ラストエピソード ――女顔のクラスメイトと異世界転移したら女になっていたよ。うん、俺が。―― act3
「まあ、いいや。けど石田さ。いっこ聞いて良い?」
「う、うん。なあに?」
石田の過去を聞いた俺のただ一つの懸念。
「あのヤンキーになんの願いを叶えてもらいたいか知らないけど、それってネガな願いじゃないよな?」
「え……」
石田は母親に虐待を受けて恋人に裏切られた。
そういうことに対する恨み。もしコイツが復讐なんて願いがあるのなら、俺としては魔王退治に協力したくはない。
「ああ……不安に思うのも仕方ないよね、あんな話を聞いた後なら」
「ごめん、蒸し返すつもりはなかったんだ。ただやっぱ心配でさ、お前のこと」
一瞬だけ顔を歪めたが、石田はすぐに笑顔を取り繕う。言葉で伝えるのは難しい。だから石田の手を取り握りしめる。
石田は俺の手を握り返すと、曇りない瞳で真っすぐに見つめてきた。
「違うよ、願いは簡単だけど難しいこと、だと思ってたの」
「簡単だけど難しい? なんだそれ」
謎かけ? 禅問答? 哲学?
禅問答と哲学は、どんな物かもわかんないけどさ!
「キミと……友達になりたいって」
「俺と? なにそれ」
「うん、神様にもまったく同じこと言われた後に大爆笑されちゃったの」
「お前、俺が一番の友達って言ってたじゃん」
「うん、僕はそうなんだけどケイちゃんのほうがどう思っているのかなって……」
石田は不安の色を虚ろに浮かべる。
しょうがねえなあ。ホント、石田は困った男だよ。
「お前が友達だって言った時に俺も言ったよな? 違わないって。それにさっき信じるって言ったばっかじゃん」
「うん……」
なおも不安の顔を崩さない。
ただコイツの境遇を知ってしまった後では、内心の葛藤がわかる気がする。
簡単に言えば、信じたいけど全てを信じるのはまだ怖いとかそんなトコだろう。
けど石田が俺を完全に信じてくれないなら、この先も不安なことだらけだ。
ったく、もお。なんで俺もこんな心境になってるんだろ。
魔力とやらが体内にあるせい? 今の自分の気持ちがよくわからない。
なんでこんなコトをしようと思ってるんだろ……。
「石田……」
「あ」
石田の頬に軽く唇を寄せる。
本当にほんの少し。触れるか触れないかだけの軽い接触。
顔から火が出そうなくらい恥ずかしい。された石田は放心状態だ。
出来れば俺も放心したいけどね。その前に言うべきことは言っとかないと。
「い、言っとくけど、したくてしたんじゃないからな!」
「…………」
「お前は事前にヤンキーに聞いてたかもしんないけど、俺なんかほんの数時間前までただの一高校生だったんだぞ!」
「うん……」
「そんな俺が異世界で危険な目に会うのを覚悟した。確かに自分を鍛えなおす意味もある。けどさ」
「……けど?」
石田の頬に手を添える。
さっきよりも温かな彼の温もりが自分の手に伝わる感触が気持ち良い。
「俺が覚悟したのは相手がお前だからだ。お前は休み時間に少し話すくらいのクラスメイト。ついさっきまで石田のことはなに一つ知らなかった。そんな知らない仲だったけど、今はお前を信頼してる。なんで信頼するようになったかなんて、説明できる理由はないけどさ」
「……ケイちゃん」
「魔王が相手だって、俺に傷なんか付けさせないんだろ? ならその言葉を照明してみせてよ」
「……うん、そうだったね」
「今の行為は俺の決意表明とか覚悟みたいなもんなの。女が苦手なお前はビビったかもしんないけど、俺だって内心ビビッたんだからな! お前相手にこんなコトするくらいには信頼してるって証明しただけなんだからな! ヘンな意味にとるんじゃないぞ!」
「ううん、ビビってなんかない。……すごく、凄く嬉しい」
嬉しいのか。女が苦手でも俺の決意は嬉しいってことか。
良かった、ヘンな勘違いはされてなさそう。
「それにさ」
「なあに?」
それに、これもどうしても言わなきゃ。
「好意を持ってる相手が信じてくれないと、女って結構辛いし傷つくんだからな?」
「ケイちゃん……」
石田も俺の頬に手を添えてくる。
俺たちの他には馬しかいない。この空の下は自分たちと馬以外は誰もいない。
「ケイちゃん」
「うん」
「…………女の子だから傷つくの?」
「………………」
……俺は今なにを言ったんだ。
心にもない、いや、違う。心から普通にそんなふうに思っていた。
「それに好意を持てるって……」
「あの、その、そ、それは、えっとだな」
女装姿の石田が、頬を染め上げて俺を見つめている。俺もなんだか彼から目を逸らせない。
沈黙と馬車の音が二人を包み込む。
いやいやちょっと待て! なんだよ、これ。唐突展開にしてもあり得なさ過ぎるだろ!
