11 狩りの予兆
「ケイちゃんも、いつまた体力がなくなるかもわかんないし。やっぱここは食料を確保しなきゃだよね」
「そんなのどうでもいいから俺を元の世界に戻してくれ。あと帰る前に男にも戻してくれな? どっちも速攻で」
「あー、あのね。言いづらいんだけど」
「そっか、言いづらいか。先読み出来すぎて、あんま聞きたくねえけど一応聞く。なにが言いづらいんだよ」
「無理、かな?」
「理由を言え」
うぅ……やっぱ言うと思ったよ、無理って。そんなアッサリと解決するとは思っていなかった。特に元の世界に戻る話はさ。
なぜか無理なのかといえば、『俺と異世界に一緒に行く』のが、石田がヤンキー女神に出した条件だから。
魔王退治も終えてないコイツが、スンナリと俺を解放するとも思えない。泣ける。
「神様に言われたの。「あたしから能力貰っといて魔王をシメもしねーでバックレんなよ? したら一生追い込みかけっからよ。始めはオメーんチに火ー付けっから、おりた火災保険金全額寄こせな?」って」
「アイツ、ヤンキーなんてもんじゃねえわ! それ、ただの犯罪だし神様が犯罪なんかすんじゃねえって話だよ!」
「ケイちゃん、安心して? 僕んちは賃貸だから。それを説明したら神様も「あたしが、そんなんマジで言うと思ってんの? 冗談に決まってんべ。笑いだよ、な? 笑えよ、コラ」 って笑って言ってたよ。だから言われたとおり、一応笑っといたの」
「安心できるか! 俺にはわかるぞ、ヤツは本気だ。てか、いくら異世界物の小説が好きだからって、なんであんな信用のカケラもないようなチンピラの話に乗っかったんだ? ヤツの話なんか最初からスルーすりゃよかったんだよ」
「あの人、良い人だもん」
「は? どこが?」
見た目だけは絶世の美少女だけど、実態はただのヤバいチンピラだ。良い所を挙げろと言われたら、見た目が良いだけ。その一点だけじゃんか。
「だって、あの人、ケイちゃんによく似てたから」
「……あ?」
「似てるよね、キミとあの神様って。だから信用してもいいかなって」
「俺は人んちに火なんかつけて火災保険金なんかカスめねえよ!」
コイツ、言って良い冗談と悪い冗談があることを知らねえのかな!?
仮に俺と似ているヤツ(ヤンキー以外の)から魔王退治を依頼されたとしても、それって信用する理由になんかならなくない?
それにその依頼自体もさ。俺と似ているところなんか粒すらない、あのヤンキー様の言動を思いだすとね。アレに管理されているこの世界の住人、そしてそれを蹂躙しようとしている魔王は、どんだけロクでなしなんだろう? って考えただけで凄いウンザリする。
石田はこのシュチュエーションにテンション上がってんのかもしれないけど、無関係の俺はたまったもんじゃないですわ。
「あんまり神様の悪口言うと、どこで見てるかわからないから気をつけたほうが良いよ?」
「おっかなねえコト言うなよな! アイツ、すんごい根に持ちそうなんだからさあ。そんなん言われると普通に怖い」
石田が脅すもんだから、なんだか誰かの無遠慮な……探るような視線を浴びている錯覚がする。イヤな悪寒までしてきたよ。って、まさかホントに覗いてるんじゃないだろうな、アイツ。
「とにかく先のことを考えたら、先ずは空腹に備えて食べ物を調達しないと」
「先のこと、ね。それはあんま考えたくないけど、食料はどうやって確保すんだ?」
「まあ、見てて。今から狩るから」
「狩る? なんだ、狩猟でもすんの?」
「うん、そう。ほら見て、あそこに鹿がいるでしょ」
石田は真っすぐ指を指し示す。いると言われても、石田が差した方向に鹿は見えない。
俺に見えるのは草原の彼方の湖と、遠くの対岸に微かに確認できる森くらいで、鹿どころか生物の影も見えやしない。
「……どこだ? お前の指す方向には湖と森しか見えないんだけど」
「あ、そっか、ごめん。チートで目を望遠モードにしてるから、僕には見えてもケイちゃんには見えないんだった」
「またチートか……」
「うん、僕からは鹿さんがよく見えるよ。今からあの鹿を仕留めるからね」
「武器は? つーかお前、狩りなんか出来るのかよ」
石田はどう見ても手ぶらで武器の一つも持っちゃいない。それにコイツは、生き物を狩るような生活とは無縁だよな? 狩猟未経験のクセに自信満々だ。不安すぎる。
「うん、出来るよ」
「あ、そうなの? じつは経験者だったりすんの?」
休暇中に森で狩りをするような家庭だったりとか。
「今からケイちゃんの心を狩りたいと思います」
「おい待て。俺の心を狩るってなんだ。つい五秒前まで鹿を狩る話をしてたよな!?」
「僕は冗談を言わないから安心してね?」
「心を狩るってなに!? 今言ったことが冗談って言ってくれねえと、全然安心できない!」




