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紫は部屋へ入ると電気と暖房を付け、着ていた服を脱ぎ、そのままバスルームへ向かった。
シャワーを浴びバスタオルを巻き出ると、帰ってきた時に付けた暖房は部屋を暖かくしていた。
部屋にはベッドにパソコンデスクと椅子、円形のベージュのラグが敷かれ、壁にある本棚にはぎっしりと本が並べられていた。
女の子らしい色合いの部屋でもなければ、どちらかというと無機質な部屋だ。
キッチンは使った後もない綺麗な状態で、冷蔵庫に入っているのはミネラルウォーターのペットボトルのみ。
寝るだけの部屋のような感じだ。
ーー松村優希かぁーー紫は一言呟いた。
バスタオルを身体に巻いた姿で紫は椅子に座り、自分のスマートフォンを見る。
スマートフォンは通知表示もしなければ音も鳴らないようあらかじめ設定している為、自分から確認しなければ誰から連絡が来ているかはわからない。
LINEを開くと長野からメッセージがきていた。
今から2時間前にメッセージは送られてきている。
『長野:お疲れ様です。紫さん、明日予定ありますか?なかったら、僕観たい映画があるんですけど、1人で日曜日に映画って行けなくて、よかったら一緒に行ってもらえませんか?』
「紫:お疲れ様。明日は用事があるので、ごめんなさい」
と返信をした。
ーー1人で行けないか…
なんで1人で行けないのか、紫にはわからない。
紫は天井を見上げ白い蛍光灯のライトを見つめた。
音のない部屋に、ただライトを見つめ、やがて視線を角にある小さなガラステーブルへと移す。
「枯れない花は幸せなの?」
「花は咲くから美しい、儚く散って、また咲き誇る。散る事を知っているから、花は誇らしく咲き誇り、存在を主張し人を魅力する」
「散らずにそこで咲き続ける事は、正しいの?」
昔問いかけた事に答えはなかった。
ーーなくならない命もまた同じ事…
しばらくしてスマートフォンを見ると、〝優希〝とLINEが来ていた。優希からなのはすぐにわかる。友達登録をしてメッセージを読む。
『優希:家に着いたから』
「紫:着いたならよかった。送ってくれて、ありがとう」
LINEはすぐに既読になり、メッセージが表示される。
『優希:こっちが遅くまで付き合ってもらったんだし、送るの当たり前だから』
「紫:そんな事ない」
『優希:それより、眠くない?』
「紫:大丈夫だよ」メッセージをすると、すぐに既読になり返信がくる。紫は表情なくそれを見つめている。
『優希:なら、よかった。明日、14時位から会える?』
14時なら、部屋でゆっくりする時間がある。
「紫:うん。大丈夫」
『優希:14時に迎えに行く。どこか行きたいところある?』
行きたいところかぁ…どこに行くのかは、もう知っている。
「紫:特にないけど。優希君はないの?」
『優希:うーん。どこに行っても人多いし、ドライブとかどうかな?』
「紫:ドライブ行きたいかも」
『優希:OK。行く場所考えとく』
ー海だよね…ーそう思いながら
「紫:おまかせします」と返事を返した。
他愛のないやり取りが24時過ぎまで続いた頃、
「紫:明日も車の運転あるから、もう寝て」と優希にメッセージを送った。
『優希:ありがとう。俺は大丈夫だけど、ゆかりちゃん眠たいよね?』
「紫:眠くはないけど、今日も明日も車の運転、優希君疲れるでしょ」
『優希:そうだね。ありがとう。じゃぁ、寝ようかな』
「紫:明日、楽しみに待ってる。おやすみなさい」
『優希:また明日LINEする。おやすみ』
優希とのやり取りはこれで終わった。
長野からメッセージを開く
『長野:紫さん、予定あるんですね。残念です。普段予定入れないって言ってたから、行けると思ったから』メッセージは30分前に届いていた。
「紫:夜中にごめんなさい。明日はたまたま用事があって、ごめんね。おやすみなさい」
長野にメッセージを送った。既読したかどうか確認はしない。
そのまま紫はスマートフォンをベッドへ放り投げ、ミネラルウォーターのペットボトルを片手に部屋の電気を消し、そのままさっき放り投げたスマートフォンを片手にベッドへ腰かけた。
暗い部屋にスマートフォンの液晶の光だけが紫を照らす。紫はスマートフォンのセキュリティフォルダを押下すると液晶の暗唱番号を入れるよう表示された。アプリに暗証番号を入れフォルダを開くと、そこには3日前に入れたWordのファイルが入っいた。
ーースノボって、来週…ーー
ホームボタンでメイン画面へ戻すと、シフトを確認した。
ーーここの休みって…ーー
次に天気予報を確認した。
ーー来週中頃から寒波…ーー
暗い部屋にスマートフォンの液晶のライトが顔を照らす。
チリン…
静かな部屋に小さな鈴の音小さく音を鳴らす。
――全ては選択だーー
人は知らずに毎日いついかなる時も選択をしている。
朝起きたその時からだ。ただ、選択をしていると思っている人は少ない。その小さな選択が、大きな事につながる事さえも考えず、人は選択をしている。
紫は小さな鈴を音に耳を傾け音色を聴く。
鈴はただ小さくチリンと音を鳴らしていた。