なんで信頼関係の話からこんなになるんだよ! 俺の思考回路はどうなっちゃってんの?
魔力? 魔力ってキマっちゃう効果でもあんの!? 今の俺って魔力でパキってるの? 異世界マジ怖いんだけども!
「ケ、ケイちゃん……その、あの」
「言うな」
なにかを言いかける石田の両肩をガシっと掴む。これはヤバい。主に俺がヤバイい。
石田は女が苦手だから、女の俺のことをどうこうしようなんてならないだろうが、今の流れは非常にヤバい。リテイクを強行しよう。
「今聞いたことは忘れろ。俺は忘れる。そして俺を信じろ。要点を言うと以上だ。質問は受け付けない。絶対に受け付けないから。とにかく! いつだって俺を信じればいいの! わかった?」
「う、うん、わかった……うふふ、あははははは」
石田は顔を赤らめたまま、面白そうに笑う。
クッソ恥ずかしい。魔力に酔ってイカレたコト言っちゃったよ。
「わかってる。ケイちゃんのコトは信じてるし、絶対守るって誓うよ」
「……そう、ならいい。俺も信じてるからさ、お前のコト」
「うん……ありがとね。ケイちゃん」
「ふん……」
俺は言いたいコトを伝えると後は無言で前方を見る。
はあ、なんだかな。恥のかきまくりだ、ったく……。
まあ、いい。お気楽と言われようが、この女の姿で敢えて男を磨いてやろうじゃないか。そして元の世界に戻ったら琴に謝りたい。
今度はきちんと彼女と向き合おう。嘘偽りのない自分の気持ちと言葉で、彼女とまた会おう。
女になったからこそ、弱い男の自分と向き合うんだ。強い男になって俺たちの世界に帰ってやろうじゃないか。
「で、俺たちドコに向かってんの?」
「とりあえず人里を目指そうかなって思ってるの。この馬車で五日くらいの場所に、いちばん近い村があるみたいだから。まずはこの世界の人たちから情報収集。基本だよね」
「五日って結構遠いな。あれ? 情報収集ってどういうこと? ヤンキーからなんか聞いてないの? 世界情勢とかそういうのをさ」
「神様は基本、世界のコトにはノータッチみたいだよ。神様にも色々事情があるんだって」
「ふん、無責任なヤンキーだな。だからその村で色々聞くつもりなのか。ちなみになんて名前の村なの?」
「えっとね……メメシーの村って名前みたい。メメシー。ケイちゃん、よく聞いて? めめしいだよ、めめしい。メメシーケイちゃん」
「女々しい女々しい連呼すんな! わざと? その村の名前わざとなのか!? おい、異世界、フザけんな! あとお前なんでメメシー言った後に、俺の名前呼んだの?」
タイミング良すぎんだろ!
なんなんだ、この世界。やっぱあのヤンキーの世界だけあってナメてるよ。
「どうしたの? 村の名前を聞いたくらいでキレだすなんて。ケイちゃん、あなた疲れてるのよ」
「俺をどこかの捜査官扱いするな! そもそも俺に疲れがあるとしたら、ほぼ全部がお前のせいなんだからな? 絶対ちゃんと責任取ってよ」
「う、うん、わかってる! 絶対に責任取って幸せにするからね」
ったく……ホント、わかってんのかな、コイツ。
石田は嬉しそうにツインテールを揺らしていたが、急に神妙な態度になって俺に声をかけた。
「ねえ、ケイちゃん」
「ん?」
横目で見ると、石田は赤い顔のままに言う。
「僕のこと、石田って呼ばないで」
「なんで?」
「なんていうかね。もっと親しく呼んでほしいの」
「親しく……達哉って名前で呼べばいいの?」
「んーそういうんじゃなくて……あ、そうだ。ターヤって呼んで!」
彼は名案を思いついたみたいに顔を明るくした。ターヤ、なにそれ。
「なんでターヤ? 思い出の呼び方とか?」
「ううん、全然。今思いついたの」
「なんだそりゃ」
「だってタツヤなんて、異世界では微妙に合わない気がするし。それにね」
「合わないとかそんな理由かよ。で、それになに?」
石田は僅かに目を伏せたあとに微笑んで言った。
「せっかく新しい世界で装いも改めたんだもの。生まれ変わった自分になって、新しい名前で呼ばれたいなって……」
「…………生まれ変わった、ね」
「ダメ……かな?」
