最期の頼み
それは、よく晴れた初夏の朝――
二人は、いつものように仲良く朝食を楽しんでいた。
「ねぇ、今日もいいお天気ね」
そう言う彼女の髪は、キラキラと陽光を弾いている。
かたわらの彼は、サラダを頬張りながら、「そうだね、食べ終わったら散歩でも行こうか?」と、彼女を誘った。
「ここはホントに素敵な町だわ」
ほんの少し先を歩いていた彼女が、後ろを振り返る。
彼はそんな彼女を、眩しそうに見つめた。
この幸せがずっと続きますようにと、煌めく木の葉の緑に誓う。
「お腹空いてきたな」
「ホント、さっき食べたばかりなのに、嫌になるわ。見て、また太っちゃったのよ」
「しょうがないよ、僕達は育ち盛りなんだから」
「あ、今度はあっちのレストランへ行きましょう」
若い二人は、仲良く並んで歩を進めた。その時――
二人の頭上に、突然、大粒の雨が降り注いだ。
「なに? こんなにいい天気なのに!」
彼女が、顔を振り上げる。空は青く、飛行機雲さえ見当たらない。
「何だよ、この降り方!」
彼が空に怒鳴りつけたのも当然、雨は、ザッと降りかかったかと思えば小休止し、また降ってくる。
しかも――
「なによぉ、この臭い!」
「ダメだ! 吸い込むな!」
これは、空からの毒液散布テロだ!
彼は、彼女をかばいながら、必死で逃げた。
灰色がかった茶色い作りの大通りを、ひたすら駆け抜けた。
なるべく木の葉の影を通って、毒液を避ける。
途中、テロの餌食となって、のたうちまわる者を何人も見掛けた。
気の毒だが、助けている余裕はない。
どのぐらい駆けたのか、大通りからひらけた野原に出た。
所々に岩が転がっている。が、身を隠せそうな場所がない。
彼女をどこか安全な場所へ……せめて、彼女だけは助けなければ――
次の瞬間、彼の上に巨大な物体が落下、大きな地響きをたてた。
「たーくん!」
彼女の絶叫がこだまする。
「僕に構うな! 行けぇ!」
彼女は、立ち去りがたそうにしているが、このままでは毒液を浴びてしまう。それに、僕はもう、ダメだ。
「行けったら! 僕の最期の頼み、聞いてくれよ」
彼女は、こちらを振り返りながら、泣く泣く駆けていく。
「そう……それでいいんだよ……」
彼女の後ろ姿を追いながら、彼の意識は、永久の闇に閉ざされた。
「あらやだ、踏んじゃったわ。もう、気持ち悪いわねぇ。ホントにこの季節は、植木が食い荒らされて困るわぁ」
殺虫剤を手にした中年女性が見下ろしているのは、半分潰れた毛虫の死体だった。
(了)
「たーくん」という名には、何の意味もございません。