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1 放課後

「青山君、青山圭あおやまけい君。いつもチャラいネックレスを身に着けている青山圭クン」



 放課後の教室でのことだ。

 ホームルームがおわり、バイトに行こうと鞄に手をかけた俺に話しかけてきたヤツがいた。


 マッシュルームカットのヘアスタイル。大きな澄んだ瞳。いつもは俯き加減のその顔は、地味目に見えるがよくよく見れば女の子女の子して、とても可愛らしい。そして小柄で折れそうなほど、華奢な体。


 俺を見上げるそいつは、後の席のクラスメイト。



「石田、とりあえずフルネームで呼ぶな。それとネックレスは別にいいだろ。見えるようには着けてねえんだからさ」


「それもそうだね。ごめんね?」


「いや、謝るほどのことでもねえけどさ……まあ、いいや、気にすんな」


「うん、ところでね、ちょっと時間ある? きみに大事な用があるの」


「大事な用? お前が……俺に?」


「そう。とても大切で、ものすごく重大な用事」


「あー……、俺、これからバイトあるからさ。ちと、急ぐんだわ」



 こいつの名前は石田達哉いしだたつや

 その可愛い外見に騙されそうになるが、れっきとした男子だ。名前もキラキラしたわけでもない、ごく一般的な男の名前だったりする。


 目立つような行動は決してしない、クラスの中でも大人しい生徒。休み時間はいつも一人で本を読んでいて、基本はまわりと距離を置いている。


 そんなまわりと距離を置く石田と俺が接点を持つようになったきっかけは……。そうそう、いつだったか、こいつが読んでいた異世界に行って戦う小説に、俺が興味を示したことがあったんだっけ。


 あれは二年に進級して二か月くらい経った頃だろうから、もう五ヶ月前になるのか。




 ◇◇




「読んでみる?  僕の読んできた本の中ではお勧めの一冊だよ」


 つまらないものを見る目で俺を一瞥した石田は表情とは裏腹に、あっさりとその本を貸してくれた。

 そんな顔をされたから、てっきり「君が読んでも面白くもなんともないと思うよ」とか言われるのかと思ったんだけど意外だな。


「お、おう。じゃ、ま、せっかくだし借りとくよ」


「よければ感想を聞かせてね」


 どこか探るような表情の石田に手渡された文庫本を、家に帰ってから読んでみた。

 普段から読書をする習慣などあまりない俺だが、貸してもらったその小説はスラスラと読めて、深夜零時くらいには読み終えてしまった。


 あくる日、本を返す時に感想を求められていたのを思い出したので、素直に「面白かった」と伝えた。

 実際、そこそこ面白かったから、それは嘘がない正直な感想だ。



「ふふ、そう。喜んで読んでくれたなら僕も嬉しいよ」


「……ああ、ありがとな。貸してくれてさ」


「どういたしまして、青山クン」


 感想を聞いた石田の嬉しそうに微笑む顔。

 うん、まあ、なんだ。たまには読書をするのも良いかもしれない。休み時間は俯いて読書をするばかりで、これまでは冷たい印象しか持てなかった石田が微笑んだところも見れたしな。


 ……こんなに良い笑顔をするんだな、コイツ。




 ◇◇




 で、それが切っ掛けとなって話すようになり、多少の交流ができたというわけだ。


 だけど、大事な用とかで呼び止められるほどの仲では、決してない。というより、コイツから話しかけてくるのは普段からも極めて稀なことだ。


 大概話を振るのは俺からで、それに対して石田は「うん」や「そう」だのといった簡単な相槌を打つことが多い。会話らしい会話は殆どないし、とりたてて親しいわけでもない。

 それが石田という男子で、その程度が俺たち二人の関係だ。


 だからこいつが俺を呼び止めて、なおかつ大事な用があるというこの状況には、困惑しかしていないのが正直なところだ。



「悪いな、そんなに急ぎじゃないなら、明日とかでもいいか?」


「アクセにバイト……フンだ、このリア充」


「は?」


「なんでもない。お願い! 五分、ううん、三分でいいから付き合ってくれないかな……?」



 必死さを隠そうともせずに瞳を潤ませて哀願してくる石田は、小型犬のような可愛さだ。コイツ、ホント美少女だよな……。

 って、いや待て、俺。惑わされるな。そうだ、こいつは女じゃない、男なんだぞ!

 んー、けど無下に断るのもなんだかな……良心の呵責に苛まれるとまではいかないが、足元にじゃれつく子犬を足蹴にするような気になってしまう。



「はぁ、ま……んじゃ、三分な? あんまし時間掛かんないならいいぞ」


「ありがとう! 嬉しいよ! お礼になんでもしてあげるからね」


「んな大げさな。あー、でもさ、一応、聞かせてくれよ、なんでもって例えば?」


「あとで、僕が抱きしめてあげる!」


こええし、キモいわ! まあ、冗談言ってないで、用とかってのを早く済ませてくれ」


「チッ……せっかくの好意を無下にしてさ。青山君なんかバナナの皮で滑って転べばいいのに」


「聞こえてるからな。帰っていいよな? 俺」


「ウソウソ、冗談だよ。青山君がケガしたら、僕はとても悲しいもの」



 いつもは、無愛想と言っても良いくらいの相槌を打つだけのこいつが、積極的に会話をしている。しかも、借りた本の感想を伝えたあの時以来の微笑みまで見せて、おまけに頬まで赤らめてるぞ。


 これは、どういうことだろう。こんなおかしな様子の石田は初めて見たぞ。


 常の石田は傍から見れば、不愛想な態度で冷たい雰囲気の持ち主だ。だからいまのコイツの態度は、いつものそんな雰囲気よりは全然良いんだろうとは思うけどさ。ただ会話の内容の一部が、かなり不気味であるのがなんとも言えないところではあるな。どうしたんだ、コイツは。



「本当にありがと。じゃあ早速、お願い。僕に付いてきてくれるかな」


「お、おう……」



 ご機嫌な足取りで教室から出ていく石田。


 放課後はとっとと帰るか、ひとり教室に残って本を読んでいるような男子。それが今は超ご機嫌な足取りで鼻歌まで歌いながら廊下にいる生徒を潜り抜け、水先案内人のようにどんどん先へと進む。



 ……まいったなあ。

 なんだか妙なことになっちまった。




 ――この時、石田に付いていかなかったら、俺はどうなっていたんだろう。


 とっととバイトに行っていれば、俺のありふれた青春はなにも変わらなかったはず。

 いや……付いていっても、いかなくても、どのみち結果は同じだったのかもしれない。


 きっとあの時、異世界物の小説を借りて石田と交流を持ったことが、俺の運命の分岐点だったんだ。




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