どんなところが面白かったの?」
「そうだな……まずは主人公が良いヤツじゃね? そこはポイント高いかな」
「え、良いヤツ? 僕から見たらこの主人公って結構なクズなんだけど」
「そうか? まあ、異世界で最初に遭遇した村人に、「これは夢だ。よし、痛みがないことを確認して夢だと証明しよう!」なんて、デコピンを食らわすのはどうかと思うけどな。ギャグだろ? そういうのって」
「ダメ、許されない。そういう発想をして、なおかつそれを実行するようなヤツなんて、もれなくクズだからね。青山君も騙されちゃ駄目だよ?」
「なんでお前は、自分が貸した本の主人公にそこまで厳しいんだよ? 自分で、お勧めの本だよって言ってたくせに。でもさ、村で迫害されてた婆さんを主人公は助けてやったんじゃんか? 一宿一飯の礼にしても、良いコトしたんじゃねえかな」
「そう? 「迫害される苦しみを身を以って知るがいいわ!」 とか言って、他の村人全員の足の臭いを、五十キロメートル離れても臭うほどキツくなる呪いをかけてたけどね。しかも洗うと余計に臭いが酷くなる効果をつけて」
「いや、だからそれはギャグなんじゃ……」
「いくら因果応報っていっても、やっぱり他人の迷惑を考えないのはどうかなって思うの、僕。それに話のオチとして、お婆さんも村人の足の臭いに悶絶することになったんだから、やっぱり主人公は迷惑な人だよ」
「……ふーん、そっか、まわりの迷惑を考えないのはダメ、だと思うのか、お前は」
「どうしたの? 青山君」
「へえ、そっか。そうだよな、やっぱ迷惑をかけちゃ駄目だよな」
「青山君?」
「そっかそっか、迷惑はかけちゃダメだと石田は思うわけだな」
ふーん、そっかそっか。そうだよな。
わかってるのか、それくらいの常識は。
うん、まあ、なんて言うかさ。
お前が!
今のお前が言うんじゃねえよ!
――俺をこんなにしやがって!
なんだよ、これ!
俺をこんな、こんな……。
◇◇◇
…………夢か。
んんっ……。
そよ風が頬を撫でつける。
肌と鼻孔を刺激する、太陽の熱気と青臭い草いきれ。
気絶してたのかな、俺。
「うぅ……草クセェ……熱い」
どこだよ? ここ。
って、そんなもん見てみればわかることか。
う、眩しい……。
目を開いてはみたものの、照り付ける陽の眩しさで開いた目をまた閉じてしまう。直射日光を避けようと顔を背ければ、頬にはなにか草の感触が伝わってくる。
――――俺はいったい。
「あ、青山君。目、覚めた?」
「その声……石田か?」
「うん、そう。あ、急に起き上がらないほうが良いよ? まだ、その体にも慣れてないだろうし」
「ああ……」
なんだか心細い気持ちになりそうなところに、知っているヤツから声がかかる。
石田に声をかけられた。ただそれだけのことなのに、少し安心してしまうのだから俺もお気楽なところがあるな。
「あっちいなあ……どこだよ? ここ」
「えーとね、なんだっけな。……あー、ノアトレア。ノアトレア大陸って呼ばれてる地だって、神様が言ってたよ」
「やっぱ、さっきのは夢じゃなかったのか……」
クッソ、あのヤンキーめ。なにが異世界転移で魔王退治だ。
勇者じゃない俺がこんなとこに来て、なんのメリットがあるんだよ。
……いや、そんなことより、なんかが変だ。
具体的には俺の声が変だ。妙に高い気がする。あと、体に不思議な違和感がある。体もそうだけど、まずは着ている服の感触が、さっきまでと全然違う。
俺が着ていたのは学校の制服だった。それなのに今この身に触れているのは、制服とは明らかに異なるサラサラとした、とても肌触りの良い布の感触。それに足のあたりがスースーして風通しが良いような。実際、足には草が直に触れてるし。
なんだよ、この服の肌触り。
まさか異世界転移で制服が破けて、石田が別の服を俺に着させてくれたのか?