不安そうな石田の手の甲に自分の手を重ねる。
大丈夫、安心しろ。とても付き合いの良い俺に心から感謝してほしいな。
「あらためてよろしく。ターヤ」
「うん!」
顔を輝かせた石田、いや、ターヤは再び手綱を握る。
馬とは意思疎通が出来るそうだけど、力の無駄遣いは避けているのだろう。
瞬間移動をしないで馬車で進むことを選んだのも、移動出来るほどのエネルギーが既に無くなっていたのかもしれない。
道中なにが起こるかわからないんだ。ここはエコモードで推進するのが正解だろう。
そうだ、最初から飛ばしたって仕方ない。物事ゆっくり進めることも大切だ。
前方には街道が続く。
魔王はなにをしようとしているのか。大陸はまだ戦乱による混沌状態ではないのだろうか。長閑な雰囲気の中、草原の街道を馬車はゆっくりと進む。
熱射病になるほどではない日差し。暑いけれど心地も良い。ウトウトしそうな気だるさの中で、これまでの数時間を省みる。
ターヤから声を掛けられヤンキー女神に引き合わされた。
気づいたら異世界で目を覚まし、俺は女になってしまった。ターヤは女装を披露して、過去に酷い仕打ちをされていたのを告白する。
なんて濃密すぎる数時間だろう。俺の十七年の人生でいちばん長い半日だ。
今後はもう少しスローな日常を送りたい。魔王討伐の旅で呑気なコトを言ってるのはわかってるけど、そう力説したい。
ふと、ターヤの言葉を思い出す。
彼は俺が女に変化するとヤンキーに聞かされたとき、とても嬉しかったと言っていた。
実際、俺の女になった姿を見て、凄く喜んでいた。なにしろ抱きついてきたくらいだ。
そんなターヤは本当は女が苦手。そして同性を好きになる少年。男の俺を一番の友達だと思っている。
そして旅のパートナーは異性のほうが良いと思っていた。どれもターヤが言っていた言葉。それらの言葉が線と点で繋がらない。
確かに彼も本音を隠していたんだろう。けれど、どうにもシックリこない。
よく思い出してみよう。ターヤは俺に友情は感じていても、恋愛感情は持っていない。そのことを聞いた時、確かに彼は笑い飛ばしていた。
うん……笑っていた。けれど否定はしなかった。俺に恋愛感情はないとは言わなかった。
隣に座るターヤを見る。ゴスロリツインテールの彼は楽しげに手綱を握る。過去の凄惨さも異世界への不安も感じさせない横顔に、ついつい見とれてしまう。
俺のこれは庇護欲。
頼りなく儚げな彼を守ってやりたいという欲求から来る感情だ。そうじゃないなら魔力のせい。
けれどターヤは、結局俺をどう思っているんだろう。いちばんの友達と言っていたけれど、女になった俺にも変わらぬ友情を感じているのだろうか。なんだかそれを確認したくなる。俺を信じろとか大見得切っといてなんだけどさ。
あんまりあれこれ詮索しても彼が混乱するかもしれない。
たったひとつ。ただひとつの大事なことを聞いてみよう。
「ターヤ?」
「なあに? ケイちゃん」
「お前さ、俺のコトどう思ってんの?」
「どうって?」
彼はよくわからないといった顔をする。
こんなにも簡単に聞いたんだ、意味が伝わらないってことはないはず。
「俺って結局、お前にとってなんなんだろうな、って思ってさ。聞いてみたかったの」
「ああ、そういうコト。僕がケイちゃんをどんなふうに思ってるのかってことね」
「うん、まあ、そういうこと、かな?」
ターヤは左手を手綱から離して俺の手を包む。
その手に指を絡ませると、彼は愛おしそうに囁いた。
「大好き、ケイちゃん」
これにてこのお話はおしまいです。
話を作った切っ掛けは、可愛い男の子に、ただひたすらブンブン振り回されるだけのTS娘を書きたかったことです。
言葉で翻弄するばかりで物語としての起伏がないままでしたが、半日物語を一ヶ月連投して終了する予定でしたのでこのお話は完結とします。ですが、いつかこの二人を主人公にしたユルユルファンタジーを作れたらな、などとも思っております。(鬱要素なしの)
最後までお読みくださり本当にありがとうございました。
10/27 人名ミス訂正。




